落とし物の手帳
リリィは目を覚ますと、手足を鎖で拘束されていた。冷たい石畳の上にいる。周りを見渡すと鞭で打たれながら無理矢理働かされている人たちが大勢いた。
「どこなの、ここは?ルドルフ、どこにいるのよ?お腹空いたよ。帰りたいよ・・」
リリィが目を覚ました事に気づいた警備兵が近くの神官らしき男に耳打ちする。神官はリリィの元に笑顔を浮かべてやってくる。
「気がついたようだね。お嬢ちゃん。ほぉ、エルフなのか、これは珍しい。奴隷として売れば高値になるだろう。いや、もったいないな。やはり、我が教祖様に献上するとしようか。」
何を言ってるんだろう、この男は。なんで私が物みたいに扱われなくちゃいけないの。嫌だよ。こんなの。少女は神官を睨みつけた。
「ねぇ、私もう帰る。こんなとこにいたくない。さっさとこの鎖外してよ。」
神官は笑顔を崩さないまま、少女の元に近づき、鞭で少女を打ちつける。
「ほっほっほ。まずお嬢ちゃんには口の聞き方というものから教育せねばならないようだ。だが、安心するがよい。すぐに覚えるさ。覚えて我が聖者の集いのためにその身を捧げるようになる。どうだ、嬉しいだろう?」
「やだやだやだ。痛いよ、誰か助けてよ。ルドルフはどこにいるの?ルドルフ、助けて。お願い。」
「ほぉ、おまえと一緒にいた少年はルドルフというのか。ルドルフならほれ、そこにいるではないか。」
リリィは神官の指差す方角をみる。そこには舌を体の胴回りよりも長く突き出した怪物がいた。少女は悲鳴をあげる。
「きゃあああ。何よこれ。何の冗談なの?夢ならもう十分だってば。もう現実に戻してよ!」
「何を言っておる?これが現実。紛れもない現実だよ、お嬢ちゃん。さ、ルドルフ君。しばらくリリィを可愛がってあげなさい。」
怪物は舌でリリィの体を打ち付けた。痛いし、気持ち悪い。こんなのがルドルフのわけない。ルドルフがこんな酷い事するわけが無い。
「ルドルフ君はね、教祖様によって、魂を清めてもらったんだよ。もう昔の記憶など持ち合わせてはおらんだろうし、意識もない。君の事も全く覚えてはおらんよ。くっくっく。幼なじみ通しでなぶりあうか・・これはいい生贄材料になろうというもの。今日は大収穫だな。」
神官は去っていく。リリィは徐々に気が遠くなり、再び意識を失って地面に倒れた。
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「ねぇカシワ、キューちゃんの言ってた事なんだけどさ、聖者の集いっていう宗教のある集落って、どうやら地図に乗ってないみたいなのよ。その代わりエルドォワ支部っていうのが地図にあるんだけど、どういうことなんだろう?」
俺は再び温泉に入った後、サウナでくつろいでいた。さっきのキューちゃんの話を律儀に聞いていたリアがキューちゃんからの情報を元に集落とやらを地図で調べてくれたらしい。リアが俺の隣に寝転び、調べた内容を話してくれた。
「さぁなぁ。こっちの世界の地図がどれだけ正確なものなのかは分からないんだけど、地図にのってないんだったら、相当小さな土地かあるいは・・」
「あるいは、何?」
「意図的に存在を隠してるのかもしれないな。いきなり集落に行く前にまずはエルドォワ支部に行ってみようか。ランシアかリッチマンに姿隠しの魔法かけてもらえば、潜入は楽にできるだろうし。」
「油断しない方がいいわよ。キューちゃんの話じゃ、相当悪質な団体らしいじゃない。念には念をいれとかなくちゃ。」
確かにリアの言う通りだ。やはり慎重にミス研メンバーにも相談してからいくべきだろう。キューちゃんとは念話でいつでも話ができる。もし、キューちゃんが他のミス研メンバーとも念輪できるのであれば、電話やskype代わりにキューちゃんを使用する事もできるというわけだ。
