ライラの話
ヨーロ大陸辺境の地にあるノルヴェ村は既にこの世の地獄になりつつある。リニアは一人泣いていた。いや、もう泣きつかれて涙すら枯れている。結局タイタンに献上する予定だった宝石は見つからず、タイタンの言いようにされ続けている。ライラが村を脱走した責任こともタイタンの怒りをさらに増幅させた。いっそもう一思いに殺してほしい。だが、タイタンはそれすら許さなかった。
タイタンはリニアをこのまま生涯生ける屍として辱め、皆の前で奴隷とし、それ以外の時間は檻の中に閉じ込め続けるつもりだ。もはや自分が自分であるという意識すら無い。目から生気は消え失せ、覇気は完全になくなっている。だが、それでも妹ライラのことだけは覚えていた。
「ライラ、ちゃんと幸せな生活おくれてる?」
檻の中でリニアはつぶやく。また今日も村人全員の前でタイタンやゴクアの部下達に辱められる。リニア自身にこの先、希望など無い。リニアが抱く最後の希望は妹ライラが幸せになる事だけだ。
ゴクアの部下がやってきて、リニアを閉じ込めている檻の鍵を開けた。
「ふん、もうすっかり生気はなくなっているようだな。だが、今日はさらに面白い趣向をゴクア様自らが考案なされてな。ククク、きっと楽しい一日になるぞ。」
ゴクアの部下の笑い声はどんどん大きくなっていった。このうえ、私に何をするつもりなのだろうか?いっそ、腰元にある剣で心臓を一突きにしてくれたら、どんなに楽だろう。
リニアはゴクアの部下に連行され、村の広場に連れて行かれた。広場には多数の太くて長い杭が立てられている。あんなもの何に使うというのか?タイタンは中央の席に陣取り座っている。これからおこるショーの見学ということ?
「さぁ、村人の中から好きな者を三人くらい選べ。今日は初日だからな。適当に選んでも構わん。」
ゴクアの部下がリニアに命じる。適当に選んでもというのはどういう意味なのだろうか?リニアは最初に目が合った三人を指差した。ゴクアの部下達はリニアが指定した三人をそれぞれ杭に縛り付ける。
一つの杭に一人ずつ。ゴクアの部下はリニアに松明を渡した。まさか・・
「感づいたようだな。そうさ、その松明でお前が指定した三人を縛り付けている杭に火をつけろ。なぁに三人とも殺しはしない。貴重な労働源だからな。それにこれは只の余興だ。この退屈な村で俺たちが一時の楽しみを味わえるよう、ゴクア様が提案してくださった只の余興。その松明で三人の利き腕じゃない方の腕を焼け!」
!!なんて事をさせるの?酷すぎる・・何の罪も無い人に火をつける。それならいっそ・・リニアは自分自身に火をつけようとした。その手をゴクアの部下が止める。
「ククク、お前ならきっとそうすると思ってたよ。一人じゃ出来ないか?なら俺が手伝ってやろう。」
ゴクアの部下はリニアの松明を持った腕を掴む。嫌だ、離して・・リニアは泣き出した。もう涙などとうに枯れ果てたと思っていたのに、まだ残っていたようだ。
「そうさ、おまえのその顔が見たかったんだよ。魅力的だぞ。ククククク。」
「なんで、なんのためにこんなことするのよ・・」
「意味なんて無いさ。只の暇つぶしだよ。さぁいくぞ。」
ゴクアの部下は抵抗するリニアを無理矢理、人が縛られている杭の方に連れて行き、必死で拒もうとするリニアの腕を力ずくで掴んで、縛られている人間の腕に火をつけさせた。
「ううううぁぁぁ!!!」
火をつけられた男は言葉にすらならない絶叫をあげる。リニアはその様子を見て、耐えられなくなり、その場で意識を失った。
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「ねぇカシワ、さっきから同じ風景の繰り返しだね。」
リアの言う通りだ。どのくらい歩いただろうか?あたりはすっかり暗くなっていた。鳥の鳴き声があちこちから聞こえる。狼らしき鳴き声まで遠くから、聞こえてきた。頼むから、こっちにこないでくれよ。
それにそろそろ食料を調達しなくちゃならない。
俺とライアンさんは木の棒の先に尖った石をくっつけ、即席で作った槍を脇に携えている。しかし、こんなもの役に立つのだろうか?かりに野うさぎとかを見つけて、捉えたとしても、槍の方が折れてしまいそうだ。それにあんまり殺生はしたくないんだよなぁ。まぁ食うためだから仕方ないんだけどさ。
「あ、ライラ、あっちの方角。ちょっと石投げてみて。」
ライラが道に落ちてる手頃な石を拾って投げつける。鳥が一斉に飛び立つ。残った後には瀕死の鹿が一等横たわっていた。おおこれは!鹿さんには大変申し訳ないが、食料にありつける。
