ランシアの実験1
「遊覧船、とっても面白かったね。ねぇねぇ次はどこいく?」
リリィとルドルフは初めての遊覧船旅行に大いに感激したようで、船を降りた後もずっと騒ぎ続けている。だが、そろそろ喫茶満腹亭の仕事にいかなければいけない時間だ。
「ごめんね。リリィちゃん、ルドルフ君。お兄ちゃん、そろそろお仕事いかなきゃならないんだ。遊びたかったら、またいつでも遊んであげるから、今日はこれで勘弁してくれるかな。」
「えーっ、やだ、つまんなーい、リリィもっと遊びたいよー ルドルフもだよねー」
「リリィ、お兄ちゃん仕事なんだから仕方ないって。ほら、離してあげなよ。」
俺の服の裾を掴んで離そうとしないリリィをルドルフが嗜める。同じくらいの年に見えるが、ルドルフ君の方が少し年上なのかもしれない。でもエルフの年齢なんて、見た目じゃ分からないからな。下手すりゃ二人とも俺より年上って可能性だってある。多種族に比べて圧倒的に寿命が長いんだから、幼少期も長くても不思議はないしな。
「ほらほら、お兄ちゃん困ってるでしょ。私はもう少し講義まで時間あるから、一緒に遊んであげる。」
リアも助け舟を出してくれた。リリィとルドルフはリアに任せとけば問題ないだろう。聖者の集いの連中もエルドォワ支部にいたやつらは全員逮捕されたしな。もっとも本部のある集落のメンバーはまだ残っているので油断はできないが、さすがに昨日の今日で騒ぎは起こさないだろう。
「悪いな、リア。二人の事頼んでもいいか?」
「うん、任せて。お仕事頑張ってね、カシワ。えへへ、なんかこうしてると夫婦になったみたい。」
リアが嬉しそうに顔を赤らめ照れている。なんだかこっちまで照れてくるじゃないか。
「う、うん。まぁ、行ってくるよ。じゃ、後宜しく。」
「いってらっしゃい。あ・な・た」
リアのやつ、悪ノリしすぎだって。こっち見てる人がいるじゃないか。恥ずかしいっての。
「お兄ちゃん、またねー」
「今日はありがとうございました。」
リアとルドルフも挨拶をしてきたので、俺も二人と最後に握手して、別れをつげた。喫茶満腹亭に戻ると、グラ爺が一人で、食材の仕込みをしていた。なんだ、ミワ姉はまだ来てないのか。そういえばまだ、窓とか割れたままだな。後でリッチマンかランシア呼んで直してもらわなきゃな。やっぱ持つべき者は(便利な力持った)友だよなぁ。しみじみしているとグラ爺から声がかかる。
「おお、カシワか。おかえり。早速だがこいつを試食して見てくれるか?」
グラ爺がふたのついた皿を渡してくる。空けてみると中に焼き鳥が入っていた。そういえば、満喫亭でも焼き鳥だしてみようかって話してたんだっけ。色々あってすっかり忘れてたよ・・
試しに一口食べてみる。何だこれ?口に入れた瞬間、焼き鳥の香ばしさと旨さが口の中一杯に広がる。噛み締めるごとに肉汁が溢れ出す。かといってしつこく後を引くわけでもなく、喉に入ればすっきりと旨味が体の中に染み渡ってくる。旨すぎるぞ、これ。元居た世界で、炭火を使って焼いた焼き鳥でもここまでの味にはなってなかったと思う。さすがグラ爺だ。ただの焼き鳥をここまで旨く作れるとは、つくづく料理に関しては天才だと思う。
「すごいよ、グラ爺。これなら間違いなくヒットすると思う。お客さん大喜びだよ。」
グラ爺も俺の褒め言葉に満足したようで、さらに焼き鳥の研究に磨きがかかる。火加減の調節、一口の大きさ、串のサイズ、調味料、全てをあらゆる角度から丹念に吟味したうえで最高の料理を仕上げる。グラ爺のいつもの得意技だ。対象が焼き鳥であってもその姿勢が変わる事は無い。
「ただいま、グラ爺。あら、カシワももう来てたのね。早いわね。」
焼き鳥を食べているうちにミワ姉が戻ってきた。グラ爺はミワ姉の分の焼き鳥も用意し、試食させる。
「なにこれ、美味しい!権兵衛で出された焼き鳥や、文化祭でミス研が作った焼き鳥とはまた違った味なのね。なんていうか、ジューシーで香ばしくて、しかも後味を引かない。うん。これならいけると思うわよ。」
ミワ姉も絶賛のようだ。瞬く間に提供された焼き鳥を平らげてしまった。
「しかし、ここは元々は喫茶店だぞ。ちょっと奇をてらいすぎてないか?どう料理しても、焼き鳥はコーヒーには合わんだろうし・・どうしたものかな。」
