スフィンクスの問いかけ
目が覚めると、身支度を整え、一階のロビーに向かう。もう馬車の用意もできているだろう。俺たちは全員集合したのを確認して、馬車をレンタルしている店に行った。
「おう、馬車ならもう外にだしてあるぜ。ノルヴェ村まではちぃっと遠いが頑張ってくれよ。でもあの村今やべぇんじゃねぇのか?」
「ええ、だから急ぐ必要があるんです。ちょっと助けなきゃいけない人がいましてね。」
「そうか、まぁ事情は色々あるさな。別に理由は聞かねぇ。気をつけて行ってくれよ。」
「ありがとう。それじゃ行ってくるよ。」
俺たちは馬車に乗り込み、ついにノルヴェ村へと出発した。御者のレンタルまではやってないので、運転はひとまずライアンさんにお願いした。冒険者時代に御者の経験もしたことがあるそうだ。後で俺たちもやり方を覚えて、時間制で交代しようという話で落ち着いた。
馬車の運転なんかすぐに覚えられるか不安になったが、ライアンさんの話では、運転よりも方角の方が心配だという。砂漠では標識などはないから、太陽や星の位置、影の方向などで方角を割り出す事になる。
ノルヴェ村までの地図は用意してあるが、最短距離となっている砂漠の中央を行くのはやめて、ちょっと遠回りになるが、周囲に山や丘などの目印にあるものがある道をなるべく通る事にした。
「しばらくは単調な行進が続くと思います。皆さんはホロの中で休んでいてください。砂漠には独特の魔物も出ますので、いざというときのために体力を温存しておいてもらえますか?」
ライアンさんが指示した通り、俺たちは今のうちに休んでおく事にした。砂漠ってのは辺りの景色が皆一様に見える。砂丘が延々と続いている風景は、最初は砂漠初体験ってことでワクワクもしてたが、しばらくすると飽きてしまった。それにしても暑い。これが夜になると逆に急激に冷え込むのだから、体調壊さないか心配になってくるよ。
「リアは暑いの大丈夫か?寒いんだったら上着貸すけど、暑いときは何もできないからなぁ。」
「ありがと、カシワ。平気だよ。ただやっぱりちょっと暑いかも。でも砂漠って日差しが強いから、あんまり脱ぐよりも、白の長袖とか着てた方がいいんだっけ?」
「うーん、俺も砂漠は初めてだしよく知らないんだけど、日差しに弱い人ならそうかもな。カルロスとリッチマンは全然平気そうだよな。ライラは大丈夫か?」
「ボクなら平気。外を歩いているなら、きついかもしれないけど、室内だからね。直射日光浴びないですむのは大きいよ。」
だよなぁ。高い金だしてラクダじゃなく馬車を使う事にしたかいがあったというものだ。景色は変わらないが順調に進んでるようだし、そろそろ俺もライアンさんの馬車の操作方法でも見学させてもらうとするかな。どうせ後で交代しなきゃならないんだし。
「ライアンさん、ちょっと見学させてもらって・・ライアンさん?」
どういうことだ?ライアンさんは苦悶の表情を浮かべている。馬車の操作は続けているようだが、脂汗もけっこうでてて、何やら辛そうな感じだ。よく見ると、袖口に小さな切り傷がある。どこかで引っかけでもしたのだろうか?
「ああ、カシワさんですか?すいませんが、ちょっと変わってもらえますか?」
ええ?これから馬車の操作方法を見学しようと思ってたのに、いきなりレクチャーなして本番かよ!?いや、そんなことより、ライアンさん大丈夫なのか?
