一難去ってまた一難
事を終えて一旦部室に帰ってきたカシワとカルロス、リッチマンはニーナとも合流し、ミス研メンバー全員でハンナさんのいる教会に行き、リアやリリィ、ルドルフを迎える。ルドルフはフィアー先生のおかげで、元の姿を取り戻していた。いざとなったら勇者おじさんや魔王教授に頼むつもりだったが、さすがはフィアー先生だ。
ただ、元の記憶を完全に取り戻すにはしばらく時間がかかるらしい。でもそれも時がたてば解決してくれるらしいので気長に待つ事にする。ただ、ルドルフは自分が怪物だったときの記憶も正確に全部というわけではないが、覚えていた。自分がリリィを傷つけていたことを理解し、ひどくショックを受けているようだ。体の傷はすぐに癒す事が出来るが、この問題については今後も引きづってしまうかもしれない。
リリィとルドルフが元の関係になってくれればいいと、心から思う。ルドルフはリリィにしきりに謝り続けた。それに対してリリィは悪いのは聖者の集いの連中であって、ルドルフじゃないと慰め続ける。強い子だ。まだ幼い時期に嫌な思いを一杯したはずなのに、ちゃんと他人を思いやる事ができてる。リリィはリアに特になついているようで、何かあるたびに”リア姉ちゃん、これなあに?”を繰り返す。元々外の世界が知りたくて、エルフの森を飛び出してきた子だ。好奇心は人一倍強いらしい。リアもそんなリリィを実の妹のように可愛がって、いろんなことを教えてあげている。実に微笑ましい関係だ。
「皆、今回は本当にありがとう。感謝するぞよ。リリィとルドルフをこんな短期間で助け出し、あの悪徳宗教のエルドォワ支部を片付けてしまうとはな。まったく大した者じゃわい。勇者と魔王が戦っていたときはお互いに強くなる事だけを考え、どんどん戦闘の激しさを増していったものじゃが、お主らはそれとは違うやり方で物事を解決する力を持っておるのじゃな。」
キューちゃんの念話が皆の心に響く。カシワは周りを見渡す。皆は満足そうにキューちゃんの会話を・・全然聞いてねぇ。菓子を食べる事に夢中になってやがる。ハンナさんの差し出してくれたバームクーヘンとチョコレートショコラは確かにすごく旨かった。だけどそんなに食ったら太るぞ。おい、ニーナ、お前彼氏獲得するまではダイエットするって言ってたじゃないか?ランシアはなんでそんなに食べてるのに理想体系を保っていられるんだ。俺は詳しくはないが、そういうのって他の女性連中から恨まれたり、憎まれたりしないのか?
「リリィ、しっかり食べてね。あ、でも長い間ずっと碌な食事与えられなかったのよね。そういう場合、いきなり普通の食事をとるのって、まずいんだっけ?まずはおかゆとか消化の良い者を少しづつ食べてく必要があるんだったわね。ハンナさんに御願いして作ってもらおうか?」
「リア姉ちゃん、せっかくだから、リリィ、リア姉ちゃんと一緒にご飯作ってみたいな。ハンナさんにお台所貸してもらって、お料理教えてくれない?だめかな?」
リアはそんなリリィの愛らしい様子をみて、思わず抱きしめる。
「だめなわけないじゃない。そうだね、一緒に作ろっか。お姉ちゃん、そんなに料理が得意なわけじゃないんだけど、頑張って教えるね。一緒に作ってルドルフ君にも食べてもらおうよ。」
リアはリリィをつれて、ハンナさんに台所を貸してもらうように御願いする。ハンナさんも快く許可してくれた。ルドルフを見ると、まだリリィを傷つけていた事を引きずっているようで、しゃがみこんでうつむいている。俺はそんなルドルフの手をとり、声をかけた。
「なぁルドルフ君。俺たちも一緒に台所行こっか。皆で作ったごはんはすごく美味しいよ。リリィちゃんとリアを手伝おうよ。」
