荒らされた喫茶満腹亭
「ない・・どこに落としたんだ、あの手帳。そうか、あの時だ。あの通行人、確かグラ爺とミワとかお互いを呼び合っていたな。それにコーヒーカップを購入したという話だったか・・あそこらへんでコーヒーカップを取り扱っている店と言えば、新規で出来たあの店か。」
聖者の集いで幹部の一人を務めているハッサンは、思い当たった店に向かう。中には老夫婦が店をやっている。いろいろな小物を取り扱っているようだが、それは今、どうでもいい。グラ爺とミワと名乗っていた通行人はコーヒーカップを購入したといっていたにも関わらず、手には何も持っていなかった。つまり、もしこの店で購入したのであれば、その場での買い取りではなく、注文依頼という形をとったのであろう。ハッサンはそう推測し、店主にカマをかけてみる。
「すみません、実は先ほどコーヒーカップを注文した店の者なのですが、住所の記載に不備がありまして、一部訂正させていただきたいのです。申し訳ありませんが、先ほどの書類をもう一度持ってきていただけないでしょうか?」
老夫婦は少し男に疑いの目をかけたが、特に何かを追求することもなく、書類を持ってきた。この行動は老夫婦にとっては幸いだったであろう。もし、下手に拒んだりすれば、強硬手段に訴えられていた。老夫婦は男にさらわれて、教団の拷問室に連れて行かれたであろうから。
男は差し出された住所を目にすると、老夫婦に笑顔を向ける。
「いや、これは失礼。間違っていませんでした。どうやら、私の思い違いだったようです。」
男はそのまま店を出て行った。老夫婦はさっききた男のことを思いだす。絶えず笑顔を浮かべていたが、目は笑っていなかったように思える。残された老夫婦だったが、旦那の方が妻に声をかける。
「なあ、なんか変じゃないか、さっききた男、”私の”思い違いって言ってたぞ。普通、”私どもの”とか”主人の、オーナーの”って言わないか?」
単なるいい間違いだろうか?だが、胸中にはなにかひっかかるようなものが残ったまま、もやもやしたものがとれなかった。
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カシワとリアは温泉旅行をすませ、喫茶満腹亭に帰ってきた。今日は店は休みだったが、客のいない店でコーヒーでも飲みながら、残りの時間をくつろごうと思っていたのだ。だが、店内に入るとリアが悲鳴をあげる。
「きゃあ、どうしたの、ミワ、グラ爺さん。」
店内は滅茶苦茶に荒らされていた。ミワ姉とグラ爺がカウンターに倒れ掛かって倒れている。
二人とも両腕を縛られ、猿ぐつわをされていた。カシワとリアはすぐに二人の側に行くと、まず、二人の拘束を解き、それから、コップに水をいれ、二人の口に差し出す。それから応急手当だ。ミワ姉なら回復魔法を使えたはずだが、猿ぐつわのせいで魔法を唱える事ができなかったのだろう。
「リア、とりあえず二人に回復魔法を頼む。」
リアはカシワに向かってうなずき、ミワ姉とグラ爺に回復魔法を唱える。二人の傷はみるみるうちに癒えていき、カシワの差し出した水を一息に飲みほした。
「大丈夫か、ミワ姉、グラ爺。いったい何があったんだ?」
「カシワ・・帰ってきたのね。実はね・・」
ミワ姉は事情をゆっくりと話してくれた。ミワとグラ爺は店で扱うコーヒーカップを購入した帰り、ある男とすれ違ったらしい。男はそのとき、手帳を落とし、ミワが偶然それを拾った。手帳は役所に届けようとしたが、中には聖者の集いによる凄惨な拷問の実体が記載されており、ひとまず店に持ち帰る事にしたようだ。後で、ミス研メンバーやフィアー先生に相談するつもりだったのだろう。
だが店に帰ると、覆面をかぶった数名の男達が店にやってきて、例の手帳の在処を聞き出した。抵抗したミワ姉とグラ爺だったが、撃退することができず、店内ごと荒らされたらしい。結局手帳は持っていかれてしまったようだ。乱入してきた男達はミワ姉とグラ爺がしばらく声をだせないよう、二人を拘束し、そのまま逃げ去っていったようだ。カシワとリアは一通り事情を聞いた後、今度は自分たちが温泉宿でキューちゃんに聞いた話を伝えた。
「聖者の集い・・ここでもその名を聞くなんてな。実は俺たち、勇者が経営している温泉旅館に言ってたんだが、そこでキューちゃんっていう不思議な人・・ではないな、不思議な道具と出会ってさ。そこでキューちゃんからその聖者の集いってやつらの話を聞いてきたんだ。」