まだ鹿に息があったようなので、ライアンが一思いに槍で突き刺した。可哀想だが、どっちにしろあの鹿はもう助かりそうにはなかった。苦しまないように、一気に止めをさした方が鹿にとっても幾分報われることだろう。
俺たちは鹿の屍骸を全員で協力して運び、茂みを抜け出して、たき火を始める。鹿の肉を切り取って、木の棒に刺し、たき火の周りに置く。焼き上がるまでにはしばらく時間がかかるだろう。
こうして見ると、普段の食事がいかに恵まれたものか、よくわかる。また、他の生き物の命を頂いて、生活しているんだという実感がわき、食事に対する感謝の気持ちが芽生えてくる。
俺たちもたき火のまわりに座って、体を温めることにした。かなりの時間歩き続けてたから疲労も相当溜まっている。少し休んだ方がいいだろう。俺はライラに話しかけてみることにした。
「なぁ、ライラ。さっきさ、姉さんのこと話しかけてたじゃん。いや、言いたくないようなことなら、無理に聞くつもりは全くないんだ。でもさ、こうして知り合ったのも何かの縁だし、もし何か嫌なことがあって、誰かに不満をぶつけたいって気持ちがあるなら、愚痴くらい聞いてもいいぜ。」
ライラは俺を見上げる。今まで男っぽい格好してたから気づかなかったけど、こうしてみると、結構顔立ちが整っている。髪は無造作にゴムでとめて、まとめて帽子の中に入れてるようだが、大きめの瞳に、小さな小鼻。唇は少しだけ膨れているが、それがかえって顔のバランスとかみ合って調和がとれている。意外に美形だったんだな。
「へぇ、優しいじゃん。さっき、気球でボクにくれたこのコートといい、只の変態じゃなかったんだな。」
「誰が変態だ。それにコートもあげたつもりはない。一時貸してるだけだ。ったく。おまえこそ、少しは女らしくしてみろよな。リアを見習ってみろっての。まぁでもお前は男なんだから関係ないないか。」
ライラが俺に小石を投げつけてくる。おい、痛いって。
「バカ、やめろって。婿入り前の大事な体に傷がついたらどうすんだよ?お前が責任取ってくれんのか?」
「お前の方が変な事言い出したんだろ!ボクは女だ。だいたいなんでボクみたいな超絶美少女がお前みたいなやつの責任とらなきゃいけないんだよ。」
「誰が超絶美少女だ。自分で言うなよ。ったく、せっかく顔立ちはそれなりに整ってるのにもったいない。」
「え?そ、そうか。いや、そうだよな。なんだよ、変態、少しはいいこと言うじゃんかよ。」
ライラが頬を赤らめる。なんだこいつ?もしかして人に褒められることに慣れてないのか?あんなんで赤くなるなんて、もしかして、チョロインさんってやつか?
「ああ!何よ、カシワ、浮気?私の前で他の女性に手を出すなんて、ひどいじゃない!」
リアが俺の腕をつねってくる。ちょっと待てって、誤解だ誤解。俺がリアを傷つけるようなことするわけないだろ。
「リア、違うって。俺にはリアだけだって。なぁ頼むよ。機嫌直してくれって。」
俺はリアの方に向き直って、弁明する。そんな俺の狼狽する様子を見て、リアが吹き出す。ライラとライアンさんも笑い出した。
「なぁおまえらってさ、結婚したら間違いなくカカア殿下の家庭になるよな。あんまり尻にしかれすぎるなよ。」
ライラよ、おまえは一体何を言ってるんだ!?リアの方を見ると、今度はリアが頬を赤らめている。
「もうなんなんだよ、皆して、からかうなよな。」
俺が拗ねると、すかさずリアが突っ込む。
「ダメよ、からかわれるのはカシワの専売特許なんだから。」
なんだ、その全然嬉しくない専売特許は。だが、そんなリアのセリフを聞いて、皆一斉に笑い出した。俺も釣られて笑う。せっかくの旅行が、列車には爆破テロ予告。気球に乗れば気球から落ちて、今度は森で遭難なんて災難にあったけど、それでも無事にこうやって笑い合えるんだから、そんなに悪くないかもな。但し、俺がからかわれ続けているという点を除いてな。
「ハハ、久しぶりに笑ったよ。本当に久しぶりだ。村にいたときは、またこんなふうに笑える日がくるなんて全然考えられなかった。なぁカシワさ、さっきボクの愚痴聞いてくれるって言ってたよな。ちょっと長くなるけど、聞いてもらってもいいかな?ボクの住んでた村、ノルヴェ村っていうんだけど、その村とボクの姉さんのリニアのことなんだけどさ。」
