やっぱり笑顔が一番
冒険者ギルドはなかなかの賑わいだった。思いのほか依頼案件が多くでてきているようだ。冒険者達にとってはありがたいが、それは即ちトラブルを抱えている人々が多いという事でもある。ただ依頼内容には薬草の採取やダンジョンの攻略だけではなく、迷子の猫探し、お婆ちゃんの介護、子供への剣や魔法の指導をしてくれる家庭教師の募集など、冒険者達としての仕事としては少し逸脱してるものも多いため、一概に治安が悪化しているからとも言えない。そんなギルド内にはニーナとカルロスに連れてこられたハマーンの姿があった。
「それでニーナ、お前さんの言ってた案件ってのはどいつだ?」
ハマーンはギルドの受付嬢から依頼案件表を見せてもらい、ニーナに尋ねる。ニーナは依頼表の中から、探偵依頼という項目を抽出し、聖者の集いの連中による依頼をハマーンに教えた。
探偵依頼・・我々はエルドォワ街に新規で起業を考えている者です。実は最近、我々の仲間が、王都の役人からあらぬ疑いをかけられ、無実の罪で投獄されてしまいました。投獄された者の名前はアムド。日々、人々のために貢献してきた善良な神官である彼が、無実の罪で投獄されてしまったことは、非常に遺憾であるとともに、このような疑いをかける原因を作った人物を、究明したいと考えております。ぜひともあなたのお力をお貸しください。依頼者名:タナカイチロウ
「なんだこりゃ?最近はギルドも幅広い案件を取り扱うというか、もはや依頼であれば何でもありってかんじになってきてんな。なぁニーナ、このアムドってのが例の問題児君なんだろ?」
ニーナは頷いて答える。
「ええ、そうよ。前に私達が捕らえた神官よ。私達の仲間がいぜん連中に捕まったときも、そいつのせいだったの。教団内でも有数の実力者みたいね。」
実力者ね。まぁどうでもいいことだがな。依頼内容を一瞥した後、ハマーンは受付嬢にこの依頼を引き受けるための手続きを頼み、書類に必要事項を記入していく。ついでに依頼者との依頼内容確認のための面談手続きを申し込む。書類を受け取った受付嬢がハマーンに尋ねる。
「承りました。面談はご希望であればギルド内にある応接室をご利用いただく事が可能です。それでは明後日の午後の時間帯で面談の申請をさせていただいて宜しいでしょうか?」
「ああ、それで頼む。一応確認なんだが、こういう面談の場合依頼者本人に来てくれるよう頼む事も出来るんだよな?代理人とかじゃなくてよ。」
「ええ、もちろん可能です。ただ、依頼者が多忙で国内にいない場合や、身体障害を抱えているなどの理由でギルドの方へ直接おいでいただくことが難しい場合は代理人参加という形になります。依頼者本人との面談をご希望でしたら、可能かどうかこちらから問い合わせてみましょうか?」
「サービスいいな。じゃあそれも頼むわ。宜しくな。依頼者から返事があったらここに連絡くれ。俺の泊まってる宿屋の住所だ。それとこいつら宛にも連絡して欲しいんだ。魔法大学の事務局宛に連絡してくれればいいからよ。」
「かしこまりました。ではそのように手続きいたします。」
ハマーンは受付手続きを済ませた後、ギルドを出る。
「それじゃ一旦解散だな。ニーナ、それにカルロス君だっけ?依頼者からの連絡があったらまた会おうぜ。」
「分かったわ、待ち合わせ場所はここのギルドの待合室でいいかしら?」
「ああ、それで構わねえよ。俺はそろそろ行くからよ。ニーナ、弟子入りの件、しっかり頼むぜ。じゃあな。」
ニーナとカルロスはハマーンを見送った後、すぐにミス研の部室に戻ろうかと思ったが、その前に一息いれるかと思い直し、カシワたちが務めている喫茶満腹亭に向かった。この時間はカシワもミワ姉も大学に行っており、今はグラ爺が一人で切り盛りしている。さっき、シーサイドレストランで食事をした二人だったが、カルロスにとっては分量が物足りなかったため、ここでも食事をとることにした。結局メニューを見た後、ニーナはミルフィーユクレープを、カルロスはナポリタンを注文する。
「しかし、ハマーンのやつ最初見たときは、気のいいおっさんかと思ったが、やっぱ修羅場くぐりぬけてきた商人ってのは違うもんだな。でもよ、あのおっさん自分の事、悪人とか言ってやがったが、決して悪いやつじゃねぇと思うぜ。なぁ、ニーナ」
「カルロス、私もそう思う。例え話で不幸な生い立ちの人が現れたら食い殺すなんて言ってたけど、あれって私が甘えた発言してたから、気を引き締めるために言った作り話よね。実際にそんな人が現れたら、なんだかんだ言って結局は助けるんじゃないかしら。本人は助けないなんて言ってたけどね。あの人の言ってた通り、言葉をただ鵜呑みにするんじゃなく、かといって頭から疑うんでもなく、ちゃんとその人の心を読むようにしないとね。」
