騙すなら味方から
「くっタイタン、全部見てたのか?」
「ええ、中々に面白い余興でした。この村、退屈で楽しい事なんて何も無いですからねぇ。いやぁいい見せ物でしたよ。それでチューギーさん。まさか本当にその小娘を逃がそうというのではありませんよねぇ。あなたはゴクア様のお言い付け通り、リニアを手なづけ、油断させ、そして安心しきったところを、処刑してくださるのですよねぇ。」
くっ・・だめだ、こいつらには人権とか人としての常識なんてない。どうする?俺がタイタンに殺されるだけなら、まだ構わない。だが、どうやったらリニアを逃がせる?ここでタイタンに、ふざけるなと言って斬り掛かるのは簡単だ。だが、俺はタイタンに勝てない。それに大勢の兵士達もいる。リニアはタイタンや兵士達の慰み者にされた後で、こいつらに殺されるだけだ。何かリニアだけでも逃がせる手はないのか・・
チューギーは必死で考える。元より自分の身などどうなってもよい。騎士である以上、戦いの中で死ぬ覚悟はいつでも出来ている。しかし、ただリニアを無惨な目に遭わせるだけなら、意味が無い。それならばいっそ・・
「ええ、タイタン様。その通りでございます。この娘、なかなか気丈でしてな。普通にしていては、心が折れるような事はありますまい。ですから、男女の仲を偽り、てなずけていたところでした。まったくタイタン様もお人が悪い。後もう少しで、完全にこの小娘を手なずけ、油断しきったところを、バッサリと切り捨てるところでしたのに。」
「何を言ってるの、チューギー様!さっきの話は嘘だったの?」
リニアが俺を見る目が軽蔑に変わっていく。だが、これでいい。今は悪役になりきることだ。今ここで俺がタイタンに逆らっても、リニアが殺される事には変わりない。だが、俺が悪になることで開かれる道もある。リニアは俺に失望するだろう。それでも何としてもリニアの命だけは助けてみせる。
「ああ、そうさ。全く、お人好しというか、なんというか。まぁこんな村にいたら、うぶな娘になるのも無理はないか。くくっ、さっき俺に抱きしめられながら震えてるお前の表情ったら、まったくたまらんぜ。」
リニアが俺の頬を平手打ちする。リニアの目が潤んでいる。そういえば、リニアの泣き顔を見たのは初めてだな。こんな状況下で今までずっと我慢して、笑顔を振りまいてくれてたんだ。本当に優しくて気丈な娘だ。安心しろ、リニア。俺は何を捨てても、お前に嫌われても、生涯お前の味方だ。
「ふん、ようやく俺の本性に気づいたか。くくく。タイタン様。予定通り、処刑は明日お願いしますよ。皆の前でこの娘の首をわが剣の錆としてくれましょう。こんな娘の血で私の大切な剣が汚れてしまうのは嫌ですがね。」
「チューギー、あなた、最低よ!ゴクアやタイタン以上のケダモノだわ。この人でなし!」
リニアは俺を容赦なく殴りつけてくる。俺はリニアの手をつかんで、床に突き飛ばした。すまん、リニア。だが、今俺がおまえのために出来る事はこれしかないんだ。俺を好きなだけ恨んでくれて構わない。絶対におまえの命は俺が守りぬく。
「おい、そこの兵士。この娘を牢に放り込んでおけ。いや待て。むしろ、この娘の家の中に、手足を縛って放り込め。慣れ親しんだ場所で処刑を待つ方が、より恐怖を高めてくれるだろう。」
「へへっ、了解しました。チューギーの旦那。いやぁ、旦那の極悪っぷりったら、あっしでも、引くぐらいでさぁ。ほら、来い、小娘。」
見張りの兵士の一人がリニアの手足を縛り上げ、リニアの家に放り込む。タイタンたちが去った後、俺はリニアに近づき、そっとリニアを縛っているロープの隙間に、石を挟み込む。これで少しだけ弛みが出来るはずだ。リニアが俺を見上げる。
「なによこの石?これも私を手なづけるための小芝居なの?」
だが俺はリニアの問いには答えず、口に人差し指をたてリニアを黙るように促す。タイタンは引き上げたようだが、見張りの兵士を何人か残しているようだ。それも当然か。
まだタイタンのやつも、完全には俺を信用していないだろう。さてと、これからどうするか。見張りの兵士の数人ぐらいなら、俺でも倒せると思うが、ちょっとでも叫び声をあげられれば、終わりだ。タイタンがまた大勢の兵士を連れてやってくる。今度はもう小芝居は通じないだろう。
なんだ?見張りの兵士のうち三人がこちらにやってくる。くそっ、やはり俺の事などはなから信用しておらず、リニアを牢獄に移す気か。それとも三人でリニアを慰み者にする気か。こうなったら仕方ない。戦うしかないだろう。
「待て。リニアの処刑は明日のはずだ。今更リニアに何の用だ?」
「ふん、外道に用はねぇ。リニアさんはいただいていくぜ。」
見張りの兵士は俺に斬り掛かってきた。なんだこの太刀捌きは!?明らかに他の雑兵どもとはレベルが違う。くっダメだ。どんどん押される。なんてことだ、タイタンには勝てないと自覚はしてたが、こんな兵士にまで全く歯が立たないとは。
いや、待てよ?こいつさっき、リニアさんって呼ばなかったか?なんでリニアと呼びつけにしない?ここの兵士は皆リニアと呼び捨てにするかか小娘呼ばわりするだけだ。間違ってもさん付けなんかしない。
「おまえ一体何者だ?ここの兵士じゃないな。」
「別におまえに名乗る必要はねぇな。とっとと片付けてやる。今のうちにリニアさんを助けなきゃいけないんでな。」
助ける?今、リニアを助けると言ったのか?こいつの正体が何者かなんて、どうでもいい。もしこいつが本当にリニアを助ける気なら、賭けてみるしかない!しかし、もしかしたらこれもタイタンの罠かもしれない。
だが、タイタンの罠にしては、こいつの剣には邪気というか、悪意のようなものが感じられなかった。純粋に強くなろうとする、そんな真っすぐな剣筋だ。俺はタイタンにも及ばないような未熟な騎士だが、それでもかなりの年季の経験は積んでいる。だからこそ分かる。たった一度、剣を会わせただけだが、こいつは信用出来る!
