海賊船の襲来
「うっ・・おぅえぇえええぇぇ」
カルロスは船のかんばんに乗って、デッキに近づき、また吐いた。もうこれで何度目だ。きっと胃袋の中は空になっているのだろう。嘔吐物すらもう出ない。だが、気持ち悪さはずっと残っている。
「なんで船ってこんなに揺れやがるんだ。船員ってやつはすげぇな。こんなの乗って仕事してる奴らの気が知れねぇ・・ううぇぇぇ・・」
「おい、大丈夫か?カルロス。また、リアに頼んで回復魔法でもかけてもらうか?」
「なんだ、カシワか。おまえは平気なのかよ?よく気持ち悪くならねぇな・・うぅうぉぉおぅう」
全く・・喧嘩ではオーディーンさん以外敵無しのカルロスも、ここじゃ形無しだな。俺はとりあえずカルロスの背中をさすってやる。男にさすられても嬉しくはないだろうが、さすがに見てられん。
「天下のカルロスにも意外な弱点があったんだな。いいんじゃないの?人間らしいっていうかなんっていうか。まぁ別に人間じゃなくてもさ。ちょっと待ってろ。今、リアかリッチマン呼んできてやるから。」
俺は回復魔法を使える二人を捜しに行こうとした。丁度そのとき、ライアンさんがやってきた。
「おや、船酔いですか?どれ、私が治して差し上げましょう。月光よ、悩める者の傷を癒したまへ」
カルロスの体を黄色の光が覆って行く・・なんか蛍の光にでも囲まれているようだ。
「お、おお、おおおお!すげぇ、もう気持ち悪くねぇぜ。あんたやるじゃねぇか。礼を言うぜ。」
カルロスがみるみる元気になっていった。・・のだろう、多分。船酔いは本人じゃなきゃ分からんからな。
カルロスはライアンさんの手をしきりに握って喜んでいる。まぁ元気になったのなら何よりだ。
「よかったな、カルロス。んでさ、ちょっと気になったんだけど、あれ何?」
俺はデッキから遥か遠方に見える海に浮かぶ黒い塊を指差した。少しづつだが大きくなっている気がする。
いや、気のせいじゃない。大きくなってる。なんか旗が見える・・おいおい、嘘だろ。典型的なジョリーロジャーのドクロマーク。こんなところで海賊船かよ!
「やばい!急いで船員さん達に知らせないと。リアとライラや乗客達には安全なところに退避してもらわなきゃ。それに冒険者とか荒事に慣れてる人たちには協力してもらおう。」
俺が慌てて告げると、ライアンさんがそれを制した。
「いや、ちょっと待ってください。船員の方やリアさん、ライラさんに告げるのはもちろん大事ですが、今は魔王と勇者が争ってた頃とは違い、少なくとも表面上は平和になっているはずです。こんな海の上で都合良く船と海賊船が鉢合わせするものでしょうか?」
「ライアンさん、あんた、なにが言いたいんだ?」
今度はカルロスが口を挟む。まぁ口を挟めるだけ、酔いが収まったって事だな。しかし、カルロスの言う通りだ。もしかして・・
「誰か船員または乗客の中に、海賊側と通じている者がいても不思議ではないという事ですよ。もちろん、船の航路は決まっているのですから、予め待ち伏せしていたということも十分に考えられますがね。しかし、どちらにしろ、今は報告が先決でしょう。」
俺たちは、船の乗組員さんたちに、デッキから見た海賊船のことを告げ、ついでリアとライラに安全なところに隠れているように伝えた。リアは俺たちと一緒に闘おうとしてくれたが、はっきり言ってリアのような女性は海賊からすれば、ご馳走だろう。もちろんリアだってそれなりには強い。
だが、リアには小悪魔族だということで幼い頃から虐げられていたトラウマがある。そこをつかれると怯えて萎縮してしまい、普段の実力がはっきできなくなってしまうのだ。リアたちを守るには隠れてもらっていた方が都合がよかった。
