エルフの森
聖者の集いを退治してから1ヶ月。カルロスはオーディーンの日々の修行のおかげで、以前とは比べられない程、強くなっていた。オーディーンがまさか1ヶ月もこの街に滞在してくれるとは思ってなかったため思わぬ大収穫だ。
これはオーディーンから見ても同じ事で、最初は適当なところで切り上げ、次の街へ移ろうかと思ってた。しかし、カルロスは想像以上に飲み込みが早く、根性も合ったため、教えるのが楽しかったのだ。オーディーンくらいの強さになると、滅多に自分と対等以上に戦えるものとは出会えなくなる。その分仕事はしやすくなるのだが、戦士としては寂しい気持ちが出てくる。
やはり全力を尽くして、戦いだけに没頭する時間が欲しいのだ。ところが、ある程度強くなってからは全力どころか、自分の半分の力も見せずに、仕事が片付いてしまうことが多くなってしまった。依頼人や周囲からは賞賛されるのだが、オーディーン自身からすればそれは退屈になっていた。
だから、カルロスという弟子をかかえ、真剣に鍛えようと思ったのは、いずれ強くなったカルロスと自分自身が戦ってみたいからというのが本音だった。
「よし、そこまで。一息入れよう。」
オーディーンがカルロスに声をかける。今二人はエルドォワ街から少し離れたところにある、マウナ火山の頂上付近にいる。標高5000m以上あるこの火山では空気も薄く、常に熱気が漂っている。足場もあまり安定しているとは言えず、正式に舗装された道などはないため、歩くだけでも一苦労だ。
オーディーンとカルロスはここで稽古と体力トレーニングを続けている。火山の側面には崖になっている部分もあるのだが、ロッククライミングの要領で1日に数往復、その崖を上り下りしたりもする。
「ふぅ、やれやれだぜ。しかし、オーディーンさんよ、あんたどんだけ強いんだよ。俺が自分を鍛えれば鍛えるほど、さらにあんたが遠くなって行くように思えてくるぜ。」
「まぁそういうな。それは即ちおまえが相手の強さを、より正確に理解出来るようになってきているってことだ。つまりは、お前自身が強くなっているってことの証でもある。今のお前なら冒険者ギルドでも危険度中級レベルの依頼ぐらいなら一人でもこなせるだろうよ。」
へぇ、そんなもんか?前々実感わかねぇけどな。俺だってオーディーンを打ち負かしてやろうと、何度も試みてるんだが、稽古中でもオーディーンを地につけるどころか、汗一つかかせることすらできてねぇ。こんなくそ暑い火山で稽古してるってのに、一体どういう体してやがんだよ・・
「なぁひとつ聞いてもいいか?」
カルロスはオーディーンに前から気になっていたことを尋ねてみる事にした。
「なんだ?」
「あんたくらいの英雄ならさ、死の迫った危険みてぇのも何度も体験してんだろ?そういうときさ、一番重要なことってなんなんだ?」
瀕死の状況かでの生死を決める判断。それは単なる理ではなく運によることも多いだろうが、それでも生き残れる者と、倒れてしまうものとの違いはあるのだろう。とっさの判断力。あるいは生き残るための直感みたいなもの。カルロスは魔法大学卒業後は冒険者として生活して行こうかと考えている。安全性の高い依頼であれば、そんなこと考えなくても良いのだが、まとまった金を稼げる依頼であればどうしても危険性は増す。そんな依頼を受けて窮地に陥ったとき、オーディーンならどう対処するのかを聞いておきたかったのだ。
「カルロス、それは言葉で説明出来るようなものではない。何度も危険をくぐり抜け、過酷な試練をこなした者がその過程で身につける直感力と判断力。いわばとっさの閃きのようなものが重要になってくる。だからおまえの質問にこの場で答える事はできん。その代わり一つだけアドバイスしといてやろう。」
「ああ、頼む。」