「でもよかったじゃねぇか。卒業後の進路が思わぬ形で決まってよ。ハマーンくらいのレベルの大商人の弟子入りなら就職先としちゃ悪くねぇ話だ。得るところも一杯あるだろうしよ。頑張れよ。」
「ありがとう、カルロス。そうね、これは私に取ってチャンスかもしれないわね。彼の元で学べるだけ学んで、いずれは独立しようと思うわ。それに彼の元にいればコネだって、自然に増えると思う。商売人にとってコネはやっぱり大切だしね。」
話していると、グラ爺が二人の注文した料理を持ってきた。この時間帯は普段は客はほとんどこないため、グラ爺はいつもは店内の掃除をするか、カウンターで読書かうたた寝をしている。今もニーナとカルロス以外は客がいないため、暇だったのか、グラ爺もニーナ達に話しかけてきた。
「ほう、ニーナは就職先が決まったのか。おめでとう。それじゃお祝いにそのミルフィーユクレープ
は無料にしてやろう。」
「本当?ありがとう、グラ爺、大好き。だから女の子にもてるのよ。渋いもんね。」
「おだてすぎじゃ。それ以上褒めても他のメニューまではサービスせんぞ。」
「あれ、ばれちゃった?あはは。でもグラ爺が渋いって言ったのは本当よ。カルロスもそう思うでしょ?」
急に話を振られたカルロスだが、カルロスもグラ爺とこの店のことは気に入っている。だからニーナの言葉を否定するような気持ちもない。
「ああ、いけてるおっさんだと思うぜ。俺も年取ったらあんたみてぇになりてぇよ。このナポリタンも旨いしな。」
二人に褒められ、悪い気がしないグラ爺は、さっき他のメニューはサービスしないと言ったばかりなのに、結局コーヒーを無料で二人に差し入れた。ニーナとカルロスはそんなグラ爺を見て笑い合う。
グラ爺も二人に釣られて笑い出した。喫茶満喫亭には今日も明るい笑顔が満ちている。
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エルドォワ街の路地裏。怪しげな男達数人がタバコを吹かしながら、今日の売り上げについて数え直している。麻薬の売り上げ金。表立って活動はしていないが、客の引っ張り方はいくらでもある。以前にいたエルドォワ連合とかいうやつらを使えれば、もっと派手にさばくことも出来たのだが、残念ながら今はもうエルドォワ連合は壊滅している。だが一斉検挙のときに逮捕を免れた者も数名おり、バイヤーや運び屋としての仕事を与えられていた。金を数え終わった頃、ローブをまとった一人の男が近づいてきた。売り上げを数え終わった男達は、近づいてきた男に頭を下げ、今日の売り上げについて報告する。
「なんだ、これしかねぇのかよ。てめぇら、もっと気合いいれろ。こんなんじゃ教祖様の望む額には到底届かねぇじゃねぇか。」
ローブをまとった男は、その場にいた連中を殴りつける。男は聖者の集いの幹部の一人だった。教団のエルドォワ支部が無くなり、信者達から集めた寄付金も裁判所からの命令で返却する義務が生じたため、今はこの売上金が教団の貴重な資金源となっている。それがこんな小額では困るのだ。
「ふん。てめぇらのような世間じゃ使い物にならないクズを教祖様のご慈悲で雇ってやってるんだ。もっと誠意ってもんを見せてもらわねぇとな。それとつまらねぇチョロマカしなんかすんじゃねぇぞ。隠し事ってのはいずればれるんだからよ。」
「いいこと言うじゃねぇか。その通りだ。」
ローブをまとった男は、ふいに後ろから声をかけられたことに驚き、振り返る。武器商人ハマーンとその連れ。いずれも屈強そうな男達がいつの間にか背後に立っていた。まずい・・ローブをまとった男は急いでこの場を逃れるための呪文を唱えようとする。だが、その口は言葉を発する前に、ハマーンの仲間と思われる男に塞がれる。口を塞いできた男は、そのままみぞおちに一発ボディーブローをくらわせてきた。ローブをまとった男はその一発で意識を失いその場に倒れる。
様子を見ていた他の売上金を数えていた男達も、ハマーンとその連れの男達に殴り掛かる。だが、ハマーンもハマーンの連れの男達も、殴り掛かってきた男の攻撃を片手で受け止め、投げ飛ばしたり、カウンターで膝蹴りを喰らわせたりして、あっけなく迎撃する。残った最後の一人がナイフを懐から取り出して、ハマーンに斬り掛かってきた。ハマーンは羽織っていたジャケットを自分の右腕に巻き付け、ナイフで攻撃してくる男の腕を叩き落とす。ナイフを地面に落とした男は拾おうとするが、それより先にハマーンは地面に落ちたナイフを男の手の届かない方向に蹴り飛ばした。ナイフを拾う事をあきらめた男はハマーンに素手で殴り掛かってくる。ハマーンは殴り掛かってきた男の腕をつかみ、ひねり上げ、そのまま男の腕の骨を折った。男は痛みに悶絶し地面に転げ回る。
