ランシアの実験2
実験室は想像以上に様々な器具や薬品が備わっており、魔法大学の研究室顔負けの設備が整っていた。これが一個人の部屋とは恐れ入る。
「・・というわけで混合魔法を使うにはまず無詠唱で魔法を使ってもらう必要があるのよ。まずは試しに適当な当たり障りのない魔法でやってみてくれるかしら。」
当たり障りのないか・・といっても俺が使えるのって火、土、闇属性だけなんだよな。後絵画の才能もあるって言われたけど、魔法とは関係ないしな。じゃあいつもの土属性アースでやってみるか。
「ランシア、なんか土に変えてもいいものってあるか?」
「そこの瓶に入っている石なら、いくらでも使って構わないわよ。」
テーブルの上にはランシアが日頃の実験に使っていると思われる石の入った子瓶がある。中から2、3個取り出して、そのうちのひとつを手に握る。アースは手の中にある物体を土に変える魔法だ。俺は呪文を唱えずにアースを石にかけてみた。・・見事に何もおこらない。
「やっぱ、だめだな。無詠唱ってなんかコツでもあるのか?」
二人に尋ねると、リッチマンが返答を返してきた。
「俺なら少しできるから、見本見せてやろうか?アースでいいんだよな。」
同じく石を手に取り、何も唱えないまま、ぎゅっと握りしめる。見事!石は瞬く間に土に変わった。
「さすがだな、リッチマン。でも見てても今いち感覚が掴めなかった。何だろう、魔力量の違いとかじゃないよな?」
「無詠唱は魔力量とは関係ないよ。むしろ、省エネになるから、使いこなせれば少ない魔力量で多くの魔法を唱える事ができると思う。まぁ、石は大量にあるんだし、何度もやってみろよ。」
俺はリッチマンに言われた通り、無詠唱版アースを試みた。しかし、何度やっても上手くいかない。
「はぁ、だめだ。ちょっと休憩。要するに呪文を唱えないまま魔力を集める事が出来ればいいんだよな。」
「そうだな。指先だけに神経を集中する感じでやってみ。なんていうかこう、石じゃなくて、その一歩前の空間に向かって魔法かけるかんじかな。」
一歩手前の空間ね・・まぁ、満腹亭の修理をやってもらった手前、協力せざるを得ないからな。ランシアにもリッチマンにも、さんざん世話にもなってるし。恩返しのつもりでやってみるか。俺は石をもったまま指先に神経を集中する。石の前の空間をターゲットにして・・なんだ?指先が温かく・・いや熱い。強烈な熱さだ。見た目にはなんともないのに、ストーブを直に触って火傷したような感覚だろうか?あ、石が土になっていく。やった成功だ!え、ちょっと待って・・もう成功したんだって。石は土になった後もさらに変化をつづけ、次第に砂になり、液体になり、最後は気体となって消滅した。
「だめだったかぁ・・途中まで上手くいってたんだけどなぁ。まぁ、時間はあるんだし、根気を入れてチャレンジしてみるよ。」
だが、ランシアもリッチマンも気体となって消えた部分を見て、驚愕の表情を浮かべている。
「・・カシワ、すごいわ!あなたやっぱり特殊体質なのね。混合魔法を使えるのも、その体質によるものなのかしら。くふふふ。これは研究のしがいがあるというものだわ。」
ランシアよ、何故そこでよだれをたらす?美人が台無しだぞ。横を見てみるとリッチマンが何やら文献をあさっている。
「あった、これだ今カシワが使った魔法。でもこれ土属性じゃないぞ。カシワ、おまえ本当に火、土、闇属性しか使えないのか?」
「ああ、多分そうだと思う。今までそれ以外使った事ないし。」
「多分・・ね。お前が今使った魔法さ、魔法大学の学科科目にも乗ってないやつなんだよ。大学では月、火、水、木、金、土、日、雷、光、闇、聖、邪の属性の授業科目があるよな。」
ああ、その通りだ。っていうか魔法の属性ってそれで全てじゃないのか?まぁ他に変わったもので召還魔法なんてのもあるらしいが、かなりマイナーな魔法だ。もしかして召還魔法なのか?でも、なにも召還してないぞ。
「もしかして召還魔法とかか?」
