捕らえられたカシワとリア
ミス研の部室はいつも通り、大量の菓子と茶が散乱している。皆これだけの量をどこで買ってきてるのだろうか・・
「聖者の集いか。名前だけは聞いた事はある。けど、具体的に何をやっている団体なのかは知らないけどね。」
リッチマンが俺たちの話を聞いて、そう告げる。他のメンバーも同じようだったが、一人だけ顔を青ざめていた人物がいた。ニーナだ。彼女は聖者の集いに、以前の騒動で武器商人ハマーンから購入した武器を売ってしまったらしい。
「知らなかったのよ。胡散臭いやつだとは思ったけど、他に武器を売る手段も思い浮かばなかったし、仕方ないじゃない。」
今更、ニーナを責めても仕方ない。だいたいニーナはこの前の戦争回避騒動のときも頑張ってくれてた。そんなニーナを非難するのは筋違いっていうものだ。
「すんだことはもういいって。ニーナだって悪気があってのことじゃないってのは理解してるから気にすんなよ。それより、まずはこれからどうするかって事を相談したいんだが。」
リアが温泉街でのキューちゃんとのやりとりを、もう一度話した。
「キューちゃんの言ってる通り、まずは潜入して実体を確かめてみる事が必要になると思うの。キューちゃんは本部のある集落の偵察を提案してくれたんだけど、その前にまずエルドォワ支部の方を偵察してみようと思うんだ。そこでお願いなんだけど、私とカシワに姿隠しの魔法を使ってくれないかしら?」
リアがお願いするが、リッチマンはその言葉にすぐには賛成しない。
「魔法をかけるのはいいけど、カシワとリアの二人だけで偵察するつもりなのか?正直危険だと思う。二人とも戦闘に関しては、それほど経験があるわけじゃないんだろ?なにかあって姿隠しの魔法が解けてしまったとき、二人だけで局面を乗り切れるのか?」
確かにリッチマンのいうとおりだ。俺もリアも、そんなに戦闘経験があるわけじゃない。俺は最近フィアー先生の気合いの入った講義のおかげで、そこそこの闇魔法は使えるようになったが、今回の潜入は、そこらのゴブリン退治とはわけが違う。
「そうだな、カルロスに護衛についてきてもらうとありがたいんだが、どうだろう?」
「別に構わねぇけどよ。実はな・・最近、講義の成績が良くねぇから、しばらく勉強に集中したかったんだ。もちろん、お前らの護衛が嫌ってわけじゃねぇぜ。でも俺もこの魔法大学の卒業にこれからの生活がかかってるからよ。悪ぃんだが、今回だけはパスさせてもらえねぇか?」
そういうことなら仕方ない。学生なんだから勉強を第一にした方がいいに決まってる。となると、カルロスに無理強いはできないか。
「わかったよ、カルロス。そういうことなら、勉強の方を優先させてくれ。仕方ない、やはり今回は俺とリアの二人で潜入する事にしよう。リッチマン、ランシア、姿隠し頼めるか?」
リッチマンは渋々、俺たちに姿隠しの魔法をかける。
「いっとくけど効力はもって、半日程度だ。それとこの薬を渡しておく。お前らが本当に危険を感じたら、飲んでくれ。この薬を飲めば、お前の位置情報と身の安全を、遠くからでも知る事ができる。要はどれだけ怪我したかとか、呪いにかけられてないかとか、要はお前らの体調管理を遠くからでもチェックできるってことだ。危険だと思ったらすぐに助けにいくからな。」
へぇ、この薬、そんな凄い効用が備わってるのか。あ、そうだ、それとキューちゃんの念話のことも話しておかなきゃな。
「皆、聞いてくれ、実はさっき話したキューちゃんなんだが、他人と遠くからでも話ができる念話の能力があるみたいなんだ。俺とリアはいつでもキューちゃんと話が出来るんだが、皆もキューちゃんと話ができるか試してみてくれないか?キューちゃん、頼む。皆に何でもいいから話しかけてくれ。」
すると、遠く離れた温泉宿からキューちゃんの話が聞こえてくる。
