宴の夜
なんだって?キューちゃんってエルフの森の守り神だったのか?まぁ、念話なんて稀な特殊能力もってんだし、そもそも人じゃない事は確かなんだし、正体不明だったけどさ。なんでそんな神様が旅館のビリヤードのキューになってるんだよ?
「あなた方がキューちゃんと呼ばれているあのお方は、元はエルフの森最古の大樹でした。それが意思を身につけ、魔力を身につけ、数千万年以上もの悠久の時をかけて神格化されたのです。我々エルフが住むこの迷いの森を作られたのも、あの方です。エルフは長寿ではありますが、代わりに子をなす機会が多種族に比べて圧倒的に少ない。それにエルフといえど、モンスターなどに襲われれば命を落とします。それ故一時は種族が絶滅する危機に瀕した事もあります。あのお方はそんな我々を守るために、外界と我々の住む世界を隔離し、この地に迷いの森という形で安全な場所を提供してくださったのです。」
「何故、今はその、なんていうか・・ビリヤードの道具になってるんですか?」
「ビリヤードというものが我々にはどういうものなのかは分かりませんが、あの方がそのお姿を変えられたのは、ある敵からその身を守るためと聞き及んでおります。」
「敵ですか?でもキューちゃん・・って呼んでもいいのかな?まぁ名付けを許すって言ったのキューちゃん自身だからよしとするか。それでキューちゃんって神様なんですよね。敵なんているんですか?」
「ええ、神どうしでも争いごとはあります故。ただ私どもにも、実はその先のことは分からないのです。ただ、同じく神である敵から、その身を守るために姿をカモフラージュされた。私が理解しているのはここまでです。お役に立てず申し訳ありませぬ。」
いや、まぁ急な話でビックリはしたけど、別にキューちゃんの正体を知ろうとか、そんなつもり最初から無かったしな。キューちゃんには色々助けられてるから、困ってる事があるなら協力してやりたい気持ちはあるけど、神どうしの争いなんていう物騒なものには関わりたくないし。っていうか、関わっても何にも出来ないと思うし。
「気にしないでください。正直、私達がそんな話を聞いたところで、何が出来るとも思えませんしね。そんなことより一つだけお願いしてもいいでしょうか?」
「なんでしょうか?我々に出来る事であれば、もちろん協力させてもらうつもりですが。」
「リリィとルドルフのことなんですがね、たまにでいいんです。エルフの森の外の世界に外出させてやってくれませんか?もし出来れば、普通に他の種族の方々と一緒の学校に通わせて、教育を受けさせる機会も与えてやってほしい。」
「・・・しかし、外の世界には危険がはらんでいる。彼らに万が一のことがあれば、我々の種族は次に新たなる子を成すまで、また何世紀もまたねばなりません。」
「確かに、外の世界には危険もある。でも楽しい事、そして学べることも一杯あります。こういったら失礼なんですが、多感な時期をこの森の中だけで過ごすのは可哀想ですよ。と言っても、子づくりの頻度が低いっていうエルフの方の問題も理解出来ます。だから無理強いはしません。でもどうかあの子たちの意見も含めて、ゆっくりと考えてもらえませんか?幸いエルフの方には時間はたくさんあるのですから。」
「・・分かりました。確かにこの森の中だけでは学ぶ事は限られてしまう。他の者とも話し合って、あの子達に取って一番いい道はなにか考えてみる事にいたしましょう。」
「ぜひそうしてください。すいません、なんか人様の家の事情に口出しするみたいな野暮なこと言ってしまって。」
「いえいえ。あなた方がリリィとルドルフのことを大切に思ってくださることがよく分かりました。ささ、話はこれくらいにして、どうぞこちらへ。」
俺とリアはエルフの長老に案内されて、エルフの森のさらに奥にある長老の家へと向かった。長老の家は外見は質素なログハウスに見えたが、中は思いのほか広く、木々やハーブ類のいい香りがした。これで外にテニスコートでもあれば軽井沢あたりにある少し値段が高めのペンションとしても通用するだろう。
