一縷の望み
港町ハーバーの貸し倉庫の一室。ニーナは部屋に大量に置かれている木箱の上に腰掛けている。木箱にはドクロマークとともに赤い字で警告メッセージがかかれている。
”引火に注意”
ここにはそんな木箱が大量にストックされている。ニーナの前にはランシアが立っており、ニーナが用意した木箱を満足そうに眺める。
「さすが、ニーナね。こんな短時間の間に目的のものを用意するなんて。」
「ふふっ、そうでしょう。もっと褒めてもいいのよ。って言いたいとこなんだけど、実は只の偶然よ。ハマーンの知り合いの貿易商に融通してもらってね。対価はノルヴェ村の宝石って条件だしたら、喜んで取引に応じてくれたの。あの村の宝石って、けっこう人気があるみたい。特に富裕層の奥様なんかに好評で、ノルヴェ村産の宝石でできた指輪やネックレスって言ったら、相当な値がつくみたいよ。」
「へぇ、マゼランやディアナが今の村の宝石には価値が落ちてるって触れ込みをしても、まだそんなに人気あるのね。っていうことは、元々は、それ以上に市場価値が高かったってことよね。ゴクアたちを片付けたら、村の復興に使えるかもしれないわ。さてと・・後はパイプか木材と屋根の部分、それにガスも必要か。ニーナ一人で大丈夫?」
「任せてよ。戦闘じゃ役に立てないかもしれないけど、その分、こっち側でちゃんと貢献させてもらうわ。それより、ランシアこそ平気なの?今からタイタンに会いに行くんでしょ?」
「大丈夫よ。心配してくれて有り難う、ニーナ。それより、せっかく楽しみにしてた旅行がこんなことになっちゃって、ごめんね。」
「何言ってるのよ、ランシアのせいじゃないでしょ。トラブルがこれでもかってくらい重なっちゃっただけじゃない。いつものランシアらしくないわよ。変なフラグたててるんじゃないでしょうね。」
「あのね・・私だって、人並みに旅行を楽しみたかったって気持ちぐらいあるわよ。全く・・」
「あはは。じゃあさ、また今度来ようよ。次は余計なトラブルなしでさ。」
「まったくよね。うん、そうしよう。じゃ、そろそろ行くわね。」
「気をつけてね、私も残りの準備の方、ちゃんとやっとくからさ。」
ランシアはニーナに見送られ、ライラとリニアにも考えを説明した後、カシワたちとの合流に向かう。ふと、ハーバーの風景を眺めてみると、街を行き交う人々の活気と、海の香りに包まれた幸せそうな生活が伺える。ノルヴェ村とハーバー、フラン。産まれた場所が異なるというだけで、何故こうも生活に差異がでるのだろう。
いや、場所のせいじゃない。ノルヴェ村の住人だって、ゴクアが来る前は、自分たちで村を経営し、辺境の地にありながらも、それなりに幸せな生活を送っていたはずだ。おそらくライラもリニアも、口には出さないが、そんな元の生活を取り戻したがってるのだろう。
ゴクアによって無くしたものは大きい。でも今回の策が成功すれば、少なくともノルヴェ村から活気を無くした要因であるゴクアは消える。そこから先は村人次第だ。ランシアはハーバーから見える海を眺めながら、意を新たにし、砂漠で待つカシワたちの元に向かう事にした。
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「タイタン様。村の焼き討ちの件ですが、こんなかんじでいかがでしょう。」
タイタンはゴクアの私兵団の持ってきた地図を眺めながら、報告を聞く。恐ろしい計画だ。村の人々の命の重さや生活なんて、まるで考えていない。だが、自分も少なくとも表面上はそれに合わせなくてはならない。タイタンはゴクアの私兵団たちのいる前では、常に凶悪で残忍な自分を演じてきた。
以前にチューギーがリニアをかばうために自分の前で悪役を演じたことがあったが、他の誰よりも、そのときのチューギーの気持ちが理解出来たのは、おそらく自分であろう。何故ならタイタンもまた悪役を演じているのだから。それもチューギーよりもずっと長い期間、そしてチューギーよりもずっと酷い行いを、ほぼ毎日のように遂行している。
村人達から金品を略奪し、女性を犯し、逆らう者は容赦なく制裁を加える。それも出来るだけに派手に。しかし、タイタンの周りにいるごく少数の者は気づいていた。金品の強奪は本当だが、女性に対しては実際には手にかけてはいない。そういうふうに見せかけているだけだ。それに何より、タイタン自身は誰一人として殺していないのだ。
むしろ、そのまま放っておけば、ゴクアの私兵団が調子に乗って、斬り掛かったり、弄んだりしそうなものを、わざと派手に殴りつける事によって医務室送りにし、逆に命を助けている。そして、そんなタイタンの素行に気づいた者を、ピックアップし、自分の部下の中に潜り込ませている。