グラ爺が心配する。まぁ確かにグラ爺がいくら料理うまいっていっても、コーヒーに焼き鳥は合わんわな。ん?待てよ。何も焼き鳥の形にこだわる必要はないんじゃないか?コーヒーに合うもの・・パン。パンに合うもの・・チキンステーキとかか?そうだ、この焼き鳥の味を保ったまま、チキンステーキないしは、それに近いパンにもコーヒーにも合うようなものを作ればいいんじゃないのか?グラ爺の作ってくれた焼き鳥は味は間違いなくうまい。この味をただ、コーヒーに合わないって理由でメニューに加えないのは、もったいなさすぎる。俺はグラ爺に提案してみる事にした。
「なぁ、グラ爺。この焼き鳥さ、味はそのままで、形を変えてみたらどうかな?チキンステーキにするとか、あとはパンに挟めるような形にしてもいいかもしれない。パンに合うなら、コーヒーにも合うだろ?」
「あ、カシワ、それいいアイディア!私もそれいいと思うわ。グラ爺、どう?やってみましょうよ。」
ミワ姉も賛同してくれる。グラ爺も前向きなようだ。
「ほう、この焼き鳥を、味はそのままにして、パンに合うようにか・・チャレンジしてみる価値はあるかもしれんな。どれ、ちょっと研究してみるとするか。」
グラ爺は厨房に向かう。グラ爺ならいい料理を考えついてくれることだろう。俺とミワ姉はグラ爺に料理研究に専念してもらえるよう、他の料理の下準備や店内の清掃などを済ませていく。それが終わるとミワ姉は材料の買い足しのため、市場に買い物に出かけていった。すぐに戻るだろうから、もうすぐ開店時刻だが、客が来ても、よっぽどの団体さんでもないかぎり別に大丈夫だろう。準備を終えて、店を開けると程なくして今日一人目の客がやってきた。
「いらっしゃいませ。」
俺は挨拶し、客を席に案内しようとして顔を見た瞬間、一瞬動きが止まった。
「ランシア、どうしたんだよ。こんなとこきて。まさか、また聖者の集いが何か問題を起こしたのか?」
「あのね・・ここは喫茶店でしょ?私は普通に客としてきただけよ。全く・・それでメニューみせてくれるかしら?」
「ああ、客ね。はいはい。ランシアが何も企まずに過ごしている姿って、なんか新鮮だ。今日は素敵な一日になりそうだ。」
「ちょっと、どういう意味よ?言っとくけど、この前あなたたちが捕まったときも、助ける方法考えてあげたの私なんだからね?お礼を言われるならまだしも、嫌みを言われるとは思わなかったわ。」
「嫌みなんて言わないって。感謝してるよ。いや、まじで。ほら、これがうちのメニューだ。そうだ、感謝の意を込めてコーヒーくらいなら奢ってやろうか?」
「あなたの命ってコーヒー一杯分だったのね。ずいぶんお高い命ですこと。もういいから、さっさと渡しなさいよ。」
俺たちは軽口をたたきあいながら、ランシアにメニューを渡した。ランシアはうちの店にくるのは久しぶりだったようで、しばらく見ない間に追加されたメニューなどを眺めている。
「あ、そうだ、ランシア。俺たち友達だよね?だからさ、この店の修理(無料で)手伝ってもらいたいんだけどいいかな?」
ランシアはじと目で俺を一睨みした後、大げさにため息をついて、答えを返してくる。
「カシワ、あなた私に何か恨みでもあるわけ?何が悲しくて、久しぶりに来店した店の修理なんかしなくちゃいけないのよ。せっかくのくつろぎの一時が台無しだわ。」
「恨みなんてあるわけないじゃん。俺はランシアのことをすごく、すごーく大切な友人だと思ってるって。だからさ、ちょちょいっと得意の魔法でこの店の修理してくれないかな?なんかひとつくらいなら後でランシアの頼み聞くからさぁ。」
「・・・そうね。友達だものね。困ったときは助け合わなきゃね。ふふふふ。いいわよ。修理してあげる。ふふふふ・・」
やばい・・ランシアが何か企んでるときの目だ。ランシアの頼みを聞くなんて、ちょっと軽卒だっただろうか?だが、考えたときには遅かった。俺がやっぱり断ろうとする前に、ランシアは電光石火の速さで店の修理作業を完璧に終えてしまった。品質も納期も半端じゃねぇ仕事っぷりだ。
「さ、終わったわよ、カシワ。じゃあ、このフレンチトーストセットいただけるかしら?それと、さっきの約束忘れてないわよね。私達友達だもんね。助け合わなきゃね。後でちょーっと実験の手伝いをお願いしたいんだけど、もちろん協力してくれるわよね?」
うっ・・もう断る権利はない。俺は今日を無事で乗り切る事が出来るのだろうか?