「ライアンさん、顔色悪いみたいですけど、どこか具合でも悪いんですか?」
「実は毒サソリに噛まれましてね。サソリは退治したんですが、傷口から毒がまわってしまったようで・・」
そこまで言ってライアンさんは気を失った。やばい、早急に手当てしないと。馬車の操作よりも、まずはライアンさんの回復だ。
「リア、リッチマン、ちょっと来てくれ。ライアンさんが毒サソリに噛まれた。大至急、回復を頼む。」
リアが毒消しの回復魔法をかける。だが、ライアンさんは相当強力な毒におかされたようで、袖口の傷こそ治ったものの、まだ苦しそうな表情が続いている。続いてリッチマンが、少し高度な毒消し魔法をかけると、やっとライアンさんの汗がひいていった。
「ありがとうございました。皆さんすごいですね。私が噛まれたのは毒サソリのなかでも、特に強力な肥大毒サソリみたいだったようです。肥大毒サソリは毒サソリが進化した生物で、通常の毒サソリと違い、三回以上かまれると、死には至らないものの、昏睡状態になり、後遺症なども残るという恐ろしいサソリです。助かりましたよ、本当に。」
へぇ、そんな凄い毒性を持つサソリだったのか。ライアンさんはそんな強力な毒を受けたにも関わらず、再び御者席に座ろうとした。
「さぁ、回復もしてもらった事だし、引き続き出発するとしましょうか?ちょっと道草くってしまいましたらから、急がないと。
俺たちは慌ててライアンさんを止める。
「ライアンさん、無理しないでください。運転なら俺がやってみます。ライアンさんは指示だけ出して、あとは寝ていてください。」
「すいません。運転といっても、普通の馬車と違って、基本は御者席に座っているだけでいいんです。左右の旋回はその方向の手綱を少し強めに握るだけでいい。止まるときは両方の手綱を同時に少し引いてください。そもそもこの馬車についている馬は普通の馬じゃなく、モンスターなんですよ。見た目はそこらの馬と区別つかないですがね。普通の馬なら砂漠はきついですからねぇ。ある程度知恵もあるし、誰でも簡単に操作出来るように、訓練されてるみたいですよ。だから、運転については安心してください。それより方位に気をつけてくれますか。目印になりそうなものが無い場合は、いつでも相談してください。」
「わかりました。少しほっとしましたよ。正直、乗馬経験なんてまるでないし、普通の馬車だったら、色々覚えなきゃいけないこともあるでしょうから。進路についても当分の間はこのまま真っすぐ進めばいいんですよね?」
「ええ、そうです。但し、砂嵐には気をつけてください。もしまずそうな事態が起きたら、一旦馬車を止めてくれて構いませんから。それでは申し訳ありませんが宜しくお願いします。」
ライアンさんは俺と交代でホロの中に戻り、休息をとることになった。砂嵐が来そうな前兆があれば、ライアンさんの言う通り、途中で馬車を止めよう。しかし、暑いな。当然かもしれないが、ホロの中より御者席の方が数段暑い。
「大丈夫、カシワ?よかったら、これ頭にかぶりなよ。」
「ん?リア、どうした。あっそれ日差し避けようの帽子か。ありがとう、助かるよ。」
俺はリアから渡された少し特殊な形状をした帽子を受け取った。帽子と言っても、単純に頭を覆うだけではなく、上半身を丸ごと覆うような形状をしている白い布の塊だ。素材も絹や木綿などの衣服に一般的に使用されているものではなく、砂漠に住むデザートバードという鳥形のモンスターの羽からできている。
見た目は少しかっこ悪くなるのだが、断熱効果があり、着心地もいい。
「リアは大丈夫か?もし暑いんだったら、ホロの中で休んでなよ。」
「ううん、平気だよ。ねぇカシワ、ノルヴェ村ってどんな所なんだろうね。」
「さぁなぁ。今の惨状はともかくとして、元々は村人が自営していたらしいし、昔は住み心地はよかったんじゃないかな。宝石鉱山の近くってことだけど、こんな砂漠を横断しなきゃならないような場所にあるんなら、交通の便はよくなさそうだけどね。」
「ライラのお姉さん、リニアさん無事だといいね。」
「そうだな。ライラが村を出てからもう結構日にちもたってるだろうし、ゴクアやタイタンがリニアさんにライラを逃がした責任をとらせるつもりなら急いだ方がいいよな。しかし、こうして見ると世界って雄大だよなぁ。今度来る事があったらさ、急ぎ旅とかじゃなくて、ゆっくりまわってみたいな。リアと二人でさ。」