「最初から死にたいと思ってるやつが、危険度の高い依頼をこなすなら、そいつが生き残れる可能性は低い。かといってただ保身にはしるだけでもやはりダメだろう。もっとも保身にはしるようなやつなら最初からリスキーな仕事は自分では引き受けんだろうがな。要は自分の命をその勝負に預ける覚悟と、かといって自分から死を選ぶような真似はしないこと、一見相反するようにもみえるこの二つを同時に抱ける者が、生き残っているように思える。少なくとも俺の周りではな。俺は難しい理論とかはわからんから、実体験で得たことしか話せんが、参考になるか?」
「正直今の段階じゃ、俺にはピンと来ねぇかな。言ってることはまぁわからなくもねぇんだけどさ。やっぱ実戦積むしかねぇようだな。」
「そうだな。お前ぐらいの若さなら、多少無茶してでも実戦経験を積み重ねろ。豊富な実戦経験ってのは、自然に判断力や直感力、あるいは洞察力を与えてくれるもんだ。年月をかけて、それらを積み重ねて行った者が本当の意味での安定した強さってのを得られるんだろうぜ。俺は理論家じゃねぇから偉そうな理屈は言えんがな。」
まぁそんなとこなんだろうな。カルロスは思う。別に戦士という職業だけじゃなく、他の職業でも同じ事だろう。実務経験を積み重ねて、時には失敗しながら成長して行く。但し、他の職業であれば失敗しても怒られることはあっても、それが死に直結するというような事はほとんど無いだろう。しかし、戦士・・というか冒険者であれば、失敗は時として最悪の事態を招いてしまう。
だからこそ、ギルドではリスクの高い案件に対しては高額の報酬を用意する。冒険者ギルドで確実な実績を残している連中ってのは、大小あるもののそれなりの修羅場をくぐっているはずなのだ。
「さてと、そろそろ休憩も終わりだな。もうひと稽古いけるか、カルロス。」
「あたりめぇだろ。今度こそあんたを打ち負かしてみせるぜ。」
カルロスとオーディーンの剣をぶつけあう音が、マウナ火山の頂上にこだまする。まるで一つのミュージックだ。カルロスの、より自分が強くなろうとして奏でるその音は、いつまでもマウナ火山の周囲に鳴り響いていた。
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「おいおいおい、ランシア、なぁランシアさんってば。本当にそんな見るからに毒々しい色の薬、飲むのかよ?」
カシワはランシアの家でランシア、リッチマンとともに実験をしている。正確にはランシアの実験サポートをさせられているのだが、これが本当にきつい。きつすぎる。ことの発端は喫茶満腹亭の修理をランシアに頼んだ事だった。ランシアはそのとき無料で満腹亭の修理をしてくれたのだが、今ならはっきり言える。”ただより高いものはこの世には無い”と。
「大丈夫よ、カシワ、カシワさん。多少の痛みはあっても人体に悪影響はないから。・・多分ね。」
ランシアはニッコリ笑って答える。ランシアの性格と今やっている事を知らない人が見れば、それは紛れもない天使の笑顔だ。だが俺は知っている。いざというときには頼りになるランシアだが、研究だけは別。特に俺を的にかけた場合の実験中における、ランシアの”大丈夫”という言葉程、この世に信頼出来ないものはないということを。
「待て、ランシア。多分って何だ、多分って。どんな物事もあらゆる側面から見て、常に最悪の事態を想定し、回避する方法を考える。これがおまえの持論のはずだろ?」
「あら、カシワよく覚えてるのね。でも忘れちゃったわ、そんな持論。もしかして、あなた私の事気になっちゃったりしてたのかしら?でも、だめよ〜。あなたにはリアがいるんだから。」
「ああ、すっげぇ気になるよ。言っとくが恋愛絡みの話じゃないぞ。おまえが俺に今度はどんな仕打ちをしかけてくるのか、めちゃくちゃ気になる。だいたい、本当に悪影響ないんだったら、その薬自分で飲めよ!」
「それが残念な事に、超美人で超優秀な私でも、混合魔法の適正は無いみたいなのよねぇ。私、無属性魔法も使えないみたいだし。と、いうことでめでたく両者の意見が一致したところで一気に飲んでみよう。」
「どこをどうみたら、意見が一致したって結論になるんだよ?やめろ、頼むからやめてくれって!
