タイタンとの取引
カシワたちは村で唯一立派と言える建物である屋敷で、タイタンと対面している。村に入ってから、タイタンの元まで来るのは、予想に反し、比較的容易だった。何人かの兵士達に囲まれはしたが、ほとんどが、片腕しか使えないカルロスや、レナの電光石火の剣さばき、ランシアの強力な魔法で一瞬で片付ける事が出来た。ほぼ時を同じくして村に入った王都の役人達の存在も大きい。
予め、ランシアは俺たちに合流するタイミングを、役人達の到着に合わせていたのだろう。俺たちが村に入ってから、まもなくしてフランの役人達が到着した。ノルヴェ村の惨状については、一目で理解したようだ。
活気どころか生気すら無い住人達。腐敗しきった兵士達の様子。俺たちがその兵士に絡まれているのを、見られたのも大きい。ただ村に入ったというだけで、ランシアやリアたちに色目を使い、初っぱなから襲いかかろうとしてきた。もっとも最初に襲いかかってきた兵士達については、ランシアの魔法でカシワやカルロスが一言も発する間もなく、一瞬で掃除することが出来たのだが。
タイタンさえいなければ、兵士達は王都の役人で十分に対処出来るレベルだった。日々、無抵抗の村人達を蹂躙しつづけた反動か、兵士達自身の実力は相当衰えており、そのくせ傲慢で自分たちはタイタンを除けば誰よりも強いと過信して、カシワたちを舐めきっていた。
実力が無いのに自意識過剰な連中など、戦闘経験の浅いカシワでも一人で対処出来る。カルロスやレナ、ランシアにとってはゴミ掃除にすらならなかった。リアも健闘し、襲いかかる兵士を次々と片付けていく。兵士の数など問題にならない。カシワたちは王都の役人連中とも協力し、自分たちに襲いかかってきた兵士連中は全て討ち取っていった。
とは言っても、命は奪わず、全員捕縛してある。捉えた兵士は村人達とは別の馬車にのせた。結局、兵士も村人も両方逮捕するかたちで、担当の役人達が全員を連行し、フランに連れて行く事となった。
途中カシワ達は何度もタイタンの出現を危惧し、常に周囲に注意を払いながら、襲いかかってくる兵士達を捌いていたのだが、ついにタイタンは現れなかった。何かの罠ではないかと、不安だけが増すものの、タイタンがいないうちに兵士達を出来るだけ片付けておこうという結論に達し、目の前の出来事に対応する事にしたのである。
今ノルヴェ村に残っているのは、タイタンとその部下、そしてカシワ達の一行と、村の検分をするために残った一部の役人達だけだ。そして今、カシワ達は今までライラたちからの噂でしか聞いていなかったタイタンと向き合っている。
なるほど、強靭な肉体に自分よりもはるかに高い身長、間近で見ると圧迫感さえ覚える威圧がある。しかし同時に、矛盾しているのだが、身長を除けばどこにでもいる、普通の少しガタイがいいだけの男と大差ないようにも思えた。
「村にいた兵士達はどうした?」
タイタンは冷徹な目で俺たちを見下し、尋ねてくる。
「片付けたわ。この村に残っているのは、今ここにいるメンバーだけよ。」
ランシアも負けてはいない。タイタンの質問に対し、端的に短く答えた。タイタンはそれほど驚いてはいないようだった。おそらく村に残っていた兵士達の実力は把握していたのだろう。少し戦えるやつなら、相手にならないことも理解していたに違いない。
タイタンはランシアをじっと見つめる。まずいな・・ランシアは内面はともかく外見は相当な美人だ。タイタンが目をつけたのだとしたら、俺たちでランシアを守る事ができるだろうか・・だがタイタンは少なくともいきなり襲いかかるようなことはしなかった。
「なるほどな。それで俺に何の用だ?」
「あら?私達の事や、何故村人がいきなり逮捕されたかについては聞かないのね?」
ランシアが軽く挑発するが、タイタンは乗ってこない。口を開かず、睨みつけるだけだ。ランシアは手に持っていた筒をタイタンに渡す。タイタンが受け取り、筒のふたをあけると、一枚のポスターが入っていた。タイタンが丸まって円筒状になったポスターを引き延ばす。
俺たちもランシアから最初に話を聞き、ポスターを見せられたときは、”本当にそんなことするのかよ”って思ったが、間違いではないらしい。ポスターにはタイタンがこの地の貴族に立候補する絵が描かれている。
「タイタン、あなたこの地をおさめる貴族になれるよう、王都フランの王族の前で立候補する気はないかしら?」
タイタンも、その周囲にいる兵士達も、これには唖然としていた。そもそも貴族とは、本来、自分から立候補してなるようなものではない。普通は戦争などで功績をたてるか、あるいは国に対して相応の貢献をした者に対して、王がその対価として任命するものだ。