「連れて行け。こいつらの販売ルート、仕入れ先、輸送方法、全部吐き出させろ。」
ハマーンは連れの男達に命ずる。連れの男達はハマーンに一度頭をさげたあと、地面に転がっている男達を縛り上げ、表に待たせてあった馬車の荷台に乗せた。馬車はそのまま走り出し、闇の中へと消えていった。
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リッチマンとランシアは、聖者の集いの本部のある集落を偵察しに来ていた。姿隠しの魔法では、神官アムドのような実力者には通用しないため、少し離れた場所から、双眼鏡で覗き込み様子をうかがう事にした。幸いニーナは空が飛べるため、移動手段には困らなかった。今は集落から少し離れた峠の茶屋で団子を食べながら、集落の様子を見ている。
「なぁランシア、あれ見ろよ。オーディーンじゃないか?」
リッチマンは持っていた双眼鏡をランシアに渡す。ランシアも双眼鏡を覗き込む。何やらローブをまとった男達数名と話をしているオーディーンの姿が確認出来た。すると、一人だけあきらかに他のローブとは異なる、もっと華麗で厳かな雰囲気を持つローブを羽織った男がオーディーンの元に近づき、恭しく頭を下げる。ここからでは声までは聞こえないが、オーディーンは近づいてきた男と何か話した後、教団の宮殿へと入って行った。
「どうする、ランシア?ここからじゃ、これ以上様子を見るのは無理だろう。」
「ええ、そうね。今のところはこれで引き上げましょ。あまり深追いして万が一のことがあっても、まずいしね。」
リッチマンはランシアに摑まる。ランシアはそのまま魔法大学の方へと飛んで行った。キャンパスの側で着地した後、ミス研の部室に向かったランシアとリッチマンは、部室から図書館の方角へと歩いていたミワを見つけた。
「あら、ミワ。もう講義は終わったの?どうしたの、なんか涙でてるみたいだけど、花粉症?」
ミワがリッチマンとランシアに気づき、振り返る。
「そうなのよ。この時期は目がかゆくなっちゃって嫌になっちゃう。」
ミワはとっさに嘘をついた。自分がカシワとリアの関係に嫉妬して泣いたなんて、恥ずかしくて死んでも言えない。
「大変だな。花粉症にはヨーグルトが効くらしいよ。試してみなよ。」
男女のそういう感情にはとことん疎いリッチマンが、案の定ミワの涙の意味には全く気づかず、ミワの心配をする。ランシアの方は少し異変に気づいたようだが、口にはしなかった。
「ありがとう、今度試してみるわ。ところでランシア、あなたカシワにどんな実験したのよ。カシワいきなり、ビックリするほど強くなったっていうか、変な特技覚えちゃうんだもん。自分を気体に変えたり、無詠唱で魔法使ったり。ま、おかげでピンチを切り抜けられたんだけどね。」
ミワはさっき、リアとリリィ、ルドルフが聖者の集いの連中に襲われた事、カシワがそれを助けた事を説明する。
「へぇランシアの実験が人助けにつながるとはねぇ。人生何が役に立つかわからんもんだ。ただ、カシワを遊び道具に使ってたわけじゃなかったんだな。」
「・・・あのね、リッチマン、あなたなんか私のこと誤解してないかしら?私はいつだって相手のメリットも考えてるんだからね。」
「へいへい。そういうことにしとくよ。ちょっとトイレ行ってくる。先に部室行っててよ。」
リッチマンはそう言うと、ランシアとミワを残し歩いて行った。残されたランシアとミワは顔を見合わせる。
「ねぇミワ。話したくないんなら無理には聞かないけどさ。悩みがあるなら、あんまり一人で溜め込まない方がいいわよ。私だって愚痴を聞くぐらいできるんだからね。」
ランシアはミワにそう言って笑顔を向ける。ミワは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、こちらも笑顔になる。
「やっぱ、ランシアはお見通しか。リッチマンは全然気づいてないみたいだったけど。」
「彼は鈍感だから。ホント、たまに腹が立つことがあるわ。」
ミワの方もランシアのそんな発言から、ランシアのリッチマンに対する思いを読み取った。
「ねぇ、ランシア。たまには私達だけで、飲みにでも行きましょうか?」
「いいわね。じゃあ北区にあるバーにでも行きましょうか。いつも権兵衛じゃ飽きちゃうものね。」
ミワとランシアは二人だけで、飲みに行くことを決めた。ミワはさっきまでのもやもや感が嘘のように晴れたことに、スッキリしていた。