うぁぁぁぁぁぁ!!」
ランシアは影縛りの魔法で俺の体を固定する。ランシアのやつ、性格最悪だが、闇属性と、邪属性魔法だけは、リッチマンやフィアー先生をも凌ぐ正真正銘の天才だ。当然、俺なんかじゃ手も足もでない。俺はランシアの魔法に体を固定され、無理矢理、得体のしれない薬を飲まされた。
??なんだこれ、いや、苦いけど体は何ともないみたいだぞ。ほっと一息つこうとしたとき、俺は自分の甘さ加減を心から呪った。熱さと冷たさ、火で焼かれるような感覚と、凍死寸前になる感覚。この相反する感覚が急激に俺の体を襲う。俺は悶絶する事すらできず、地面にのたうち回る。
吐き気がする。いっそ意識を失いたい。だが、辛くて立つ事も出来ないのに目だけはしっかりと冴えている。例えるならインフルエンザで40度近い熱があるのに、体を横にすると激しい咳がでて、眠れない感覚だろうか。俺は言葉すら出せないのに意識だけははっきりしている状態で、あたりを転げ回った。ランシアのつぶやきが遠くに聞こえる。
「あ、ごめん、カシワ。失敗しちゃった。」
・・・こいつ、教祖ジャークよりも性格悪いんじゃないのか?もういい加減ランシアの研究サポート役やめようかな。いくら強くなれるってメリットがあるにしても、自分の命を失っては何の意味も無い。あの時、喫茶満腹亭でランシアに友達だからって理由で、無料で修理をお願いした過去の自分に言ってやりたい。よく考えて行動しろと。だが今更もう遅い。俺はこの日もランシアが満足しきるまで、研究サポートをさせられ続けた。
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「ねぇねぇ、リア姉ちゃん。カシワお兄ちゃん、遅いね〜。もうリリィお腹空いちゃったよ。」
「もうちょっと待ってみようよ、リリィ。きっとお兄ちゃんも忙しいんだよ。」
ハンナさんの教会で、リアとリリィ、ルドルフはカシワの帰りを待っていた。カシワとリアは聖者の集いを見事解散させた後、最初は役所と裁判所で必要最低限の証言と書類手続きだけ済ませて、リリィとルドルフをエルフの森に返そうと思っていた。
しかし、聖者の集いのこれまで犯していた罪が想像以上に幅広かったため、役所の手続きに思いの他時間がかかってしまったのだ。今日やっと、教祖ジャークに対する告訴を含む、聖者の集いに関する裁判関係やその他の手続きが終わり、リリィとルドルフをエルフの森に返す時が来た。カシワとリアが二人を責任もってエルフの森に届ける約束をしていたのだが、そのカシワは今、ランシアの家の研究室で、ランシアの実験を手伝っている。
「あ、お兄ちゃん来たみたいよ、どうしたの、カシワ。少しやせたんじゃない?」
リアが俺を見て尋ねる。長かった・・ランシアの実験が終わって、ここまで来るの長かった・・実験が終わった後、リッチマンに体力だけは回復してもらったのだが、気力の方がもう限界だった。だが、ランシアの実験のおかげで俺もいくつか新規の魔法を身につける事ができた。特に影属性で影の転移って魔法があるんだが、これは一度訪れた場所になら、どこにでも転移できる便利な魔法だ。だが日常生活にはあまり使わないようにしている。俺は普通に歩いたり、電車や馬車に乗って移動する時間が好きだったのだ。
「ただいま、リア。それにリリィちゃん、ルドルフ君。裁判の証言とか役所の手続き、よく頑張ったね。これでやっとパパとママのところに帰れるからね。」
リリィとルドルフが俺の腕をつかんでくる。何だ?あんまり嬉しくなさそうだな。
「どうしたの、リリィちゃん。ルドルフ君。お家に帰るの嫌なの?」
リアが二人に尋ねるが、二人は首を横に振る。
「うんうん、お家には帰りたいよ。でも帰ったら、リア姉ちゃんやカシワお兄ちゃんと会えなくなっちゃうんだよ。リリィ、そんなのやだよ。」