無論タイタンの部下全部がそうというわけではない。ただ単に村人を陵辱したり虐殺するだけの、どうしようもないやつらも混じっている。だが、ゴクアの私兵団の中にも、好きでゴクアの指示に従っているわけでは無い者や、最初は残虐な行為を行っていたものの、途中であまりの酷さに気持ち悪くなり、自分のやっていた行いの過ちに気づくもの、村人達に同情をいだくものも現れ始めていた。
しかし、この村で下手にゴクアの意に反するような言動をとれば、それは即ち自分自身の処刑を意味する。逆らう事は出来なかった。それ故、心の中で村人に謝罪しながらも、少なくとも他の私兵団やゴクア自身がいる前では、一緒になって、村人達に危害を加えざるを得なかった。
タイタンがゴクアに従っているのは、何も自分からゴクアの元に職を求めたわけではない。タイタンには一人の妹がいた。但し、血はつながっていない。タイタンが産まれたとき、両親は既にいなかった。タイタンは捨て子だったのだ。そして、その脇に同じように捨てられていた子がもう一人いた。
金色の美しい髪と緑の瞳が特徴の、とても美しい娘だ。名はミラージュ。周囲に誰も頼る者がいない二人にとって、お互いだけが心を許せる唯一の相手だった。ミラージュはその容姿故に、多くの人さらいや、下心丸出しの商人に狙われた。
タイタンは一人で、そんなやつらから必死にミラージュを守り抜いた。幼い頃から通常では考えられないくらいの幾多の修羅場をくぐりぬけていくうちに、いつしか誰にも負けない強靭な肉体を作り上げていた。さらに先天性のものだったのだが、タイタンには幼い頃からいかなる魔法も受け付けない特殊な体質を持っていた。
このおかげで、敵がどんな強力な魔法を使ってきても、絶え凌ぐ事が出来たし、物理的な攻撃であれば、タイタンにかなうものはいない。自分の力の価値に気づいたタイタンは、いつしか奪われる者から奪う者になってやろうと考え始めていた。
自分とミラージュをさんざん見下し、過酷な目に遭わせてきた世間のやつらへの復讐と、ミラージュによりよい生活をさせてやりたいという思いから、タイタンはいつしか盗賊団を結成していた。ミラージュを近くの村に住まわせ、安定した生活を送らせるとともに、自身は寄せ集めのならず者たちと結託して、行き交う人々から略奪行為を繰り返した。
そんなタイタンに目を付けたのがゴクアだ。最初は貴族としての任務から盗賊団を討つために私兵団を派遣したゴクアだったが、タイタンの力の有用性に気づいたゴクアは、タイタン一人を残し、残りの盗賊団を片付けた後、タイタンに自分の配下になることをもちかける。だが、タイタンは断った。
盗賊にまで身を落としたタイタンだったが、何より貴族ってものが嫌いだった。大した事もせず、悠々自適に過ごしている。民から搾取した金で、豊かな生活を送るだけの、肥え太った豚ども。それがタイタンの持つ貴族への価値観だった。
すぐにはタイタンを組しにくいと感じたゴクアだったが、タイタンの妹同然の娘ミラージュに目を付ける。村では一番の美人という噂だったが、実際に見てみるとそれ以上だった。ミラージュに目を付けたゴクアは部下に命じて、ミラージュを攫い、屋敷に連れてきて無理矢理自分のものにした。
その上で、ミラージュを自分の側付きの従者とし、タイタンに二択をせまる。即ち自分に従うか、ミラージュを従者から奴隷の身分に落とすかの二択だ。頭に血が上ったタイタンは、単身ゴクアに挑んだが、権力というものの巨大な壁を知り、ゴクアに従う以外ミラージュを助ける方法がないと悟る。それから、今に至るまで、少なくとも表面状は忠実なゴクアの部下として仕えてきた。
タイタンはゴクアの私兵団が持ってきた地図を眺める。村中に火をつけ、家から出てきた者を、容赦なく切り捨てる。自分の領土である村人への虐殺など、貴族として最低の行為だ。だがゴクアに逆らう事はできない。タイタンは再び悪役としての仮面をかぶり、いかにもというかんじで残忍な笑みを浮かべてみせる。
「ふん。ぬるいな。火をつける場所をもっと増やせ。ねずみ一匹逃がさないようにな。」
タイタンは冷たい声で言い放つと、数名の部下とともに部屋をでる。誰かこの村を救う者はいないのか・・タイタンが心の中で、そんな思いを抱いていることを、少なくとも今タイタンと一緒にいる部下なら察している。だが、ほとんどのゴクアの私兵団は全く気づかないだろう。村の焼き討ちまで、もうほとんど時間が無い。タイタンは一縷の望みがないものかと、村の様子を腕を組んで見つめていた。