それから、ライラはゆっくりと口を開いた。ライラの話はにわかには信じがたい程、壮絶で悲惨なものだった。宝石鉱山によって支えられていた、一つの村がゴクアとかいう馬鹿貴族とタイタンとかいう馬鹿領主によって、滅茶苦茶にされていること。ライラの両親もそいつらに殺されてしまった事。リニアという女性が、妹であるライラを逃がしてくれた経緯。
ライラの話が終わった後、俺たちはライラになんて言葉をかければいいのか分からず、ライラが再び口を開くまで黙っていた。
ライアンさんがライラに鹿肉を差し出す。そうだな。そろそろいい焼き具合になった頃だろう。俺とリアもそれぞれ鹿肉を手に取る。ライラの話を聞いた直後では、なかなか食欲がわかないかと思ったが、それでも気球から落ちたときの疲れや、長い間歩き続けた疲労が溜まっていて、俺たちは疲れをとるためにも黙々と食べ続けた。意外に香ばしくてうまい。塩こしょうがあれば、最高だったな。
「なぁライラ、姉さん助けたいか?」
俺は鹿肉を食べながら、唐突にライラに聞いた。自分でも何故そんなことを言ったのか分からない。しかし、人間って言うのは一度関わりを持ってしまうと、他人ではなくなる。まして命の危機を一緒に乗り越えたとあれば尚更だ。俺やリアにとって、もうライラもライアンさんも他人ではない。
「・・無理だよ。さっきも言ったろ?タイタンってやつは恐ろしい程の怪力の持ち主なんだ。それに仮にタイタンをどうにか出来たとしてもゴクアの私兵団がまたやってくる。あんなやつでも貴族なんだ。それも相当大きな権力を持つ貴族さ。どうやってもかなわないよ。」
「でも、助けたいんだろ?」
「そりゃそうだけど・・」
「ライラ、こう見えても俺たちさ、今までけっこう無茶な事件解決してきてるんだよね。チンピラ集団壊滅させたり、戦争回避させたり、悪徳宗教団体潰したりさ。俺たちにはミス研の連中っていう頼もしい味方もついてる。もしおまえが本気で姉さん助けたいなら、こうしてせっかく知り合ったんだ。協力してやってもいいぜ。」
「そうね。せっかく友達に慣れたんだもん。私も協力するわよ。それにライラにそんな顔は似合わないって。ちょっと男勝りだけど、元気一杯で、ついでにカジノでも大勝ちできちゃうライラの方がしっくりくるわよ。」
リアも俺の言葉に追随する。俺はキューちゃんを通じてミス研メンバーにもこのことを伝えた。タイタンもゴクアも凶悪なやつらっぽいので、ミワ姉などは反対してるみたいだが、最後はなんだかんだ言って、皆ライラのことを助けてくれるだろう。俺たちミス研はそういう、ある意味阿呆なやつらの集まりだ。
「おまえら・・本当にいいやつらだったんだな。でも、だったら尚更巻き込むわけにはいかない。本当にやばいやつらなんだ。常識とか人権なんて全然通用しない、イカれた連中だ。気持ちはすごく嬉しいけど、今の話は忘れてくれ。」
「いや、忘れるなんて出来ませんよ。私もこうして縁を結んだ一人です。協力しましょう。」
えっ?俺たちはライアンさんの方を見る。ライアンさんまで巻き込むつもりは最初からなかったし、予想外だった。元々気球の添乗員さんだった人だし、この森を抜け出して、どこか比較的交通の便の通ってそうな大きめな街まで一緒に行って、そこでお別れかなと思ってた。
「ふふ、私ね。こう見えても昔はちょっとは名の知れた冒険者だったんです。戦闘も少しは出来る。足手まといにはならないかと思いますよ。カシワさんやリアさんにとって、もはやライラさんは友人というなら、私にとっても、もはや皆さんは友人です。何せ一緒に、命に関わるような危機を乗り越えた仲なんですからね。それに、元々は私どもの不手際により、気球が思わぬ事故にあったことが原因。だから、その責任を取る意味でも協力させてください。」
ライアンさん・・そういえば、ライアンさんは魔法大学ないでも、比較的マイナーな月属性魔法が使えるって言ってたな。まぁマイナーさ加減で言えば、俺の無属性や混合魔法の方が圧倒的にレア度が高いんだが・・
しかし、冒険者の経験がある人が味方に加わってくれるなら心強い。俺たちは所詮学生集団だし、本場の経験者っていうのはいないからな。カルロスがちょっとかじってるくらいだろう。俺たちは揃ってライラの方を見る。後は俺たちの協力の申し出に対し、彼女のイエスという返事を聞くだけだ。
「みんな・・ありがとう・・みんなに出会えて・・よかった・・」
ライラは泣き出した。ライアンさんがそんなライラに、何も言わず黙っておかわりの鹿肉を差し出す。ライラも黙って受け取り食べる。俺たちもおかわりの鹿肉をとる。鹿肉を食べながら、俺たちは皆、ライラが泣き止むまでずっとライラの側に寄り添っていた。