「僕もです。それに他のミス研の人達や、ハンナさんやリカル君ともせっかく友達になれたのに。」
・・こいつら、ガキのくせに泣かせる事言ってくれるじゃないか。俺もリリィやルドルフをもっと色々なところに遊びに連れてってやりたい。でも、リリィたちにとっては最初に教団に摑まってから、随分時間もたつはずだ。ちゃんと帰って両親を安心させてあげなくちゃ。
「お兄ちゃんも、リアお姉ちゃんも、それに他の人たちも皆、リリィちゃんやルドルフ君がどこに行っても友達だよ。さ、笑って笑って。そんな顔してたら、また皆を心配させちゃうよ。」
「うん、そうだね。えへへ。」
「はい、分かりました。」
二人ともすごくいい子だ。俺は二人の頭をなでてやると、俺はルドルフの手を、リアはリリィの手をつなぎ、最後にリリィとルドルフが手をつないだ。
エルフの森までは、最寄駅までペガサス列車で行った後、歩くには少し遠そうだったので、馬車をチャーターした。駅から半日くらい馬車に乗った後、エルフの森につく。ここは別名迷いの森とも呼ばれ、エルフ以外の者がここを訪れると何度も同じ場所を巡回することになる。だが、今はリリィとルドルフのおかげで、すんなりと中に入る事ができた。森の中は一つの村になっていった。
普段エルフ以外の種族とあまり話さないとは聞いていたのだが、俺たちの姿を見ると不審者でも見るような眼差しを向ける。だが、隣にいるリリィとルドルフの姿を見つけると、皆揃って俺たちの元に駆け寄ってきた。
「リリィ、ルドルフ、どこ行ってたんだ?今まで何してたんだよ?」
「外の世界に行っちゃダメだって言ったでしょ。怖い思い一杯したでしょ。」
「すぐ、長老と、パパとママ呼んでくるから、そこで待ってな。」
「あなたたち、どこから来たの?変わった服装ね。」
「サキュバスなんて初めてみたぞ。珍しい事もあるものじゃ。」
皆口々に俺らに向かって好き勝手なことを言い始める。一つ一つ言ってくれれば、理解できるのだが、こうも同時に言われると言葉が聞き取りづらい。皆にしばらくの間もみくちゃにされていると、長老と思われる、長い髭をはやし、マントをまとった老人と、二組の夫婦が姿を現した。おそらく、リリィとルドルフの両親だろう。長老が代表して俺たちに頭をさげる。
「カシワさんとリアさんですな。ようこそエルフの森においでくださいました。この度はリリィとルドルフを助けていただき、感謝の言葉もありません。何も無い退屈な村ですが、どうぞゆっくりしていってくだされ。」
え、なんでこの人俺たちの名前まで知ってるんだ?リリィとルドルフ助けてから、先に郵便でエルフの森の方々に二人の無事を伝えようとしたことがあったんだけど、あの時は確か、郵便屋さんに迷いの森には配達出来ませんって断られたんだよな。だから、この村への連絡手段とかは無かったし、今日初めてここを訪れたんだ。
「え?なんで俺たちのこと知ってるんですか?」
「おお、これは失礼しました。あなたたちのことは守り神様から聞いておりましたので。」
守り神ね。ま、エルフの森にいる神様ってことか。よく見てみると神秘的なところっぽいし、そんなのもいるのかもしれないな。俺もリアもよくは分からないが、とりあえず納得しておく。
「守り神さまですか。それはとても尊いお方なんですね。」
「ええ。ですが、あなたたちはその守り神様のご友人でもあられる。それだけでも、私達エルフからすれば、あなたたちを歓迎する理由としては十分なのですよ。それに加えてリリィとルドルフを助けてくださったとあれば、これはもうあなたたちも、私に取っては第二の守り神様のようなものです。」
え?俺らの友人に神様なんていたっけ?
「あの、すみません。誠に申し上げにくいのですが、私達にはその守り神様についての心当たりが無いのですが・・」
「何をおっしゃいます。いつも呼んでいるではありませんか。”キューちゃん”と。」




