エルフの村でほっと一息
目が覚めると、俺はハンモックで寝ていた事に気がついた。長老さんの家の中に備え付けられていた者だ。すぐ隣でリアも同じようにハンモックで寝ている。初めての体験だったが、思いの外眠りやすく、心地よい。昨日は遅くまで、宴に参加していたせいか、まだ少し頭がボォーッとする。とりあえず顔でも洗ってくるかと思い、俺は近くの小川まで出かけた。
「おはよう、よく眠れましたかね?」
横を見ると長老さんも同じように顔を洗っていた。
「ええ、おかげさまで。ハンモックで寝たのって初めてのことだったんで、いい経験になりました。」
「そうか、あれはなかなか、いいもんじゃろ?但し冬はちいっと寒いがの。ほっほっほ。おお、そうじゃ朝食の用意ができておるから、お連れのリアさんと一緒に食卓にお越し下され。」
長老さんは、ひとしきり顔を洗い終わった後、家へと戻って行った。俺も続いて長老さんの家に戻るとリアが長老さんの奥さんの手伝いをしていた。
「あ、カシワ、早いじゃない。もう起きてたのね。座って座って。今、コーヒー入れるね。」
食卓にはベーコンエッグとトーストが用意されていた。昨日、宴で腹一杯食べたはずなのだが、ここの料理はどれも旨い。いくらでも食う事ができそうだ。ちょっと太らないか心配。
「ありがとう、リア。悪いね一人で手伝わせちゃって。片付けは俺が手伝うからさ。」
俺とリア、長老さんとその奥さん。朝食は4人でとることになった。なんか一家団欒ってかんじでいいな、こういうの。
「それじゃ、いただきます。」
俺とリアが手を合わせると、長老さん夫妻が不思議そうな顔をする。ん?なんか変な事したっけ?あ、そっか。エルフの人たちには”いただきます”なんて風習はないのか。なんか独特の風習でもあるのかな。郷に入れば豪に従えだ。ここは長老さん夫妻の真似をする事にしよう。
「あ、すみません、エルフの方達には、食事の前に手を合わせるなんて習慣ないんですよね。よかったら、どんな作法があるのか教えて頂けますか?」
「いや、我々には食事前の作法なんて無いよ。出された物をそのまま食べるだけだ。ちょっと驚いたよ。それはなんかのまじないかね?」
あ、そうなんだ。まぁそれも一つの文化なんだろうな。
「いえ、まじないっていうわけじゃないんですが、なんて言うか食事にありつけることに対して感謝の意を表すっていうのと、食事を提供してくれた方に敬意を示すってことですかね。地方によっては独特の習慣なんかもあるらしいんですが、一種の挨拶ですよ。」
「ほう、なかなか素晴らしい習慣じゃないか。我々の森でも広めてみるとするか。・・なるほど、外の世界か。確かに学ぶ事は多そうじゃな。昨日カシワさんがおっしゃってたとおり、リリィやルドルフはもっと外の世界で学ばせた方がいいのかもしれんな。」
長老さん夫妻は互いに顔を見合わせた。そうだよな、そういう外の文化を学ぶってのも大事な事なんだよな。俺だって、そんなに各国のこととか知ってるわけじゃない。
きっと、自分の中で常識だと思ってる事が、外から見ればどうでもいいようなことだったり、その逆パターンとかもあるんだろう。よく聞くのは日本は細かい事に煩い人が多いけど、それは本当はどうでもいいことだったり、とかかな。普段はあんまり実感わかないけどね。
「そうですね、リリィとルドルフにとって一番幸せになれると思う道を、ゆっくりと考えてあげてください。それにしても、本当にここの料理はどれも美味しいですよね。なぁ、リア」
「本当よね。無農薬野菜とか使ってるからなのかな。卵だってとれたてで新鮮だし、それに周りに植えてあるハーブのいい香りが、余計に食欲をそそるのかも。」
俺たちが料理を褒め合うのを聞いて、長老さん夫妻も目を細める。