ルドルフはしばらくじっとしていたが、やがて大きく頷いた。俺はそんなルドルフの頭を軽く拳を握ってグリグリし、ルドルフを連れて台所にいく。
「リア、リリィちゃん。俺たちにも手伝わせてくれないか?」
ハンナさんの台所は元々独り用なので、ギュウギュウ詰めになる。だが、悪い気分はしなかった。次第にミワ姉やカルロスまでが料理作りに参加し、最後は全員参加で相当量の飯を作ることになった。足りない材料は、ハンナさんとリカルが買い出しにいってくれた。今、ひとつのボールにリリィが粉を入れ、ルドルフがそれを混ぜ合わせている。二人とも粉で顔を真っ白に汚している。そんなお互いの顔を見て、リリィとルドルフは笑い合う。なんだ、ちゃんと笑顔になれるんじゃん。余った料理はグラ爺やフィアー先生の研究室にも差し入れとして持っていこう。その夜はハンナさんの教会から、食欲をそそるいい匂いが、ずっと流れ続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ハッサンよ、これは何の冗談じゃ?」
とある集落にある聖者の集いの本部。教祖ジャークは幹部ハッサンを呼びつけていた。エルドォワ支部が突如、王都の近衛騎士団による強制捜査を受け、支部にいた大多数の見張り兵や神官達が逮捕された。それだけではない。裁判所からも令状が来て、信者達の寄付金返却要請まできている。頼りにしていた神官アムドも今は牢獄の中。生け贄として連れてくる予定だったエルフとサキュバスの娘には逃げられた。神殿を建てさせていた強制労働者たちは全員騎士団連中に保護されてしまったようだ。教団にとっては大打撃なんてレベルじゃない。文字通り手足をもがれた以上の被害だ。
「申し訳ありません、教祖ジャーク様。何ぶん、全てが突然の事でして、私の方でも事態の究明が掴みきれておりません。何でも、兵士の半数が姿隠しの魔法をかけられ、混乱を招いたとか。神官達もいたのですが、沈黙の魔法を同時にかけられ、対処に窮していたようです。」
教祖ジャークは今回の騒動を考え直す。何者かが、教団に敵対行為をとったことは間違いない。許しておけぬ。だが、これだけの事を瞬く間にやってのけるとは、相当な実力者かあるいは巨大な組織なのだろうか。厄介な事だ。今回被った被害は極めて大きい。せっかくハッサンが武器を購入してくれた事で目処がたっていた例の計画にも支障をきたしかねない。
・・いや、そこまでは心配のしすぎか。エルドォワ支部が壊滅したとはいえ、ここの集落は無傷だ。まだまだ、人材も豊富にある。資金は大幅減となってしまっていたが、こいつが補強してくれるだろう。ジャークは手元にある薬を手に取る。人々を中毒症状に陥らせ、次第にこの薬の依存症にさせ、最後には廃人にしてしまう。そんな悪魔の薬。最悪の場合、死に至らせる事もあるが、教団繁栄のための尊い犠牲となってもらおう。
「ハッサンよ。この失態の責任は、信者全員にとらせることにする。お前も例外ではないぞ。だが、挽回のチャンスをやろう。まずはこの薬をそれとなく街中にばらまき、集めた資金で例の計画の実行準備を進めよ。成功した暁にはお前を貴族にとりたててやろう。せいぜい励むが良い。」
「はっ、有り難き幸せ。このハッサン、身命を賭して必ずや教祖ジャーク様と聖者の集いに貢献させていただきます。それでは失礼いたします。」
ハッサンは去っていく。例の計画・・それは革命だ。腐りきったこの国の王、エルドォワ国王に引退してもらい、変わって自分が王座に就く。この武器はそのための手段のひとつだ。だが、それだけでは戦力として不十分。しかし、ジャークには切り札があった。悪魔光臨の儀式。本当ならエルフの娘とサキュバスの娘を自分自身が存分に可愛がった後、生け贄として捧げる予定だったが、逃げられたというのなら代わりの娘をさらってくればよい。