「カシワ・・うん、そうだよね。海も砂漠も急ぎ旅になっちゃってるもんね。今度はゆっくりと落ち着いて色んなところをまわろうね。」
砂漠の旅は、その日は特にトラブルもなく、夜までの間、順調に馬車は走り続けた。昼間とはうってかわって、冷え込みが激しい。夜間は馬車を休ませようかとも思ったのだが、昼間の間カルロスが、運転を代わる事になった。幸い馬も普通の馬ではなく、モンスターだということで三日間ぐらいなら少し小刻みに睡眠をとらせれば十分だそうだ。
「カルロス、夜は冷え込むから、これ着てろよ。俺たちは毛布にくるまって寝るからさ。ライアンさんは大丈夫そう?」
俺は馬車内に装備されていたマントとジャケットをカルロスに渡した。
「おう、悪いな。ライアンさんなら、今はぐっすり眠ってるぜ。顔色も元に戻ってるし、心配いらねぇだろ。後、飯は一応、パンと干し肉がホロの中に用意されてたから、それ食ってくれ。俺はもう食ったからな。じゃあ行くぜ。」
カルロスが再び馬車を走り出す。ホロの中には備え付けの、麻袋が用意されており、その中にラッピングされたパンと干し肉が入っている。パンはかなり固いが、バケットのようなものだろうか?干し肉の方は羊の肉らしい。他の面子はもう食べ終わっていたようだが、リアだけは俺が運転してくれる間待っていてくれたらしい。俺はリアにもパンと干し肉を渡す。
「あっこれ意外にいけるかも。なぁリア、パンにさ、干し肉はさんで食べてみなよ。結構旨いぜ。」
「へぇ、うん、やってみる。あっ美味しい。別々に食べるより、こっちの方がいいね。」
フランスパンっぽいパンと干し肉の相性は抜群で、あっという間に平らげてしまった。トマトとチーズを挟めばもっと旨くなるかもな。満腹亭に帰ったら、グラ爺に提案してみようか。
「砂漠の旅なんて、ちょっと不安だったけど、思ったより順調にいけそうでよかったな。これなら予定よりも早めにつくかも。」
「カシワ・・それフラグっていうんだよ。あんまり安心してると変なモンスターとか、砂嵐とかきちゃうかもしれないよ〜」
「リア、変な事言うなって。そんなこと言ってると本当にきちゃうかもしれないだろ。」
「えへへ、ごめんごめん。カシワ、馬車の御者なんかやって疲れたでしょ。ちょっと肩でももんであげようか?」
「肩こりするほど年じゃないって。でもせっかくだから、やっぱり頼もうかな。リアのマッサージ受けられるなんて感激だし。」
「マッサージぐらい、いつでもしてあげるよ?カシワが喜んでくれるなら、いくらでも言ってくれればいいのに。」
「リア・・」
俺とリアがいいかんじになったころに、それまで寝ていたライラが急に起きだして、馬車の外を指差した。
「ん、んん、オホン、ちょっとお二人さん?水差すようで悪いんだけどさ、あれ何かな?ボクの目にはなんか、すごいやばいものに思えるんだけど。」
俺とリアもライラの指し示す方向に目を向ける。何だありゃ?雲のようなでかい影の塊がどんどん近づいてくる。影は俺たちの乗っている馬車の目の前で、だんだん何かの生き物のような形になって行く。あれは鳥か?いや、鳥じゃない。あれは・・もしかしてスフィンクスってやつか?ゲームでしか見た事無いからわからんが、巨大な翼に、ライオンの体、女性の顔。何とも形容しがたいそのモンスターは、俺たちに向かって問いかけた。
「汝らは、わらわが今考えている事をあてられるか?見事あてられたなら、手出しはせず、褒美をやろう。」
謎掛けってやつか?確かスフィンクスのパラドックスってのが数学かなんかであった気がする。何だっけ?確か、スフィンクスが考えてるのは俺たちを”食いたい”って答えればいいんじゃなかったかな?
”食いたい”ってのが、あたってるなら、俺たちはスフィンクスの考えを見破った事になるから手出しは出来ない。逆に”食いたい”ってのが間違いなら、スフィンクスは俺たちを食いたくないってことだから、やっぱり手出しは出来ない。とかそんなかんじのパラドックスがあった気がする。どうしよう?やってみるか。俺は皆にも自分の考えを相談した後、意を決して答えてみた。
「あなたは私達を”食べたい”と考えています。」
スフィンクスは沈黙を続ける。どうなる?もしダメならダメで戦うしか無いか。カルロス、リッチマン、ライアンさんが皆いるこの状況なら、相手がスフィンクスでも、何とか戦えるだろう。カルロスとリッチマンもそれぞれ武器を手に取る。俺とリアもドワーフのアクスさんからもらった剣と弓をそれぞれ準備した。