「いや、それがお腹の調子が・・」
「さぁてと、これで研究もはかどるわぁ。大丈夫よ、カシワ。ちょっと痛かったり、苦しかったりするかもしれないけど、これも学問の追究のためよ。尊い犠牲になれるって思えば、悪くない気分でしょ?」
・・悪い気分しかしない。口は災いの元、実に学ぶべき言葉だ。今更学んでも遅いが。俺はついさっき自分の口から出た言葉を、心の底から後悔しているとミワ姉が買い物かごをさげて帰ってきた。
「ただいま。あら、ランシア。来てたの?珍しいわね。どうぞゆっくりしていってね。ん?どうしたのカシワ、具合でも悪いの?顔が青いわよ。」
「いや、なんでもないよ。さ、仕事仕事。今日も頑張らなくちゃな。」
それから俺はランシアを出来るだけ避けるように務めながら、給仕に集中するようにした。ランシアはそんな俺を実に楽しそうに、獲物を見つけたときの猫のような目で眺めていたが、しばらくするとそんな行動も飽きたのか、フレンチトーストを食べ、しばらくコーヒーを飲みながらくつろいだ後、うたた寝をはじめた。ランシアは元々魔法大学内でも五指に入る程の美人だ。眠っているランシアはすごく可愛いんだよなぁ。こうしていると天使に見えるのに、なんで起きると悪魔になるかな?ミワ姉がそんなランシアに毛布をかけてあげる。
「さ、カシワ。ぼぉーっとしてないで、仕事仕事。あの文化祭とエルドォワ祭以来、お客さんいっぱい来てるんだから、今日も忙しくなるわよ。」
俺とミワ姉は立て続けに入ってくる客の応対をひとつずつ確実にこなし、なんとか仕事を一通り終え、魔法大学へと向かった。
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講義も無事終え、ミス研の部室に行こうとした俺をランシアとリッチマンが呼び止める。
「カシワ、お前、ランシアの頼みを何でも聞くって約束したんだって?見かけによらず度胸あるよなぁ。無謀・・いや、見直したよ。」
リッチマンよ。俺は断じて”何でも”聞くとは言ってない。だが、もう遅いだろう。一旦ランシアに隙を見せてしまった者は、すべからく彼女の生け贄となるしかない。
「さ、カシワ行くわよ。部室なんて後々。特別にあなたを私の家に招待してあげるわ。研究室があるのよ。嬉しくて涙がでるでしょ?」
「今後の事を思うと悲しくて涙が出るよ。もう覚悟はできてる。好きなようにやってくれ。」
「さすが、カシワね。じゃあ私の家のある浮遊島まで飛んでいくから、しばらく捕まってなさい。」
ランシアは俺とリッチマンを連れて、浮遊島へと飛び出した。俺もリッチマンも比較的小柄な方だとは思うが、それでも男二人を連れて、飛んでいけるんだから頭だけじゃなくて、けっこう力もあるんだな。それに空の旅を満喫出来る機会なんてそうはないだろう。元の世界にいたときに飛行機に乗ったことは何度かあったが、こうやって直に空中を飛ぶなんてのは初めての経験だ。はじめは少し怖かったがだんだん気持ちよくなってきた。いや、こんな言い方をすると別の想像をしてしまうからやめておこう。俺がくだらないことを考えているうちに、どうやら浮遊島にたどり着いたようだ。さて、ランシアの家はどれなんだろう?
「なぁ、ランシア。お前の家って、どこら辺にあるんだ?」
「何言ってるのよ。目の前にあるじゃない。いらっしゃい。ようこそ、我が家に。歓迎するわよ。」
え?これがランシアの家なのか?なんだこのサイズは。この大きな洋館全てがランシアの家なのかよ。飯田橋でこの家買ったらいくらになるんだ?ローンを組んでも俺の代だけじゃ返せないだろう。子供、いや孫の代まで行っても無理な気がする。言動からじゃ全然気づかなかったけど、お嬢様だったんだな。
「おかえりなさいませ。おや、今日は二人もご友人をお連れですか。案内はいつもの部屋で宜しいですかな。」
館内に入ると、執事が出迎えてくれた。後で聞いた話だが、ランシアの家には執事長と執事、メイドの3人もの使用人がいるらしい。いやはや大した者だ。美人で頭よくて金持ちか。性格さえよければ、相当もてるだろう。いや、実にもったいない。
「カシワ、何か言ったかしら?」
なんで声に出してないのに聞こえるんだよ。まさかキューちゃんの念話じゃないだろうな。
「いや、なんでもないよ。圧倒されてただけだ。」
うう・・神様、どうか今日一日を無事で乗り切れますように。俺は聖者の集いの連中に捕まったときよりも緊張して、ランシアの実験室へと足を踏み入れた。