「本当にリニアを助けてくれるんだな?もし嘘ならお前をこの場で切り捨てる。だが本当だというなら、今のうちに連れ出してくれ!今ならタイタンも来ないだろう。何してる?早くしろ!」
目の前の男は俺の言葉にかえって動揺したようだった。
「えっ、おい、カシワ、リッチマン、どうなってやがるんだ?こいつはリニアを斬り殺そうとしていた外道なんだよな?」
「カルロス、どうやら、さっきのは小芝居だったらしい。少なくとも、そいつは本気でリニアさんを助けようとしてるみたいだ。とりあえず話は後だ。リニアさんを縛っているロープを斬れ。今は脱出が先決だ。」
カルロスと呼ばれた男はリニアを拘束していたロープを切ると、もう一人リッチマンと呼ばれる男が魔法をかける。あれは小型化の魔法?小さくしたリニアを道具袋に入れ、今度はカルロスという男と自分自身にも小型化の魔法をかけた。残る最後の一人が、小さくなったカルロスとリッチマンとなのる男、それにリッチマンの道具袋に入ったリニアを丸ごと、自分の道具袋に入れる。
「ついでだ、あんたも来い。」
最後の一人は俺の手を引っ張ると、今度は俺の体が土になっていく・・最後の一人の兵士が土になった俺の体も別の道具袋に入れる。
「よし、これで準備完了だ。とっとと行くぞ。」
最後に残った男は、何やら念じる。魔法か?まさかこいつは無詠唱で魔法を使えるのか?だとしたら只者ではない。だがその後さらに信じられないことが起きた。男はなんと身につけていた道具袋ごと気体となったのだ。
気体となった男はそのまま、空へと登って行った。かなりの高度まできたところで、旋回し、近くの砂漠においてある馬車へと向かう。男が地面に降り立つと、俺たちの姿を元に戻し、自分も元に戻った。
先にリッチマンと呼ばれる人物を道具袋からだし、リッチマンが自分でかけた魔法により元の姿に戻ると、道具袋からカルロスやリニアも取り出して、元に戻す。その後で、カシワと名乗る男が土になった俺の体も元に戻した。一体何がどうなっている?俺とリニア殿は助かったと考えてよいのか?
「相変わらず便利な能力だよなぁ。自分の体を気体にするなんて、カシワにしか出来ない芸当だもんな。
「でもさ、その分の代償も大きいぜ?ランシアのあの凶悪な実験・・思い出すだけでも吐き気がする。リッチマンなら目の前で見てた事もあるんだから分かるだろう?」
「まぁそういうなよ、カシワ。ランシアだって別におまえに悪意があるわけじゃないんだからさ。ただ、研究に対する意欲が誰よりも純粋なだけだ。それより、ライラ。リニアさんはこの通り無事、連れ出してきたぞ。それにリニアさん、妹のライラはこのとおり元気でやってますよ。」
リニアは突然の出来事に何が起こったのか、全くついていけてないようだ。だが、目の前に愛する妹がいるのを確認し、ライラに抱きついた。
「ライラ、本当にライラなのね?あなたにまた会えるなんて思ってもいなかった。あのときはごめんなさい。私、あなたに酷い事言って、無理やり家から追い出すようなまねをしてしまって。」
「姉さん。あれはボクを村から逃がすためでしょ?そんなの分かってるって。ボクは姉さんの妹なんだよ?姉さんが生きててくれて本当によかった。大好きだよ、姉さん。」
二人の姉妹は互いに泣きながら、お互いの体を強く抱きしめる。リアも、もらい泣きしている。しばらくの間、二人っきりにしてあげよう。カシワたちは、リニアとライラだけを馬車のホロの中に残して、馬車の外に出た。
「それで、えっと・・あなたは何者なんです?一応、リニアさんの味方側の人って考えていいんですよね?」
カシワはチューギーに問いかける。本当はリニアだけを助けて、すぐに戻ってくる予定だったのだが、思わぬ形で、リニアとこの男のやりとりを目撃する事になってしまった。
カシワ自身、最初はこの男は只のならず者の一人なのかとも思っていた。だが、俺たちがリニアを助けるのを、後押しするような言動といい、カルロスとある程度打ち合える剣技と言い、どうも訳ありのようだった。とりあえずリニアの救出が最優先事項だったため、考えるのは後回しにして、この男も連れ出してきたのだが、正解だったのだろうか?
