ノルヴェ村の姉妹
「ダメじゃ、二人に一週間も店を開けられたら、相当きつくなる。エルドォワ祭と文化祭以来、客足もせっかく順調に育ってきてるっていうのに、困らせんでくれ。まぁ、二人が旅行に行きたいって気持ちは分かるし、申し訳ないが、今回はあきらめてくれ。」
グラ爺は俺とミワ姉がミス研旅行のことを話すと、案の定却下してきた。だがこれは想定内だ。最初から賛成してもらえるなんざ思っちゃいない。俺は自分が持ってきた袋の中身を確認した後、道中の間に考えた事を頭で整理しながら、ひとつづつ順序出てて、言葉にしていく。
・・と言っても、そんなに大した事を話すわけじゃない。ただ、グラ爺が喜んでくれるようなら成功かなって程度だ。
「なぁグラ爺。俺もミワ姉もさ、グラ爺にはいつも世話になってるって、本当に感謝してるんだ。だから、そんなグラ爺にちょっとプレゼントがあるんだよ。」
「え?カシワ、そんなの用意してたの?」
ミワ姉まで驚いてくる。だめだよミワ姉、ここは口裏合わせてくれなくちゃ。俺はミワ姉の耳元に口をあて、そっと自分の考えを伝える。ミワ姉は一瞬だけ驚いた表情をみせたが、すぐに普通の状態に戻った。
「なんじゃ、言っておくが贈り物で儂の気を引こうとしても無駄じゃぞ。店が忙しくなることに変わりはないんじゃからな。」
「まぁ、そういわず受け取ってくれって。きっと気に入ると思うよ。」
俺はグラ爺にある包みを渡した。グラ爺が袋をあける。
「むぅ、これは・・」
俺が渡したもの・・それは、この世界では珍しいだろうし、おそらく重宝されるであろうもの。だが俺が元いた世界ではおそらくほとんどの人が普通に持っているもの。魔法瓶だ。実は俺がランシアの実験サポートしてるときに、ランシアのところにいた執事長のダニエルさんっていう人に頼んで見本品を作ってもらったんだよね。
あの人、かなりの情報通みたいで、色々なところにコネを持ってたんだ。工房とかにも知り合いがいるって、かなり幅広い人脈だよな。俺はダニエルさんに魔法瓶の構造だけ伝えて作ってもらったんだけど、そのときはあくまで自分自身が温かいコーヒーをいつでも飲めるようにって意味でお願いしたんだよな。それが、こういう形で役に立てるなんて、本当に人生何が役に立つかわからんもんだ。
「これにコーヒーやお茶なんかをいれるとさ、長時間の間、温度を保ったまま飲み物を保存する事が出来るんだ。俺たちがいない間さ、これをコーヒーの代わりに販売してみたらどうかな?」
「なんじゃと?仮にもここは喫茶店じゃぞ。前の焼き鳥といい、どんどん店の趣旨から離れていっているが・・」
「でも、これがあれば、グラ爺の入れてくれたコーヒーを持ち歩いて飲む事も出来るよ。そりゃ、コーヒーは豆を引き立てで、入れた直後の方が美味しいに決まってるけどさ、こういうのがあるとお客さんも喜ぶんじゃない?」
「確かにお客さんにはうけるだろうが、しかし飲食店なのに、食事以外のものを売るなんて・・」
「そんなに戸惑う事もないと思うよ。喫茶店なら、コーヒーだけじゃなく、コーヒーを美味しく飲むための、色んな商品やサービスを売るのもありだと思うし。」
「それで、この魔法瓶をやるから、一週間休ませてほしいか・・ふふ、カシワよ。おまえ、いつの間にか言うようになったじゃないか。」
「そんなんじゃないよ。俺もミワ姉も本当にグラ爺には感謝してるって。でもさ、グラ爺、俺たちやっぱりミス研の連中と一緒に旅行、行ってみたいんだよ。帰ってきたら、またちゃんと仕事するからさ。頼むよ。」
「そうね、私も出来れば皆と一緒に旅行に行きたいわ。グラ爺、お願い。」
ミワ姉も俺の言葉に追随する。俺とミワ姉、二人の懇願を受けたグラ爺はため息をついた後、俺たちに向き直った。
「しょうがないやつらだな。今回だけだぞ。それと、帰ってきたら、みっちり仕事してもらうからな。」