「なんですって?すぐに確認いたします。お客様はこちらへ避難していてください。」
船員さんは、いきなりのことで驚くかと思ったが、意外にも冷静で、乗客達に適切な避難指示を与えて、海賊船を迎え撃つための準備を始めた。どうやら乗組員たちは全員、元冒険者や、兵士あがりなど戦闘経験のあるものたちらしい。こういう時にパニクらないで冷静な対応が出来る人たちというのは見てて安心する。
だが、双眼鏡で海賊船の様子をのぞいた船員が焦り声をあげた。
「やべぇよ、ありゃ、マゼランの称号だ。闘うよりも逃げる準備をした方がいい!」
マゼランの称号・・船員さんたちの話によると、かつて勇者と魔王が争っていた時代にこの辺りの海域を荒し回っていた海賊達の中でももっとも恐れられていたやつららしい。だが、勇者魔王戦争が終わってからというもの、なりを潜めていたはずだが、最近になってまた所々で出没しだしたとのことだ。だが普通の海賊を違い、義を重んじる掟があるらしい。
女子供には手を出さず、富裕層からのみ金品を剥奪し、貧しい者には逆に分け与えるという。まぁ金品を剥奪している時点で義になっていない気がするが、そこは世間の一般常識とは異なる彼らの中の不文律のようなものがあるのだろう。だがその話が本当なら、とりあえずリアやライラは安全という事になる。もっとも話が本当かどうかなんて、実際に事が起こってからでないと分からないのだが・・
「でもさ、そんなご立派な海賊なら、そこまで慌てる必要なくねぇか?」
カルロスが船員に疑問を投げかける。俺もそう思った。まぁそれは俺たちミス研メンバーが間違っても富裕層などとは言えないため、他人事として捉えているかもしれない。そういえばランシアはお嬢様なんだったな。でもここにいないから、やっぱり関係ないし。
「何を言ってるんですか?あなたたちはそりゃあ、狙われないでしょうがね。この船にはVIPの方々も多数ご乗船されているんですよ。地方の大地主様や伯爵様、街の有力者様なんかも乗っておられます。まあ、あなた方とは乗っている船の階層が違いますから、顔を合わせる事はないでしょうが。身分が違うんですよ、身分が。全く、これだから貧乏人は・・」
・・さっきここの船員さんたちは皆、見てて安心出来ると思ったが、取り消そう。少なくともこいつは信用するのはやめておこう。もちろん全員がこいつみたいっていうんじゃなく、ちゃんと信頼出来る船員さん達も大勢いるんだろうけどさ。
でも、そうだったんだ。気がつかなかったけど、富裕層の人達もこの船乗ってるんだな。
「それで、この船のスピードって最高でどれくらいでるんだ?逃げ切れるもんなのか?」
カルロスが尋ねると船員は浮かない顔をする。
「正直、難しいですね。この船は設備は整ってますが、速度という点では並の船より少し力がある程度でしょう。相手がマゼランの称号を持つ海賊となれば、まず逃げ切るのは不可能でしょうね。」
おいおい、なんだそりゃ?つい数秒程前に、見張りの人が闘うよりも逃げる準備した方がいいとか、言ってなかったか?ってことは結局迎撃することになるのか。でもまぁ相手がなりふり構わず襲いかかってくるような連中なら、闘おうと思ってたが、正直富裕層の連中を守るためってんなら、俺らに被害が無いなら別に無理に闘う必要も無いんだよな。下手に俺が手を出して、リアたちにまで被害が及ぶようなら元も子もないし。どうしよっか・・
ボグォォン!!
俺が、海賊なんてこちらに被害が無いなら別にどうでもいいかもなんて、自分都合な事を考えていると、海賊船のやつ、大砲をぶちまかしやがった。おいおい、これが義を重んじるやつらのすることかよ?