「だが、何者なのだ?エルドォワ支部とアムドをこうも簡単に潰してしまう奴らとは。もし金になびくような連中なら、こちら側に引き込むという手もあるが・・ふむ、これはひとつ仕掛けをうつとしようか。」
教祖ジャークは側近の兵を呼びつける。側近兵はジャークから言付けを言い渡され、うなづく。側近兵をその場に待機させ、ジャークはある手紙を書いて渡す。手紙を受け取った側近兵はエルドォワ街の冒険者ギルドへと向かった。ギルドの受付担当者にジャークから受け取った手紙を渡すと、そのまま集落へと帰っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
オーディーンは今日も忙しい。カルロスの稽古に加え、彼がこの街にいる間にサインをせがむ者や、エルドォワ商店街からの宣伝協力依頼を頼む者で跡が絶えない。冒険者ギルドで稼ぐまでもなく、頼まれた書類に目を通し、必要事項を記入したり、宿屋や飲食店で、皆の見える位置で座っているだけで、十分に金になった。彼が店に居るというだけで、歴戦の英雄見たさに現れる客達が殺到するのだ。だが、オーディーンとしては、やはり冒険者ギルドで依頼を受けて生計を立てたかった。座ってるだけで何もしないで金を稼ぐというのは、人から見れば羨ましいだろうが、オーディーンからすれば退屈以外の何者でもない。
「いらっしゃいませ。本日はご依頼の要望ですか、それとも依頼案件のご紹介の要望でしょうか?」
ギルドの受付嬢が普段通り挨拶をし、顔を見上げて、オーディーンの姿を確認したとたん頬を赤らめる。どうしよう?オーディーン様を生で見られるなんて。私、髪いまくせっ毛とかなってないわよね。あ、しまった。お昼ご飯、ガーリックライスだった。どうしよう・・口臭が気になって嫌われちゃったりしないかな・・
オーディーンが全く気にしていない事を、受付嬢は心の中で反芻し、一人で葛藤する。しばらく自分の世界に入り込んだ受付嬢を見て、オーディーンが声をかける。
「ああ・・すまんが、依頼案件を見せてもらいたいのだが・・」
「あ、し、失礼しました。ただいまお見せしますです。いや、お見せします。少々お待ちください。」
受付嬢があたふたして、机の上にある書類を肘にひっかけ落としてしまう。オーディーンは落とした書類を拾い上げ、机の上に置いてあげた。
「大丈夫か?慌てんでもよい。別に急いでないのでな。」
「すいません、ありがとうございます。これ、これです。今入っている冒険依頼です。どうぞ、心行くまでごゆっくりご覧になってください。出来ればずっとここに居てくださっても結構です。いえ、なんでもありません・・失礼しました。」
オーディーンは受付嬢から渡された書類を見る。薬草取りにゴブリン退治・・まぁ定番案件だな。何か面白そうなものは・・ん?探偵依頼?タイトルが気になったオーディーンは該当する頁をめくる。
探偵依頼・・我々はエルドォワ街に新規で起業を考えている者です。実は最近、我々の仲間が、王都の役人からあらぬ疑いをかけられ、無実の罪で投獄されてしまいました。投獄された者の名前はアムド。日々、人々のために貢献してきた善良な神官である彼が、無実の罪で投獄されてしまったことは、非常に遺憾であるとともに、このような疑いをかける原因を作った人物を、究明したいと考えております。ぜひともあなたのお力をお貸しください。
依頼者名は、タナカイチロウとなっている。聞き慣れない名だ。もしかして、偽名だろうか・・オーディーンはこの依頼を引き受ける事にした。まずはアムドとやらに面会してみるか。ギルドでの登録を済ませ、王都へ向かうオーディーン。受付嬢はそんな彼の背中をいつまでもボォーッとして見続けていた。