「そうだな。慎重にいこう。相手が危険な団体っていうなら、リアは残った方がいいかもな。カルロスとかフィアー先生を連れて行った方がいいかもしれない。フィアー先生はミス研メンバーではないけど、頼めば協力してくれるだろうし。」
だが、リアは首を横に振って、俺の申し出を断る。
「いやよ。カシワだけ危険な場所に行かせて、自分は待ってるなんて耐えられない。私も行くわ。いいでしょ、カシワ?」
「リア・・今回は本当に危ないかもしれないんだぞ。いいのか?」
「わかってるわよ。そんなこと。でも、カシワ一人を危険な目に遭わせるなんて耐えられないの。お願い、連れて行って。」
リアが俺の腕を掴んで懇願してくる。リアのことを思うなら、ここはリアに嫌われてでも要求を拒否するべきかもしれない。だが、リアの真剣な眼差しを見ていると、どうしても断る事は出来なかった。俺にリアを守りきることが出来るだろうか・・
「分かったよ、リア。だけど危なくなったら、すぐに逃げるんだぞ。本当に危険な事なら、ミス研メンバーだけじゃなく、王都の近衛騎士団の力も借りなくちゃな。まぁ、今回はいきなり本部と思われる集落の方に行くわけじゃない。エルドォワにある支部の方に行くだけだ。危険である事に変わりはないが、場所もそんなに遠くないし、いざとなったら逃げ出すのも、集落に比べれば比較的容易なんじゃないかと思う。あくまで希望的観測だけどさ。」
「ありがとう、カシワ。私足手まといにならないように頑張るね。こう見えても、光属性と聖属性の魔法は中級クラスまでは一通り使えるのよ。」
「リア、頼りにしてるよ。それと、どうでもいいんだけどさ・・この話、サウナで話すような事じゃないよな・・他の人たちがこっちみてるよ・・」
そう、ここはサウナ室。皆がくつろぎに来る場所だ。こんなシリアスな話をするような場所ではない。他の客達も何事かと思ってこちらを見ている。
あはは・・恥ずかしいかもしれない・・俺とリアは平静を装って、そうっとサウナ室を出た。
くつろいでた他のお客さん、変な話聞かせてしまって、ごめんなさい・・
俺は心の中で謝罪した。
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「さてと、だいたい終わったわね。ねぇグラ爺、このコーヒーカップ、そろそろ新しい物に買えた方がいいんじゃないかしら?買ってからもう大分時間が経ってるでしょ。」
ミワは喫茶満喫亭の掃除を一通り終わらせた後、グラ爺に声をかける。今日は休日なので、ミワ自身も休みをもらっていたのだが、ミワは何もしない自由な時間というものが苦手だった。絶えず何かしてなきゃ落ち着かない。典型的なワーカホリックだ。そこでミワの方からグラ爺に頼んで店の掃除をさせてもらっていたのである。
「おお、そうだな。そろそろ新しいものに換えてもいい頃かもしれんな。後でエルドォワのショッピングモールにでも行ってみるか。」
「じゃあ、私も行くわよ。一人で持ち運ぶの大変でしょ?」
「今日は休みなんだから、お前もどこかで遊んでくればよいものを。だが、一緒に来てくれるなら助かるな。それじゃ、準備ができたら出かけるとしようか。」
グラ爺とミワはショッピングモールに向かう。ここには大小様々な店が並んでいるが、店で取り扱うコーヒーカップは、あまり過度な装飾のない質素なものの方がいい。それでいて、手に取ると落ち着くような物・・ミワは店内をいろいろ物色してみるが、なかなかこれだというものは見つからなかった。
「うーん、あんまりしっくりくるものが無いわね。グラ爺、店を変えてみましょうか。」
「そうだな。まぁゆっくり探すさ。別に急ぐ物ではないからな。そういえば、通りの奥の方に
新しい小物店がオープンしたらしい。もしかしたら、コーヒーカップも取り扱っているかもしれんな。行ってみるか?」