カシワとリアはキューちゃんから聞いた聖者の集いについて、本部はとある集落にあること、エルドォワにも宗教団体の支部があること、それからエルフと怪物を助ける約束をキューちゃんと取り交わした事を伝えた。俺とリアが教団のエルドォワ支部に潜入する予定である事を伝えると、案の定ミワ姉とグラ爺は心配そうな顔をする。
「カシワ、大丈夫なの?どう考えても、まともな団体じゃないわよ。役人は・・行動が遅いから、あんまりあてには出来ないかもしれないけど、そうだ、冒険者ギルドに依頼をだしてみたらどうかしら?」
それを聞いていたグラ爺がミワ姉の話を中断する。
「いや、やめておいた方がよいだろう。ギルドに依頼を出せば、必ず依頼者の名前が登録される。教団に目を付けられでもしたら、それこそ大変な事態になりかねん。店は幸い、高級品などは元々置いてないんだし、荒らされた部分は掃除して、床や窓の破損など、いくつかの部分は業者に頼めば良い。」
「修復ならリッチマンかランシアに頼めば大丈夫だと思うけどさ。あいつら、壊れた城の城壁すら、瞬時に治せるくらいだし。それよりも、聖者の集いにこの店のことが知られたってことの方が問題だ。俺たちが動けば、またこの店に報復がくるかもしれない。」
「いや、それは大丈夫じゃないかしら?カシワやリアがこの店と関係あるってことまでは、やつらも知らないはずよ。」
ミワ姉が俺の心配は杞憂だろうと告げる。確かに俺たちは直接、聖者の集いのやつらと顔を合わせた事はない。だが、相手は得体の知れない連中だ。気を抜かない方がいい。
「とりあえず、明日ミス研メンバーにこのことを相談してみよう。ひとまず今日はここら辺掃除して、もう休むとしよう。リアはどうする?」
「私も掃除手伝うわよ。でもそうね、掃除が終わったら帰ろうかしら。カシワ、今日は楽しかったわ。」
リアは俺たちの掃除を手伝った後、帰っていった。見送った俺の脇をミワ姉がつついてくる。
「馬鹿ね、せっかくのチャンスをもったいない。せっかく来てくれたんだから、泊まっていけばの一言くらい言いなさいよね。」
「いいんだよ、別に俺たちは焦って交際をすすめるつもりはないんだし。それに一緒に風呂にも入った仲だしな。」
「そういえば、温泉行ってきたのよね。気持ちよかった?リアちゃんに見とれてて、それどころじゃなかったんでしょ。」
「からかうなよ。さ、俺もそろそろ寝るかな。あ、そうだ大事な事忘れてた。グラ爺ちょっと頼みがあるんだけどさ」
「なんじゃ?ミス研の活動をもっとしたいから、店の手伝いを減らしてくれっていうなら、ちょっと困るんだがな。貴重な人手なんでな。」
「違うよ。グラ爺にはお世話になっているんだから、そんなことは言わないって。そうじゃなくてさ、ちょこっとリフォームなんか考えてみないかなぁって」
「店が荒らされたからか?悪いが、そこまで経済的な余裕はないよ。」
「いやいや、ちょっと風呂場を拡張して、複数人でも入れるように・・」
最後まで言葉を言う前に、俺の意図を汲み取ったミワ姉が、俺の頭をひっぱたく。
「変態。もうカルロスだけかと思ったら、男って皆同じよね。明日、リアにこのこと報告しなくちゃね。」
「ちょっとまって、ミワ姉、ミワ姉様ってば。悪かったって。なぁ愛しのミワ姉様、リアに伝えるのだけは勘弁して下せぇ。」
ミワ姉はとたんに笑い出した。よかった、怒ってるわけじゃなさそうだ。
「そうねぇ、どうしようかしら?そういえば、私、今日、お休みなのに働いてて、疲れてるのよね。誰かさんが温泉で楽しんでいる間も店の掃除とかしてたし、買い物から店に帰ってきたら、変な男たちが乱入してくるし。なんか甘い物でも食べたくなっちゃったなぁ。誰かエルドォワ商店街の特性エクレア買ってきてくれないかしら?」
あのエクレア売ってる店って、ここからけっこう遠くないか?でも今の俺にきっと断る権利はないだろう。
「わかったよ、買ってくるって。ミワ姉のためなら、どんな労力も惜しまんよ、俺は。それじゃ行ってきます。」
俺はエクレアを買いに商店街に向かった。夜風が冷たい。余計な事を言ってしまったものだ。だが、ミワ姉やグラ爺が無事でよかった。これからどうするか。ランシアあたりが、いつものようにいい作戦を思いついてくれれば、いいんだが。
俺は買ってきたエクレアをミワ姉に渡し、ベッドに潜り込んだ。まだリアの匂いが記憶に残っている。いつの間にか深い眠りについていた。