「なんかいい香り。落ち着く感じがするね、カシワ。」
リアも嬉しそうだ。確かにこの家には住んでいる人をリラックスさせる効果があるらしい。俺とリアは長老宅のソファーでくつろいでいた。長老の奥さんがハーブティーを持ってきてくれる。この家の庭で採れたものらしく、奥さん自らの手作りだそうだ。
「ああ、なんか体全体が少しポカポカしてくるな、リア」
「ふんわりとした、いい気持ちになるね、カシワ」
ハーブティーを口の中に含むと最初わずかな苦みがはしる。その後今度はほのかな甘さが口の中一杯に広がってきた。喉に入れば体全体が暖まるような感じだ。俺たちはハーブティーを頂き、すっかりくつろいでいた。
「家内のハーブティーは気に入ってくれたましたか?こう見えても我が家の自慢の茶でしてな。我々の種族は滅多に外の世界の住人を迎える事はないのだが、ごく稀に訪れる客にこの茶を披露すると、皆一様にくつろいでくれるのですよ。さ、どうぞ遠慮なさらず。おかわりもいくらでもありますから、ごゆっくりしていってください。今夜はリリィとルドルフが無事に帰ってきてくれた事と、実に久しぶりの来客祝いを兼ねて、ささやかながら宴を開こうかと思っております。ぜひ参加して行ってください。」
長老は笑ってそうすすめてくれた。エルフの宴か・・なんか異国情緒あふれる感じで楽しみだ。でも変な食べ物とか出てこないか、ちょっと不安かも。しかし断る理由はない。
「ありがとうございます。楽しみにしてます。」
俺とリアは揃って長老に礼を言い、それからハーブティーのおかわりを注文した。美味しいお茶は何度飲んでも旨いもんだ。次第に眠くなってきたので、俺とリアは長老の家で部屋を借り、宴までの間、休む事にした。
目が覚めると、あたりはすっかり暗くなっていた。外に出てみると、キャンプファイアーの用意がされている。エルフって火を嫌がるもんだと思ってたけど、どうやら偏見だったらしい。村の広場の中央に用意された大きめの火をともすための舞台の周りには、簡素なテントが複数はってあり、エルフの村で作られたと思われる地酒や、七面鳥、ローストビーフ、ポテトグラタン、ラザニア、サラダ、焼きトウモロコシ、それに薬草を混ぜ煮込んだスープなどが用意されていた。食料の乗ったテーブルの隅にプレートをお椀、皿などがある。どうやらバイキング形式らしい。長老はささやかな宴って言ってたけど、十分すぎるほどのごちそうじゃないか。俺とリアがそれぞれ好きな料理を皿にとっていると、リリィとルドルフがやってきた。
「カシワお兄ちゃん、リア姉ちゃん、よく眠れた?もう、せっかくリリィが遊びに行ったら二人とも寝てるんだもん。あ、そのグラタンね、リリィが一から作ったんだよ。前にハンナさんの教会でリア姉ちゃんが教えてくれたんだ。」
リリィがグラタンを指差す。へぇそうなのか。すごいな、グラタンってけっこう手間がかかるのに。まぁ元の世界だったら、スーパーでホワイトソースと玉ねぎや肉を買ってきて、マカロニ入れて牛乳入れて煮込んだ後オーブンで焼くだけなんだけど、一から作るとなるとかなり大変だ。せっかくリリィが作ってくれたこのグラタンはちょっと多めに皿にとろう。
「ルドルフ君は何を作ったの?」
リアが尋ねるとルドルフは料理じゃなく、テントの方を指差す。
「僕はね、テントの組み立てのお手伝いしてたんだ。あそこから、こっちまでのテント僕が組み立て手伝ったんだよ。」
へぇ、こっちもすごいな。ルドルフくらいの小さい子供だったら、材料持ち上げるだけでも、かなりの重労働だろう。
「二人とも偉いね。じゃあ頑張ったご褒美にお兄ちゃんが少し手品見せてあげる。」
俺は二人の前に手を差し出す。
「えっ、カシワ手品なんかできたっけ?」
リアが驚いている。それが出来るんだな。ま、そこまで大したものじゃないけどね。