チューギーの方も、いきなりの展開についていけてない部分が、色々あった。しかし、先ほどリニアとリニアの妹が抱き合って喜んでいるのを見る限り、このカシワという男や、カルロス、リッチマンと名乗る者たちは、少なくともリニアを陥れるような輩ではないと考えてだろう。
「ええ。私はチューギー。元は貴族ゴクアに仕える騎士でした。そして、明日リニア殿の首をはねる予定だった者です。」
カシワやカルロス、リッチマンの顔に緊張の色が走る。
「ですが、安心してください。私自身に、そんな気は毛頭ありません。リニア殿をお慕いしていたのですが、今となってはリニア殿にただ嫌われるだけの身でしょう。ですが、それでも構いません。妹さんとも無事、再会出来たようですし、これからは今まで不幸だった分を取り戻すだけです。リニア殿なら素敵な方はいくらでも見つけられるでしょうし、あの優しさと賢さがあれば、どんな困難も乗り越えられるはず。私がいてはお邪魔になるでしょうから、そろそろ立ち去るとしましょう。」
チューギーはカシワたちにそう告げると、一人歩み去ろうとする。そのチューギーの後ろ姿に、馬車から出てきたリニアが声をかける。
「待って、チューギーさん。あなた、さっきのはやっぱり私を守るために、タイタンたちにうった芝居だったのね。」
「リニア殿・・さぁどうでしょう。私はまた、あなたを手なづけようと騙しているだけかもしれませんよ?せっかく助かったんです。私のことなど忘れて、素敵な人を見つけて幸せになることです。」
「ふふっ。その台詞、私が以前にライラを村から追い出したときと、ほとんど同じだわ。わざと悪役をかって、大事な人を逃がそうとする。案外、私達って同じような思考回路を持ってるのかもね。」
「リニア殿・・」
リニアはチューギーに抱きつく。突然のことに戸惑ったチューギーだが、リニアはそんなことはおかまい無しに、チューギーをめいいっぱい抱きしめる。
「素敵な人なら、もう見つけたわよ。チューギーさん。今私の腕の中にいるじゃない。」
「しかし、私は・・」
「騎士なんでしょ?だったらもっと堂々としなさいよ。女性に抱きつかれたぐらいで、オタオタしてたらみっともないわよ?」
「みっともないか・・ハハッ。そうであるな。リニア殿・・助かったのだな・・本当に良かった・・これからは、あなた一人だけに仕える騎士となりましょう。生涯、リニア殿への忠誠を誓わせてください。」
「チューギーさん・・ありがとう。でも、どうしよう。私とチューギーさんが逃げ出した事を知られたら、ゴクアやタイタンがまた他の村人達に危害を加えるわ。」
「うむ。確かにそうだな。リニア殿を助けられた事は非常に嬉しい。この上ない喜びだが、残された村人たちをこのまま放っておくことはできん。しかし、どうしたものか。」
カシワはそんな二人を見て思う。チューギーさん、やっぱりさっきのはリニアさんを思っての行動だったんだな。あの状況で憎まれ役を演じられるなんて大したものだ。
しかし確かに、リニアさんやチューギーさんの言う通り、残された村人達に危害が及ぶ可能性はある。当初、リニアさんさえ助けられれば、それでいいかと思っていたが、ランシアが前に言ってた通り、そういうわけにはいかないようだな。
ライラとリニアさんは再会を果たした。この時点で本来の目的は達成しているのだが、おそらくリニアさんがこのままでは納得すまい。下手したら、また村に戻るとか言い出しかねない。
「全く・・手間のかかる姉妹だな。だが乗りかかった船だ。最後まで面倒見てやるか。」
カルロスが俺に呟く。リッチマンがカルロスと俺の肩に手を置く。俺は二人を振り返り、黙ってうなずいた。やっと、らしくなってきたな。ここからはトラブルに巻き込まれた旅行者としてではなく、ミス研メンバーとして活動させてもらおう。とっととバカ貴族ゴクアとアホ領主タイタンを掃除して、姉妹に本当の安心を取り戻してあげないとな。もうちょっとだけ待っててくれよ。ライラ、リニアさん。