「いや、無属性魔法だ。その名の通り何にも属さない魔法さ。物質が原子から成り立ってるのは知ってるよな?さらに言えば、原子は素粒子から成り立ってるわけだが。無属性魔法はその原子や素粒子をも操ることができるらしい。お前が今使った魔法な。あれ、土属性アースなんかじゃない。無属性魔法ファンデルワールスだ。おまえが混合魔法を使える理由ってのも、この無属性魔法に関係してるんだろうな。召還魔法以上にマイナーな魔法だ。おそらく大学内にもほとんど使える人はいないんじゃないか。いや、魔法大学だけじゃない。国中の冒険者ギルド探しても、おそらく使えるやつは数人もいないだろう。俺も正直、無属性魔法は1回しか使った事が無い。使った瞬間に魔力の全てが持ってかれるような気がして、二度と使うのはやめようと思ったんだ。」
無属性魔法・・魔法大学の講義でも聞いた事の無い魔法だ。フィアー先生なら、なにか知ってるかもしれないな。今度講義のときに聞いてみるか。しかし、リッチマンが魔力全て持ってかれるって、そんなにきつかったっけ?確かに指先は熱くなってたが、魔力はそんなに使用したとは思えない。
「カシワは今相当魔力使い切っちゃったってかんじなの?せっかくの実験が台無しじゃない。」
ランシアがふてくされる。少しは実験の事より、俺自身の心配もしろっての。ま、今回は日頃の感謝も込めて全面的に協力するつもりだから別にいいんだけどね。
「それがさ、そんなに魔力消費してないみたいなんだ。さっきのでよければ、多分何回でも使えるんじゃないかな。だから、問題ないよ。二人には世話になってるんだし、何でも言ってくれ。」
俺の言葉に二人は再度驚く。後で知ったんだが、無属性魔法って本当は相当膨大な魔力を消費するものだったらしい。
「カシワ、あなた無属性魔法使って、魔力ほとんど消費してないっていうの?しかも、あなた無詠唱で無属性魔法使えたのよね。これはもしかしたら、とんでもない貴重な実験材料が手に入ったかもしれないわ。何でも言ってくれなんて嬉しい事言ってくれるし、今日は寝れると思わないでよ。」
あ、しまった。また、うかつな一言を・・口は災いの元ってさっき反省したばかりなのに、何をやってるんだ俺は。
「いや、今のは無し。取り消し。ほどほどに宜しく頼む。」
「ひどいわ。私たち”友達”でしょ。何でも協力してくれるって言ったじゃない。」
「だから”何でも”とは言ってないって。ちょっと待て、ランシア。なんだその器具は?何に使う?やめろ、おい、リッチマン、見てないで止めろ。」
「・・カシワ、諦めなよ。ランシアに迂闊な発言して隙を見せるなんて、勇者と魔王相手に一人で喧嘩売りにいくようなもんだ。」
「ちょっと、リッチマン、ひどくない?さ、大丈夫よ、カシワ。痛いのはちょっとだけだからね。我慢しましょうね。」
嫌だああああああ。俺は絶叫むなしく、ランシアの餌食・・・いや、実験サポートをさせられることになった。なにがちょっとだけだ。聖者の集いの連中に捕まって殴られたときの方が、まだずっとましだったぞ。例えるなら親知らずを麻酔無しで抜かれるような痛みを、歯だけじゃなく全身で味わうかんじだろうか。俺はランシアに何に使うか全く検討もつかない器具で全身のあらゆるところをいいようにされ、怪しげな動きをさせられ、ランシア曰く”何の問題も無い”薬を飲み、心臓が張り裂けるような思いをし、その後も1時間以上ランシアのおもちゃ(実験サポート)をさせられ続けた。
実験が終わった後、俺はその場に倒れ込む。リッチマンが水を差し出してくれた。一息に飲むとさっきまでの痛みと苦しみから解放される。気がつくと大量の汗をかいていた。
「お疲れ様、カシワ。やっぱり持つべき者は友よねぇ。明日からも協力してくれるなんて、感激だわ。」
「言ってない、言ってない。今日で終わり。明日は無い。絶対もうやらんぞ、俺は。自分の命の大切さが今身にしみて分かったからな。」
「あらあら、もうギブアップなんて可愛い。そういうのってお姉さんとしては虐めたくなっちゃうのよね。」
「誰がお姉さんだ。俺が手伝うのは今日で終わり。雨天決行。延長戦一切無し。コールドゲームだろうがなんだろうが構わない。もう終わらせてくれ。おい、リッチマン、おまえも何か言えって。」
