思いの丈
ゴクアの屋敷はノルヴェ村とは少し離れた場所に位置している。ゴシック建築を基調としているが、ゴクアの好みなのか、屋敷全体がシンメトリー(左右対称)になっており、両脇には同じ造りのはなれが存在している。
ゴクアは既にノルヴェ村の住人が一斉に逮捕された件について、ゴクア直属の諜報員から報告を受けていた。このところ村の様子がどうもおかしい。ライラに続いて、リニア、チューギーと立て続けに村を脱出する者が現れた。もっともライラやリニアの居場所については既に諜報員から情報取得済みだ。手を出さないのは、何も同情の余地からなどではない。しばらく泳がせておき、リニア脱出の際に手を貸したものの情報を集め、一気に掃除するつもりでいた。
ゴクアが村を焼き討ちするよう命じた背景には、王都への役職についた際に、余計な世論が巻き起こらないようにするためであったが、それ以外にも、不穏分子があるならば早いうちに摘んでおこうという目論みがあった。
ゴクアは悪辣極まりない貴族だが、その一方で慎重さには定番がある。どんなに優勢な状況でも決して過信せず、常に冷静に状況を分析する目を持っている。ゴクアが王族にも一目置かれる程の有力者貴族に成り上がった結果こそが、ゴクアの実力を如実に物語っていた。
しかし、ゴクアには民を治める者として致命的な欠点がある。民からの信頼度が限りなく低いのだ。ゴクアにも民の痛みや苦しみは分かっていた。それが自分に起因していることも。分かった上で悪政を続けている。
一時的に民を苦しめたとしても、自分が領土を拡大し、力をつけていけば最終的には国が豊かになる。そのとき生き残った者たちこそ、真の強者であり、自分の領地に住まう民としてふさわしい者たちと考えている。そして、残った領民とともに、国の発展を目指すつもりでいた。
今、ノルヴェ村やその他のゴクアの領土にある村の住人達に強いている圧政や蹂躙は、将来自分の領民となるにふさわしい者達をふるいにかけるための、ろ過作業に過ぎない。
ゴクアが圧政を続ける一方で、王族連中の耳にもゴクアの領民に対する噂は耳に届いていた。しかし、目の前に積み上げられる魅力的な金品や、提供される美しい女達を拒める者はそうはいなかった。
中には領民を思う正義感あふれる王族もいたのだが、ゴクアは自分の意にそぐわない障害は、目に見えぬ形で葬り続けてきた。見た目はただの事故だ。大量の酒を飲酒して川に落ちたとか、うっかり足を滑らせ階段から落ちたなど。外傷もほとんど無いうえに、事件としても取り扱われない。だが気づく者は気づいていた。ゴクアに逆らった者は、必ず悲惨な末路を迎えると。
王族の中で、さらに優秀な者であれば、ただ闇雲に正義を唱えるだけでなく、時には自分が泥を被ってでも民を救おうとする者もいる。だがそういった者は優秀さ故に、ゴクアの恐ろしさを見抜き、結果として対応が遅れてしまっていた。その他にもゴクアに反感する者も多数いたが、誰もゴクアに手を出せないでいる。
「準備は抜かり無いか?」
「ええ、必要書類は全て取り揃えております、ゴクア様。」
ゴクアは今、王都フランでの確たる地位を築くため、着々と下準備を進めていた。いずれはフランを制覇し、近隣諸国への進出も視野に入れているゴクアにとって、今回のフランでの重要職就任は大事な一歩だ。既にノルヴェ村の宝石により、資金面でも十分な用意がしてある。
「ミラージュはおるか?」
「はい、ここに。」
ゴクアの従者であり、この界隈では誰よりも美しい容姿を持つミラージュは、ゴクアからの特段の指示が無い限りは常にゴクアの付き添いをしている。いや、させられている。ミラージュは既に自分の幸せについてはあきらめていた。ゴクアに逆らうことの出来る者など、ほとんどいないだろう。