「何じゃ、カシワか。儂は今、ナインボールの道具に使われていて忙しいんだが、仕方ない。今、お前の周囲にいる者たちに話しかければよいのだな?では、いくぞ。アー、アー、マイクテスト、マイクテスト。儂の声が聞こえたら、左手をあげよ。」
メンバー全員が一斉に左手をあげる。よかった。念話は皆にも通じるみたいだ。ランシアでさえも驚いている。
「へぇ、便利な能力ね。これって私たちの方からも話しかける事できるのよね。」
「もちろんじゃ、心に念じるだけで、いつでも通話可能じゃぞい。あ、これ、そこのボールを打ったら・・ああ、ほれみろ、ファールになったではないか。なに、今のはおまえの自業自得じゃろ、儂のせいではないぞ。」
皆、一瞬だけ後半部分の意味不明な言葉にキョトンとする。だが、ランシアとリッチマンだけは状況を即座に把握したらしい。他の皆もちょっと時間をおいた後、状況理解ができたようだ。さっきも言ったように、キューちゃんは今客のナインボールに道具として使われている真っ最中なのだ。キューちゃんから再度声が聞こえる。
「あ、いや、すまん、気にするな。こっちのことじゃ。それで、まずは集落より先に支部の偵察にいくんじゃったな。これは都合がいいわい。カシワ、リアよ。この前話したエルフの少女リリィと怪物くん・・ルドルフなんじゃがな。今はエルドォワ支部にいるらしい。行くんならついでに様子を見てきてくれんかの。」
エルフと怪物ルドルフがいるのか・・出来れば、キューちゃんからの依頼である二人の救出も出来ればいいんだが、今回はあくまで様子見。本格的な対応はまた後日だ。既に姿隠しの魔法がかけられている俺とリアは皆に透明な姿のまま挨拶し、エルドォワ支部とやらに向かう事にした。道案内はキューちゃんが指示してくれる。ここからだと1時間半もあれば歩いていける距離らしい。以外と近くにあることに驚いた。だが、半日以内には偵察を全て終わらせなくてはならない。俺とリアは少し早歩きをして、キューちゃんの指す方角を目指した。
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聖者の集いエルドォワ支部。今ここでは、教団のシンボルとなる新たな神殿を建てるべく多くの強制労働者を使役して作業を進めている。皆疲弊しきっているが、立ち止まれば容赦なく鞭の雨が降り注ぐ。休むわけにはいかない。だが、正真正銘、披露しきって倒れる者も少なくない。また、激しく咳き込む者、嘔吐を繰り返す者もいる。見張りの兵はそんな人々にも容赦せず、激しく鞭と叱責を繰り返す。
リリィはそんな彼らをただ見ている事しか出来ない。無力感に苛まされる。だが、自分自身の身すら満足に守りきれない彼女に、他人を助けることは到底無理だった。自分に出来る事はただ彼らへの罰則が少しでも軽くなるよう祈る事だけだ。
「ほらほら、ボォーッとしてるんじゃありませんよ。あなたもそろそろ我が教団のために、働いてもらいますからね。覚悟は出来てますか?」
見張り兵より、いくつか身分が高いと思われる神官がリリィの元へとやってくる。リリィ自身は1日中鎖で拘束されているため、逆に労働作業には今のところ参加していない。だが、おそらくは他の皆と一緒に労働していた方が幾分ましだったのだろう。
教祖の生贄にされる日々・・それは今よりもさらに過酷な毎日だ。ここに連れてこられてから、どのくらいたったのだろう。最初は抱いていた故郷へ帰りたいという思いも、今はあきらめてしまっている。
ふと気がつくと、神官の後ろの方にある石が、何もないのに動いているように見えた。おそらく極度の疲労からくる幻覚だろう・・
それよりも、今は神官の言葉の方が気になる。教祖の生け贄なんて絶対嫌だ。だが、リリィにはどうすることもできなかった。幼馴染のルドルフはこんなに近くにいるのに、今は醜い怪物に姿を変えられてしまっている。姿だけならまだよい。