おっし、成功だ。魔法瓶が説得の材料に使えるかどうかなんて、内心自分でもヒヤヒヤものだったんだけど、なんとか上手くいったみたい。まぁこれは作戦云々じゃなく、グラ爺が優しい人だから、俺たちの願いを聞き入れてくれたってことだろう。ま、なんにせよ、皆と一緒に旅行に行けるのは嬉しい。俺とミワ姉はこのことを皆に報告すべく、さっそくミス研の部室へと戻った。
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「これで、カシワとミワも参加可能ね。皆で一緒に旅行なんて楽しみ。最近変な事件とか多かったから、思いっきり羽休みしなくちゃね。」
ニーナが喜んで、部室のテーブルにパンフレットを広げる。皆が揃って覗き込むと、ヨーロ大陸の様々な観光スポットが掲載されていた。幻想的な鍾乳洞が楽しめる青の洞窟、何千年も昔に流れた溶岩が、長い年月をかけて作り出した赤の大地、塩分が普通よりも遥かに濃い濃度になっており、泳がなくても普通に立っているだけで、体を浮かすことができる黄色の海、一年中雪がやむ事の無い白銀の世界を楽しめる白の彫刻村。
この彫刻村には雪や氷で作成された様々なオブジェや、勇者、魔王、オーディーン、その他英雄達を象った氷の彫刻も作られているらしい。運が良ければオーロラを見る事もできるみたいだ。他にも観光スポットは様々用意されており、地方独特の郷土料理なんかも掲載されていて、どれも見てるだけでワクワクしてくる。
皆口々に行ってみたい場所や、食べたいものを列挙していく。ニーナが中心となって皆の意見を聞いた後、予算との兼ね合いから、実行可能なプランを立てる。と言っても、プランばかりじゃ、せっかくの旅行を満喫しきれなくなるので、各自が自由に行動できる時間もなるべく多く取り入れることにした。もちろんそれも、お金が許す限りってことだが・・
「さてと、だいたいこんなところかしらね。大学の事務局でも、この旅行の申し込み受け付けてくれるらしいから、ちょっと行ってくるわね。」
ニーナが所定の手続きをするために、事務局に向かう。パスポートみたいのもいるのかなと思ったが、こちらの世界では必要ないらしい。但し、入国時と出国時にその国の門番から、簡単な質疑応答はあるそうだ。”サイトシーイング”で通じてくれるかな・・それに旅行カバンなんかも買ってこなくちゃな。いや高いようなら、グラ爺に借りればいいか。俺たちはニーナが帰ってきた後も、しばらく旅行について話し合っていた。
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「無い・・どうして無いのよ?このままじゃ、タイタン様に村のもの全て略奪されてしまう・・」
ヨーロ大陸辺境の地にあるノルヴェ村で、一人の女性がしきりに探し物をしている。女性の名はリニア。この村では年に一度、村の領主として赴任してきているタイタンにこの村で採取された中で最も美しく高価な値がつく宝石を貢ぎ物として差し出す決まりになっている。ノルヴェ村は世界でも有数の宝石鉱山がある村で、一昔前は独立して、採取した宝石で村の経営を営んでいた。
しかし、この村に目をつけた地方の貴族ゴクアが、村に年に数回決まった量の貢ぎ物を差し出すように強要してきたのだ。当然村の者は反対し、貴族の要求を断ったのだが、それに腹をたてた貴族ゴクアはノルヴェ村に私兵団を送り込み、一気に村を占領した。逆らう者を反逆罪で牢獄に放り込み、何名かの女達を見せしめとして、皆の見ている前で辱め、村人達が所有していた宝石類を一切残さず略奪していった。
そしてゴクアの部下であるタイタンをこの村の領主として据え、名目上はこの村を守るものとして、村にある宝石鉱山の採取権など全てを奪い取っていったのである。