グラ爺とミワは新規でオープンした店に行ってみることにした。店はそんなに大きくはないが、玄関が赤いレンガの作りになっており、扉の左右に観葉植物が置いてある。中に入ると若干薄暗い照明の中、各地から集められたと思われる土産物の置物や、ぜんまい仕掛けで動く人形、マトリョーシカなどが飾ってあった。
「いらっしゃいませ。ごゆっくり見ていってください。」
中から、初老の老夫婦が顔を出す。柔らかな物腰で優しそうな人たちだ。
「すいません、実はコーヒーカップを探しているんですが、この店ではそういったものは取り扱っていますか?」
ミワが尋ねると、旦那さんの方が奥の一角を指差した。
「コーヒーカップなら、そこにあるような物でよければ、ありますよ。全部ドワーフの手作りによるもので、なんでも珍しい焼き方でこしらえたものとか。」
グラ爺とミワは店主の指差す方にあるコーヒーカップを見てみる。青と白のコンストラストが美しい、見ていて気分が和むコーヒーカップだ。グラ爺とミワは顔を見合わせ、うなずきあう。
「いい感じじゃないかしら?これなら、お店にもピッタリ合うと思うわ。どう、グラ爺?」
「うん、そうだな。見た目も綺麗だし、サイズも丁度いい。これに決めるとしようか。主人、このカップは在庫どれくらいあるんだね?」
「今あるのはそこにあるカップだけです。もし、同じ物でよければ、取り寄せすることもできますが、いかがいたしましょう?」
「そうだな。それでは20個程、注文させてもらうとしようか。御願い出来るかな。」
「かしこまりました。ドワーフから直に仕入れておりますので、少々お時間がかかります。3週間程かかるかと思いますが、それでも宜しいでしょうか?」
「別に急ぎではないんでな。それで構わんよ。料金は前払いかね?」
「いえ、商品が届いたときで結構です。それではご注文の品が入りましたら、ご連絡いたしますので、こちらにご住所とお名前をご記入いただけますか?」
グラ爺は差し出された用紙に必要事項を記載して、店主に渡す。店を出て、喫茶満腹亭に帰ろうとすると、向こうから歩いてきた通行人とぶつかりそうになってしまった。通行人がグラ爺たちに頭を下げる。
「おっと失礼。少々考え事をしてましたので。実は購入先をどうしようか迷っていたものが、ひょんなことから手に入りそうでしたので、つい嬉しくなってしまって。」
男はグラ爺とミワにそう言って、挨拶をする。
「いや、気にせんでください。そうでしたか、実は私達も購入先を迷っていたコーヒーカップのいいものが見つかって、一息ついてたところなんですよ。」
「へぇ、コーヒーカップですか。私の方は武器の購入を検討していたんですが、ニーナとかいう小娘・・いや、お嬢さんがいい出し物を持っていましてね。あ、申し遅れました。私、聖者の集いという団体で活動しておりますハッサンと申します。以後、お見知り置きを。それでは、失礼。」
男はそのまま去っていった。ニーナってまさかミス研のニーナじゃないわよね?よくある名前だし、同姓同名の別人だろう。ミワは特に気にする事もなく、そのまま過ぎ去ろうとした。そのとき、男の落とし物が目に入る。手帳のようだ。
「あの、すみません。落とし物ですよ。」
ミワが声をかけたが、男の姿はもう見えなかった。仕方ない、役所にでも届けるとするか。ミワは何の考えもなしに、手帳をパラパラと捲ってみる。他人の持ち物を勝手に覗き込む趣味はないが、名前でも書いてあれば、届けるときに便利かもしれないと思ったのだ。だが、手帳を覗き込んでいたミワの顔色がだんだん青ざめていく。
「なんなのよこれ・・ねぇグラ爺、さっきの人、絶対普通じゃないよ。」
「こら、ミワ。人様のものを勝手に見るなんて失礼だぞ。個人のプライベートなことが書いてあるんだろう。もし、卑猥な記述や落書きがあったとかそんな話なら、そっとしておいてやれ。」
「違うわよ、そんなんじゃないってば。グラ爺も見てよ。」
ミワがグラ爺に手帳を差し出す。そこには聖者の集いで行われていた拷問の記録が詳細に記してあった。