だが、リリィの事など全く覚えておらず、逆にリリィが逃げ出そうとすると、見張り代わりに、長い舌で自分の体を攻撃してくる。もう限界だった。どうなってもいい・・そんな無気力な感情が今のリリィの全てだった・・
カシワとリアは教団の想像を絶する異様な光景に、唖然としていた。何だこの地獄絵図は・・
死者こそでてないものの、健康と呼べる人々など、ここには一人もいない。リアの方も、今まで自分が小悪魔族ということで迫害を受けた事はあったが、ここまで酷い体験をしたことはなかった。
カシワとリアはそれでもキューちゃんの言ってたエルフの少女と舌の長い怪物を探すため、あたりをいろいろ探してみた。しばらくするうちに鎖で拘束された少女を見つける事が出来た。
そばには舌の長い怪物がいる。あれがおそらくキューちゃんの言ってたリリィとルドルフだろう。二人の姿を見つけたときに、ちょっとした不注意から足下の石を蹴飛ばしてしまったが、おそらく誰も気づいていないはずだ。
それにしても、あまりにひどすぎる・・カシワは目の前の光景に吐き気を催してきた。リアの耳元にそっとささやく。
「リア、偵察は十分だ。これだけでも、この教団がとんでもない異常集団だってことは分かった。もう帰ろう。」
リアも姿は見えないままだが、カシワにうなずき、帰ろうとする。だがそのとき、後ろから、姿の見えないはずのカシワとリアに向かって声がかけられた。
「おやおや、とんでもない異常集団とはずいぶんひどい言い方ですねぇ。こう見えてもね、彼らは私たちのために、そのくらだない生涯を、意味のある生涯に昇華させて、貢献してくれているのですよ。」
カシワとリアが驚いて後ろを振り返る。いつの間にか姿隠しの魔法が解除されてしまっている。何故だ?リッチマンのいう半日までは、まだ十分に時間があったはずだ。
「ふふふ。そのような低俗な魔法でこの神官アムドを欺けるとでも思ったのですか?可愛らしいお子さん達だ。おや、これは珍しい。一人はサキュバスの女性じゃないですか。これは思わぬ収穫が入ったというもの。生け贄の追加を知ったら、我が教祖様もさぞお喜びになることでしょう。」
アムドと名乗る神官はしゃべっている間、絶えず満面の笑みを崩さない。この神官は笑みをうかべたまま平気で人に何でもできる男なのだ。こいつに比べたら、以前のミスティア連合のチンピラ連中の方がずっとましな人間だったといえる。
カシワは冷や汗をかきながら、リアを自分の背中の後ろへと隠す。どうすればいい?目の前の神官はおそらく相当な実力者だろう。戦って勝てるとは正直思えない。だが、リアはめげずに神官に向かって、光の矢を放つ。魔法大学の授業の中でも高度な部類に入る魔法だ。矢は寸分たがわず神官の目前にせまり・・そして目前で消失した。
「このような小さな魔法などいくら唱えても無駄ですよ。どれ、私が本当に威力のある魔法という者を少しだけ御見せしてあげる事にいたしましょう。」
アムドが何かを唱えると、カシワとリアの体に蜘蛛の糸が巻き付けられる。振りほどこうとすると余計に食い込んでくる。まったく身動きがとれない。万事休すだ。カシワはキューちゃんに念話で話しかけた。
「キューちゃん、俺とリアは教団に捕まった。大至急ミス研メンバーにこのことを伝えてくれ。それとアムドと名乗る神官には気をつけろ。」
カシワは自分を置いて一人見張り兵に連れられていくリアを見続ける。
「リア、待ってろ。必ず助けてやる。リアを助けるためなら、どんな卑怯なことでもしてやる。俺は絶対にあきらめない。」
カシワは残りの見張り兵に殴られ続けながら、それでもリアの姿が完全に見えなくなるまで、意識を失わず、リアを見続けた。