「実は以前にランシアの実験サポートさせられ、クタクタになってたときにさ、気分転換というかランシアの実験から現実逃避するために、アリシアさんとジェンキンスさんがやってるサーカス場の様子を見に行った事があるんだ。と言っても、実際にサーカス自体はまだ運営できるようなところまでは準備が進んでないんだけどね。でも、少しづつ人も増えて、道具も揃いつつあるようだったよ。俺が尋ねるとアリシアさんとジェンキンスさんは快く迎えてくれて、せっかくだからということで、いくつか手品教わってきたんだ。」
「ずるい、カシワ一人で行くなんて。私もアリシアさんとジェンキンスさんに会いたかったよ。」
「まぁまぁ、エルドォワ街にいるんだから、いつでも会えるじゃないか。それより見ててくれよ。言っておくけど魔法の類いは一切使わないからね。純粋に手品として披露するよ。」
俺は、リアやリリィ、ルドルフが見てる前でいくつかの簡単な手品を披露することにした。手始めにリアの右手にコインを握らせ、手を閉じさせる。リリィとルドルフに尋ねた。
「さぁコインはどっちの手に入ってるでしょう?」
「そんなの決まってるじゃん。こっちだよ。」
「うん、だって目の前で握るの見てたもん。」
リアが手をあけるとコインは手の中に入ってない。リリィとルドルフが驚き、そしてリアの左手の方を見る。リアは左手もあけたが、そっちにもコインは入ってない。
「ええ、うそー。だって目の前で握ってたよね。」
「うん、確かに見たはずなんだけど。」
俺はリリィに自分のポケットを調べるように言った。リリィのポケットからはコインが出てくる。仕掛けを知ってる人からすると、ごく簡単なマジックなのだが、リリィとルドルフは大いに驚いてくれた。ついでにリアまで驚いてくれる。
「すごいすごい、カシワいつの間にこんなこと出来るようになったのよ?魔法は使ってないのよね?」
「もちろん。だって魔法使ったら手品としちゃつまんないだろ。だから種も仕掛けもあるけど、魔法は使ってないよ。」
リリィとルドルフはコインをしげしげと見ている。やがて俺たちの様子に気づいた、他のエルフの人たちも集まりだした。ちょっ、ちょっと待って、そんな大勢の人たちの前で披露出来る手品なんかできないよ。さっきやったのが精一杯だって。他にもいくつかジェンキンスさんに教わったのあるけど、どれも似たり寄ったりのものだ。
「ほっほっほっ。楽しんで頂けてますかな。」
俺が周囲の人に他の手品をせがまれ、冷や汗をかきはじめた頃、長老さんがやってきた。助かった。ナイスタイミングだよ、長老さん。おれはこれ幸いにと周囲の注目を抜け出し、長老さんの元へと駆けよる。
「ええ、今日はこんな素晴らしい宴を開いてくださって、本当にありがとうございます。料理もおいしいし、空気も綺麗だし、言う事無いですよ。」
「それは何よりです。このあとエルフ族に伝わる民族舞踊があるのですが、どうぞご覧になっていってください。それでは、ごゆっくり。」
長老さんは俺たちに挨拶した後、奥さんと一緒に地酒を持って、キャンプファイアーの周りを歩いて行った。へぇエルフの民族舞踊か。それも楽しみだな。
「リリィも踊るんだよ。ルドルフもだよね。リリィ踊るのすっごく上手いんだから、きっとビックリするよ。」
「へぇ、それは楽しみだ。それじゃじっくりとお手並み拝見させてもらうよ。」
「うん。ルドルフ、そろそろ準備しようよ。」
リリィはルドルフの手を引っ張って、控え室と思われるテントの中に入っていった。リリィもルドルフも、もうすっかり聖者の集いの連中のことなんて忘れて元気になってくれたみたいだ。俺にはそれが一番嬉しい。
「なぁリア、もっと近くであの子たちの踊り見に行こうよ。」
「うん。きっと可愛いよね。」
俺とリアは、リリィとルドルフが頭まですっぽり覆った独特の衣装を身に着けて、踊っている様子を見ていた。俺はリアの手を握る。リアも俺の手を握り返してくる。俺たちは満天の星空のもとで、エルフの村で開かれた宴を、明け方近くなるまで楽しみ続けた。