この国の王や、あるいは勇者か魔王クラスの人材でなければ、ゴクアを罰することなど出来そうにない。ましてや自分のような非力なものには、抗うことなど到底出来そうにない。この世で唯一家族と呼べるタイタンでさえ、ゴクアには適わなかったのだから。ミラージュはゴクアのなすがままに抱かれる。これが自分の運命だとあきらめているミラージュ。彼女には、ゴクアがもうまもなく失墜し、自分が自由な生活を取り戻せるなど、この時はまだ考えもしなかった。
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「はぁ〜、おいしい。あっ姉さん、ずるい。そのカルビ、私が育てたのに。」
「何言ってるのよ、ライラ。ほら、そこのホルモン焦げてるわよ。」
ライラとリニアは、港町ハーバーから少し離れた一角にある焼肉店にいる。女二人で思う存分、名産と名高い肉を満喫する。昼間からビールを片手に食べる焼肉は最高においしい。まさに極上の一時だ。
「でも、ランシアさんから話を聞いたときはビックリしたわ。ゴクアの貴族としての身分を剥奪することを考えてるなんてね。」
「普通じゃまず出来ないわよね。タイタンをけしかけて、ゴクアに代わる新たな貴族として就任させる。当然、そんな要求が通るわけ無いんだけど、既にハーバーでもフランでも街中の至る所に、ゴクアについての噂が流れている。ゴクアが来てから、村の宝石の品質が下がったと言われているのに、何故かゴクアを讃える声。あっ、これはゴクアの自作自演なんだなって思うわよね。」
「そう考えている矢先で、村人達を逮捕し、事情聴取を行う。村人はゴクアの圧政を次々に暴露していく。街に流れる噂と合わせて考えれば、ゴクアには貴族として領土をおさめる器が無いって認識される。ゴクアは有力な権力者である一方で政敵や、ゴクアの存在を疎ましく思っている者も多い。ゴクア以外にもノルヴェ村の宝石の利権を狙っている上層部とかね。・・あっ、ライラってば、また私のロースとったわね。」
「いいじゃない姉さん、また注文すれば。すいません、ビールおかわりお願いしまーす。・・それでさ、タイタンを傀儡の貴族として飾り立てて、ゴクアが今まで独占していた旨味を、自分たちも分けてもらおうと考える上流階級の貴族や王族は必ず現れる。また、そう考えさせるように、けしかけていく。やがて、ゴクアと対立貴族の間で争いが起こる。」
「ノルヴェ村は、富裕層にとっての利権獲得争いの絶好のターゲットとなる。当然、周囲からの注目は、どんどん集まって行く。世間の目が集中すれば、いかにゴクアと言えど、そう簡単には今までのような圧政が出来なくなる。」
「でも、ここまで全て机上の空論。実際にそんな都合良くいくのかしら?」
「普通はそんなに都合良くいかないわよね。だけど、ニーナさんも色々用意してくれてるし、それに・・」
「それに?なぁに、ライラ?」
「上手くいってほしいなぁって。だって、ゴクアがいなくなれば、もう私達怯えなくて済むじゃない。村の人たちも、元通りの平和な生活を取り戻せる。はぁ・・村とは全然関係ない人達が、こんなに頑張ってくれてるのに、何やってるんだろう、私達。」
「・・そうよね、難しい事は他人任せで、自分たちは待ってるだけなんて、やっぱりずるいわよね。」
「でも、だからといって私達にはどうする事も出来ないわ。というより、下手に動いたら、かえって足を引っ張る事になってしまう。辛抱して待ち続ける事だって、大事な仕事のひとつなんだって割り切るしか無いか。」
ライラとリニアは表面上は、今自由な生活を満喫しているかに見えるが、実際はカシワやランシアたちミス研メンバーと、残してきた村人達の心配で気が気ではなかった。本当ならすぐに行動して手助けしたい。しかし、今は黙って待つことこそ、二人に求められている役割なんだと理解している。それ故、ライラとリニアは必要以上に明るく振るまい、気ままな生活を楽しむというポーズを取り続けていた。