「それはそれは、気に入って頂けたようで、ありがとうございます。ささ、遠慮なさらず、好きなだけ食べてくだされ。」
本当に美味しい。喫茶満腹亭のメニューに加えてもいいくらいだ。お客さんも喜ぶだろう。
「あ、そうだ。ここのハーブティーとか、農作物や卵もっと育てて、市場とかに売ったら、けっこう売れるんじゃ無いですか?こんなに美味しいんだから、飲みたい人、食べたい人一杯いると思いますよ。」
俺は思いついたことを提案してみた。昨日開かれた宴で出された料理についてもそうだが、そもそも料理する前の材料の段階から、ひと味違うのだ。宴がある程度進んだときに、世間話をしていたエルフの方から、自分で育てているという農作物を少しもらったのだが、ネギはそのままでも噛み締めると甘さが口の中に広がり、トウモロコシも生でも美味しかった。きっと土のよさなども関係しているのだろう。
「ここの農作物を売るですか?それは考えつきもしませんでした。何しろ我々はもう何百年もの間、外の世界とは独立して生活しておりましたので。ごく稀に来客を迎えることぐらいはあっても、外の世界との交流などはほとんど無かったのですよ。」
長老さん夫妻は顔を見合わせる。完全鎖国状態だったわけか。まぁ外的から身を守るって観点からすれば、それはメリットのある方法かもしれないけど、実際そんな生活してたら、退屈にならないのかな?
「もったいないですよ、それって。だってこんなに美味しい食材が豊富にあるのに、それに空気もおいしいし。今はもう勇者と魔王の戦争も終わって、二人とも温泉旅館経営したり、教授やったりして落ち着いてるんですから。例えばここにヒーリングバーとか植物園作って観光客集めて、ここの美味しい食事提供すれば、皆喜ぶと思いますよ。エルフの方々にとっても、経済的にも潤いますし。まぁでも、多種族に荒らされたくないっていうなら、それはそれで尊重すべきだと思うから、どっちがいいか分からないですけどね。」
俺の言葉を聞いて、長老夫妻は相当驚いた様子で俺を見上げた。やばい、何か失礼な事言っちゃったかな?
「あなたは不思議なお方だ。今まで我々にそんな提案をした方はおりませんでした。もともとが外界の方々との交流を絶ってきたわけですから、無理も無いのですが、ここを訪れる方は皆我々の長寿の秘密を探ろうと、色々画策してきたり、我々を物珍しげに見る方ばかりでした。」
「え、でも、俺たちだって物珍しげに見てるって点では変わらないと思いますけど?」
俺やリアだって、エルフってこんな生活してたんだねとか、こういうの食べてたんだねとか話し合ってたし。
「確かにそうですが、あなたは常に我々の発展や可能性について考えてくださってるように見えます。リリィやルドルフのことについてもそうです。あの子達の将来を考え、そしてあの子達の自由を考えてくださっている。もしかしたら、本当にあなたは私達にとって第二の守り神様なのかもしれませんね。」
「いや、大げさすぎですって。全然そんな大した者じゃないです。さっきの話だって、ちょっと思いついたってだけですし。」
予想外の褒め言葉に、逆に面食らった俺は、つい慌ててしまった。いくらなんでも守り神はオーバー過ぎだろ。俺なんかせいぜいそこらの紙クズよりは役に立つかなって程度だ。照れて慌てた俺は、リアに助けを求めようと、リアの方を振り返った。
「違いますよ〜 カシワは私にとっての守り神なんですぅ」
リアさん!?あんた何を言ってるの?だが、リアはニコニコしながら、俺の腕を掴み、よりかかってきた。
「ほっほっほ。これはこれは。ごちそうさま。どうやら私達はお邪魔みたいですな。あっちに行ってましょうか?」
いや、ここあんたらの家でしょうが。俺はその後もエルフの長老夫妻とリアの三名に同時にからかわれながら、しばらくの間あたふたしつづけた。なんでこんな人里離れた場所でまで、からかわれるのかなぁ、俺って・・