だが俺の願いもむなしく、さらなる研究助手をさせられることになりそうだ。実験記録をつけていたリッチマンですら、俺を同情していたが、ランシアの研究意欲はなんら損なわれる事は無い。
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ランシアの実験サポート(拷問)が終わり、ミス研の部室に戻る。やっと今日の活動開始か。もうすでに数日分の仕事を終えたような感覚が残っている。
「なぁランシア、お前もう少し手加減ってものをだな・・」
「あら、何言ってるのよ?手加減なら十分してあげたじゃない。あ、もしかして手加減なんかしなくていいから、存分に実験の手伝いさせてくれってこと?さっすがカシワね。」
「違ぇよ!言っておくが、俺には自殺願望は無い。満腹亭の修理してもらった分の恩返しなら、あれで十分お釣りがくるんじゃないのか?そりゃお前にはいつも助けられてるし、協力してやりたいとも思うが、あんな辛い目に遭うとは想定してなかったんだよ。」
「ふふ。ねぇカシワ。辛い目っていうけど、さっきの実験、実はあなたにもメリットがあることだったのよ?試しにもう一度、土のアースでも無のファンデルワールスでも何でもいいから、無詠唱で唱えて見なさいよ。そこのお菓子の袋にでも試して見なさいな。」
どういうことだ?さっきの実験で何か俺の力に変化でも生じたって言うのか?ランシアの言う通り、手元に転がっていたクッキーの空き袋にアースをかけてみようと袋に手を伸ばす。?なんだ?俺はまだ魔法を唱えるどころか、袋をつかんでもいない。なのにもう、袋が土になってしまった。魔力も全然消費してないように思える。
「どう、驚いたかしら?土のアースや他の魔法もそうなんだけど、魔力を昇華させるとね、対象物を直に触らなくても、効果を発揮させる事が出来るようになるの。しかもあなた今、呪文なんて唱えてなかったわよね?普通に無詠唱できるようになったじゃない。」
そうなのか?俺はもう少し試してみようと思い、他の食べ終わった菓子袋にも土属性アースや無属性ファンデルワールスとやらをかけてみた。どれもすんなり成功し、土になったり、砂から液体に、液体から気体になったりする。魔力消費もほとんどない。今までこんなに簡単に魔法を使った事などない俺は思わぬ効果に戸惑っていた。
「どう、驚いたかしら?さっきの実験だけで、あなた魔力の質も、魔法の効力も格段にアップしたのよ。実験を繰り返せば、いずれ混合魔法だって一人で自由に使えるようになると思う。悪い話じゃないでしょ?」
う・・確かに悪い話ではない。修行の一環だと思えば、確かにメリットもある。ランシアには満腹亭の修理以外にも色々な恩があるから、ランシアが望むなら実験の手伝いをしてやってもいいとも思う。しかし・・
「でも、お高い(お痛い)んでしょ?」
ランシアはそんな俺の問いにニッコリと笑顔を返した。ランシアの性格さえ吟味しなければ、見る者を魅了する、とても素敵な笑顔だ。
「男の子でしょ?多少の痛みくらい我慢しなさいよ。強くなれば、それだけリアも守りやすくなるわよ?この前聖者の集いの連中に捕まったときも、要はあなたが強かったら最初からリアもあなた自身も守れたわけでしょ?」
確かに、それを言われると弱い。痛みについてはけっして”多少の”という言葉に当てはまるものではないが。でも、俺が一人で神官アムドを何とか対処できてれば、そもそもリアを危険な目に遭わさずにすんだのは間違いない。どちらにしてももっと強くなる必要はあるんだよな。
「・・仕方ない。今後も協力するよ。確かにリアを守るために強くなる必要はあるしな。お前には借りも一杯あるし。でもいいか、くれぐれも、程々にだぞ。程々にな。」
「わかってるってば。あ、そうだ部室にもちょっと薬品持ってきたんだけど、ちょっと配合して・・」
俺はランシアが最後まで言葉を言い切る前に、逃げ出す事にした。今日の分はもう終わりっていってたじゃないか。