従って、自分から貴族への立候補などというだけでも異例だが、その上、この地は言うまでもなくゴクアの領土である。即ちこの地をおさめる貴族に立候補するということは、正面切ってゴクアに喧嘩を売るという事であり、ゴクアへの謀反を意味する。
「何の冗談だ?」
タイタンがランシアに率直に尋ねる。
「大真面目よ。」
ランシアも率直に返答する。睨み合っていた二人だが、タイタンが先に折れて、ふっと笑みを浮かべる。それを見てランシアも同じように笑みを浮かべた。まるで鏡合わせのように、二人は同じ表情をつくりだす。
「何故俺が、こんな馬鹿げた提案にのると思った?」
「その質問に答える前に、まず、あなたがゴクアのことを快く思ってないだろう事は、比較的早い段階で検討がついていたわ。大体ライラが最初に無事村を逃げ出せた事自体が、そもそもおかしいのよね。確かライラの話じゃ、リニアの家から奥の茂みにある井戸を使って、村を逃げ出したって話だけど、こんな小さな村に四十名近い兵士がいて、誰もライラの行動に気づかないなんてことあるかしら?」
「偶然と言う可能性もあるぞ。」
「まぁライラの件だけならね。でもあなたはリニアの脱出のときも見逃した。あの時はカシワが気体になるなんて離れた芸当をやってのけたのだから、捕まえられなかったとしても無理はないけど、あなたリニアが脱出したときは気づきもしなかったそうね?」
「ふん、俺の失態を責めて嘲笑する気か?」
「いいえ、失態なんかじゃないわ。あなたはリニアの脱出に気づいて、見逃したのよ。いくらカシワの特殊能力があったとしても、その動向に全く気づかないなんてありえない。チューギーからも聞いたんだけど、あの日はリニアの処刑を予定していた前日だったそうね?なのに、あなたはリニアが自宅で過ごす事を許した。牢獄にでも閉じ込めておけば確実に処刑出来たはずよ。何故そうしなかったのかしら?」
「あれは、チューギーが、”住み慣れた家で処刑を待つ方が、より恐怖が高まる”などとほざいておったからな。その言葉を真に受けただけだ。」
「そうかしら?あなたはカシワたちが行動を起こさなくても、リニアが逃げ出した場合、さりげなく見逃すつもりだったんじゃないの?ライラと同じように見てみぬ振りをしてね。」
「面白い事を言う。お前の目には俺がそんな聖人君子に見えるのか?」
「まさか。でも、あなたは少なくともゴクアとは違う。今だってそうじゃない。私やリアのような超絶美女がいるのに手を出そうともしないでしょ。」
・・自分で超絶美女って言うか、普通?まぁここで余計なツッコミを入れて、タイタンとランシアの話しの腰を折る事もあるまい。案の定タイタンもスルーしている。
あれ?なんでランシアはレナの事には触れなかったんだろう?”私達の”とか”私やリアやレナの”と言わずに”私やリアの”と限定していた。レナだってそれなりに美人なのに・・まぁどうでもいいことか・・でも、なんかランシアのレナへの態度が変なんだよなぁ。
「それで?仮に俺がゴクアに反感していたとして、それがおまえと何の関係がある?」
「至って単純な誘いよ。ゴクアを裏切って、一緒に退治しちゃいましょうってね。」
「それで、このポスターか・・」
前例がないとは言え、タイタンがこの地をおさめる貴族として立候補すれば、本当に貴族になれるのかどうかはともかくとして、ゴクアに対する明確な敵対意思を示す事になる。
「残念だが、おまえの見込み違いだ。俺はおまえが言う程のお人好しでもないし、立候補などする気もない。このままゴクア様に仕え続けることには変わらん。」
「ミラージュさんのため?」
タイタンの目が大きく見開かれる。今までランシアを冷静に見つめて話し合っていたタイタンが初めて狼狽の色を見せた。
「おまえ、どこまで知って・・」
「あら?敵と会うのに予め情報収集しておくのは兵法の基本じゃない。可哀想に、ゴクアの従者させられてるんですって?気が気じゃないわよね。助けたいでしょ?」
「何者だ、おまえら?」
「只の観光客よ。でももしミラージュさんを助けたいなら、力を貸してあげるわ」
狼狽えるタイタンに尚も平然と答えるランシア。二人の勝負は既についていた。そもそもタイタンの行動は全てミラージュのためだった。俺たちもミラージュを助けるのに力を貸すと言えば、乗ってこないわけが無い。タイタンはゆっくりと口を開く。
「話ぐらいは聞いてやろう。」