この村に赴任したタイタンもまた、同じく好きなように村の女を抱き、金品をかき集め、年に一度、この村で採取された中で一番価値のある宝石を貢ぐように強要した。この約束が果たせなかった場合、村のもの全てを自分の自由にさせてもらうとも公言していた。間違っても”村を守るもの”なんかじゃないことだけは確かだ。しかし、逆らえばまたゴクアの私兵団が攻め込んでくる。それにタイタン自身も3m近い身長と強靭な肉体をもっており、その怪力は村の家を数分で粉砕できるほど、強いものだった。魔法こそ使わないものの、タイタンに逆らえる力を持つものは、この村にはいない。村人達はどんな理不尽な要求をされても、言いなりになるしかなかった。村から逃げ出そうとする者もいてもおかしくなかったのだが、不思議と逃げる者はいなかった。但し、それは、この村の住人が村の外での生き方を知らなかったためだ。今まで先祖の代からずっと、この村に定住してきた彼らに取って、村の外の世界に飛び出る事は、貴族ゴクアや領主タイタンの言いなりになる以上に、不安と恐怖を抱く行為だった。
「リニア、やっぱり見つからない?ボクも手伝うよ。」
リニアの妹、ライラが心配そうにリニアに話しかけてくる。もし今回宝石をタイタンに献上する事が出来なければ、次はリニアかライラどちらかがタイタンの慰み者にされるかもしれない。そう思うと二人の姉妹は恐怖に怯え、それだけで嫌悪感を抱く。
「ライラ、あなたこの村を逃げなさい。」
リニアはライラに告げた。ララは首を横に振る。
「ダメだよ、そんなことしたら、姉様がどんな目に遭うか・・それにボクは外の世界の事全然知らない。逃げてもどうすればいいのか分かんないよ。」
リニアはライラをぎゅっと抱きしめる。
「聞いて、ライラ。私達がこのまま村に残っていても未来は無いわ。いつか私もあなたもタイタンやゴクア達の好きなようにされてしまう。ここに飛空挺のチケットがある。ゴクアたちがまだこの村に来る前、お父様がこの村の宝石を各国に売りに行ってたときに使ってたものよ。このチケットは旅行用じゃなくて商売用の特別なものだから、有効期限は普通のチケットよりも長い。今でもまだ使えるはずよ。これを持って、好きなところに行きなさい。そして、あなただけでも自由な生活を手に入れるのよ。仕事を見つけて、いつか素敵な人を探して、そして幸せになって。」
「やだよ、姉様を置いて、行くなんて出来るわけないじゃない。ボクもここに残る。そんなことより、早く宝石を探そうよ。」
だがリニアはライラの言葉を聞かなかった。嫌がるライラの手を引っ張り、家の扉の方へ連れて行く。
「今なら皆寝静まってるわ。村の入り口には巡回兵がいるから、茂みから奥にある井戸に入って。あの井戸は地下の下水道とつながっているの。あそこからなら、誰にも見つからず、村の外に出る事が出来ると思うわ。」
「だめだよ、姉様。ボクもここにいるって。」
リニアはライラの頬を叩く。ライラが驚いてリニアを見上げる。
「ふん、ライラ、正直言ってね、前からあなたのこと嫌いだったの。やたらなつくし、うざいったらないわね。いなくなってくれてせいせいするわ。タイタンに抱かれるのは嫌だけど、村の領主を手玉にとるチャンスかもね。さ、あなたがここにいても足手まといになるだけなんだから、早く行きなさい。」
リニアはライラの手に飛空挺のチケットを握らせ、家の外に放りだした。一人残ったリニアはつぶやく。
「お願い、ライラ、幸せになるのよ。私や村のことなんて忘れて、めいいっぱい楽しい人生を生きて。それが私の唯一の願い・・」
リニアは一人残って、タイタンに献上する予定の宝石を探し続ける。もし見つからなかったら、そのときはそのときだ。リニアはもう覚悟を決めていた。もうすぐ夜が明ける。だがこの村に本当の夜明けなんてこないだろう。それでもライラさえ幸せになってくれたなら。リニアは窓から村の様子を眺める。ライラの姿はもう見えない。これでいい。リニアはゆっくりとその場にしゃがみこんだ。