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「もう、カシワとリアまだエルフの森に行ってるの?いつになったら帰ってくるのよ。大事な実験が中断しちゃってるじゃない。」
ランシアは一人で自宅の研究室に籠ってぼやいていた。今はリッチマンもおらず、実験室には他に誰もいない。ランシアは文献を読みあさり、カシワが適正を持つ混合魔法と無属性魔法について調べていた。しかし、両方とも極めてレアケースであるため、そもそもこれらの魔法について書かれた文献自体がそんなに存在しない。魔法大学の図書館中の本を調べても、これといってめぼしいものは見当たらなかった。
「はぁ〜全然ダメ。普通ならもっと理論体系を組み立ててから、実験に移れるんだけど、こうも資料が無いと、推測を積み重ねていくしかないのよね。」
ランシアはそれでも試行錯誤を続ける。カシワから実験中は鬼だの悪魔だの好き放題言われているが、ランシアだって、好きでカシワに痛い思いや苦しい思いをさせているわけではない。
まぁ、ほんの少しだけ、それが楽しいという部分もなきにしもあらずだが、本音ではカシワに対して悪い事をしているとは思っている。ただ、性格上、そんなことを口にする事は決してないだろうが。
しかし研究に真摯に向き合おうとすればする程、どうしてもカシワに様々な実験を依頼せざるを得ない。元々明確な理論体系に基づいての実験ではないため、失敗する事も多々ある。だからこそ、ランシアは実験に付き合わせているカシワへの謝罪とお礼の意味を含めて、カシワ自身にもなるべくメリットがでるような研究を続けるのだ。
「お嬢様、少しお休みになられてはいかがですかな?」
執事長がカモミールティーを入れて、部屋に入ってきた。執事長の入れる飲み物は茶からコーヒー、ワインにいたるまで全てが一級品だ。特にワインについてはソムリエの資格も持っているうえ、ワイン作りを営む経営者や農家に幅広いコネを持っている。その気になれば、国内だけでなく、好きな産地の好きな年代の銘柄を取り揃えることができるのだ。
「ありがとう、ダニエル。そうね、どうせカシワがいなければ研究は先に進めないんだもの。今はリッチマンもいないし、今日の研究はここまでにして、休ませてもらおうかしら。」
「ぜひそうなさいくださいませ。ランシア様は一度没頭すると二日も三日も寝ないで研究を続けられますからな。休養出来るときには、しっかり休んで頂かないと。」
「でも、確か寝ダメって効果がないって証明されちゃったのよね。まぁいいわ。それじゃヨガでもしようかしら。ダニエル、あなたもやる?」
「いえ、私はこの後も在庫管理をしなければなりませんので。それでは失礼します。カップは飲み終わったらそのままにしといていただければ結構ですので。」
「分かったわ。じゃあまた後でね。」
ランシアは手足をうんと思いっきりのばし、そのまま地面に横になる。カシワが来てからというもの、研究がどんどん面白くなってくる。それにリッチマンと一緒にいられる時間も結果的に長くなった。なんだかんだでいい調子だ。
「ふふふ、カシワって本当、不思議よね。そんなに強くはないのに思わぬ魔法を使えちゃうし。さぁ、今度はどんな実験を手伝ってもらおうかしら。」
ランシアの脳内では既に様々なシミュレーションが出来上がっている。もしカシワがランシアの脳内を覗き込むことが出来、正確に意味を把握する事が出来たなら、二度と実験に協力する気は起きないであろう。だがその心配は無い。そもそも仮に考えが分かったとして、それを理解出来るのはリッチマンやフィアー先生、魔王教授など、ごく限られた者であろうから。ランシアは起き上がり、ゆっくりと優雅にカモミールティーに口をつけた。