っていうか、もう大砲が届く距離まで接近されてんじゃん。もう逃げるって選択肢はないだろうな。
「諸君。我々は誇り高きマゼランの海賊である。抵抗する者には容赦はせんが、おとなしくしてれば数分で立ち去る事をお約束しよう。なに、いくらかのお恵みをいただければ、それでよい。元から金のないものは、ひっこんでいてもらって結構。諸君らには二つの選択肢がある。自分たちで金品を集め我々に差し出す事で、我々と友好的な関係を結ぶ道。我々の方から諸君らの元に伺い、我々への寄付をお願いする道。どちらでも好きな方を選ぶが良い。」
丁寧な口調だけど、言ってる事はただの脅迫だよなぁ。翻訳すると、自分たちで金集めてもってこい、じゃねぇとこっちから行くぞ、このやろうってことだろ。
「なぁどうするカルロス、ライアンさん。あ、そうだ。リッチマンも呼んでこないとな。」
リッチマンを呼びつけようとしたが、結局俺たちは揃ってリッチマンの部屋にいくことになった。部屋の中の方が落ち着いて話せるだろう。俺はリッチマンの船室のドアをノックする。
「おい、リッチマン、入るぞ。」
「ああ、カシワか。どうぞ、鍵は空いてるよ。なんだ皆も一緒か。海賊船がきたんだって?」
おお、さすが耳が早いな。説明する手間が省けてたすかるよ。
「おうよ、しかもマゼランの海賊だとかいう、海賊の中でも名の知れた連中らしいぜ。でもよ、どうも俺たちに危害を加える気はないらしいんだ。被害を受けそうなのは富裕層のやつらだけだってもんで、どうするか考えてたんだよ。」
カルロスが告げる。そうなんだよな。こっちに被害がないなら、無理に相手をする必要は無いんだよな。
「リッチマンはどう思う?」
俺は率直に聞いてみた。俺らの中で一番の常識人であるリッチマンの意見に従うのが無難かもな。
「さぁね、ただ気になるんだけど、海賊船とこの船って偶然鉢合わせしたの?」
おお、さすがリッチマン。ライアンさんと同じ疑問を呈してくる。もうリッチマンには内通者がだれかなんてわかってるのだろうか?俺が色々考えてると、リッチマンは短くため息をついた。
「カシワ、俺に内通者が誰かなんて、少なくともこの状況じゃ無理だ。おまえらももう休め。じっくり休んで脳をリフレッシュしておいたほうがいい。」
結局その日は船員さんの勧めで、部屋にシーツを敷いてもらい、各自で船室で休養をとるようになった。
コンコン・・
「なんだ、だれかいるのか?」
俺はドアに向かって、叫ぶ。空気がきれいだから、普通の声だけで結構遠くまで届くんだよなぁ。
「カシワ、俺だ。リッチマンだ。空けてもらっていいか?」
俺はドアに近づいて、リッチマンの言う通り、鍵をあけ、ドアをあけてもらう。
「なんだ、リッチマン。おまえは寝ないのか?」
「おれはネクロマンサー族だからね。数日は寝なくて平気さ。それより、ちょっと気になったんだけど、双眼鏡でのぞいてた見張りの人さ。双眼鏡でジョリーロジャーのドクロの称号を見たっていってたよな?」
「それがどうした?何か不審な点でもあるのか?」
「見張りの人、海賊船の旗をみて、マゼランの海賊って話したんだよな?」
「だから、それがどうしたんだよ?おまえらしくないぞ。回りくどい言い方してないで、さっさと話せって。」
「マゼランの海賊船の旗ってさ、ちょっと変わっててさ、普段は国旗が飾ってあるんだよ。見張りの人、国旗を見て、マゼランの船って判断したのだろうかね?」
・・なんてことだ。あいつが手引いてたものってことか。俺はまた小さくため息をついた。




