悪徳宗教団体 聖者の集い
無事、ハマーンに料金を払ったニーナはアテナと一緒に、権兵衛・・ではなく、エルドォワ街北区にあるバーでチーズをつまみにして、ソルティドッグを飲んでいた。ハマーンはニーナが金を工面出来るとは思ってなかったらしく、料金を払ったときには心底驚き、ニーナに商売人として本格的に教育してやろうかとまで、申し出てきたのだ。どうやら、ハマーンに気に入られたらしい。
死の武器商人に気に入られても、あまり嬉しくはないのだが、商売をやっていくうえでコネは多い方がいい。何かの役に立つかもしれないと思うと、悪い話ではなかった。
「すごいよ、ニーナ。小金持ちじゃん。悩んでた武器の処分解決出来てよかったね。でもすごい偶然。こんなことってあるんだねぇ。」
「私もびっくりしてるわ。自分でも今回は正直どうしていいか、分からなかったもの。今まで色んな商売の下積みをしてきたけれど、武器の取り扱いなんて初めてだったしね。ここは私の驕りよ。遠慮せずに飲んで頂戴。」
「やっぱり姉さんに聞いてた通り、ミス研の人って面白いね。他のメンバーさんにも会ってみたいな。」
「皆、個性は強いけど、いい人たちだから、大丈夫だと思うよ。何だったら、アテナもミス研に入る?まだまだ人数少ないから、絶えず部員募集中なの。」
「本当?嬉しいけど、でも姉さんやジェンキンスさんの手伝いしなくちゃいけないからなぁ。サーカス団なんて言っても、今後どうやって運営していくかとか、準備とかやること山積みだしね。でも誘ってくれてありがとう。サーカス団の仕事が一段落したら、私も入れてもらうかもしれない。そのときは宜しくね。」
「いつでもいらっしゃい。大歓迎よ。さ、飲みましょ。」
ニーナとアテナは再度グラスを合わせる。商売が無事成功した後の酒は格別だ。ニーナは心行くまでアテナと、今回の商売成功を祝い続けた。
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「ねぇリッチマン、今日やる事無いんだったら、うちに来ない?」
通りを散歩しているとランシアが誘ってきた。珍しいな。実験の手伝いでもさせるつもりなのだろうか?今日は休日なので、学会の論文に取りかかろうと思ってたんだが。リッチマンは学生の身だが、既にいくつもの研究論文を発表しており、学会や国際会議にも何度か参加していた。だが、ランシアからの誘いというのは興味がある。彼女は研究に対し、非常に独創的で面白い視点から、物事に取り組むため、リッチマンはそんな彼女を尊敬し、学べるところは多いに学んでおきたいと考えている。だから、ランシアからの誘いを受ける事にした。
「休みなんで論文書こうかと思ってたんだけど、いいよ。ランシアからの誘いなら面白そうだしね。それで、何の研究手伝えばいいんだい?」
「違うわよ。今日は研究は無し。もう、あなたと一緒にいたいっていう可憐な乙女心がわからないのかしら。それとちょこーっと、この薬品についてなんだけど・・」
「要するにその薬品の成分を調べる手伝いをすればいいんだな。やれやれ。変な言い回し入れなくていいって。で、それ何の薬品なんだ?」
「以前に話した混合魔法の話、覚えてる?カシワがどうやらその適正があるみたいなの。もっとも本人はあんまり自覚してないけどね。これは、混合魔法に必要と思われる魔力成分を実験的に抽出したものなの。具体的には、まずこちらの空間のエネルギー系をUと仮定して、もうひとつの空間のエネルギー系Eとの折衝の結果、想定される事柄を・・」
「ふーん。でもその場合だともとの空間のエネルギー系Uはこっちの・・になるから、つまり、この空間のエネルギーは均一化され・・」
リッチマンとランシアの魔法エネルギーの理論研究についての談義が始まる。通行人達の妨げになっていることも気がつかない様子で、談義はどんどん白熱していく。1時間ほど経過した後、ようやくリッチマンが他の人たちの視線に気づき、ランシアに耳打ちする。
「なぁ、ランシア。続きはランシアの家でやろっか。」
リッチマンはランシアにつかまり、浮遊島にあるランシアの家に向かう。リッチマンは気づいていなかった。研究談義はランシアの照れ隠しで、本当はリッチマンと一緒にいたいのだということを。しかし、リッチマンはランシアと同じくらい優秀な頭脳を持っているものの、非常にそちらの方面は鈍感だった。さらに、ランシアがそのようなことを考える女性だとは、全く想定していない。リッチマンにとってランシアは”頭脳は尊敬しているが、何を考えているか見えない友人”だったのだ。
ランシアの家は大豪邸とまではいかないものの、そうとう大きな屋敷だった。部屋が15以上あり、吹き抜けのエントランスには左右にそれぞれの部屋に通じる螺旋階段が配置されている。屋敷には3名の使用人が従事し、執事長と執事、メイドで構成されている。
「御帰りなさいませ、お嬢様。ご友人も一緒ですか。浮遊島まで、ようこそおいでくださいました。さ、お部屋に案内いたします。研究室の方で宜しいですね?」
執事長がランシアに尋ねる。ランシアは頷くと、リッチマンとともに研究室の方に案内される。研究室内には個人の家とは思えないくらい設備が整っており、大学の研究室ほどではないが、かなりの数の薬品類や器具も揃っていた。
「でも、混合魔法って具体的にはどんな魔法なんだ?単に火属性と水属性を同時に操れるっていうわけじゃないよな。それだと普通の連続魔法とあまり変わらないし。」
「ええ。その例だと、火属性と水属性を同時に唱えるってところまでは合ってるけどね。二つあるいはそれ以上の属性をミックスさせて、新たな魔法を作り出すのよ。混合魔法の使い手は文献にはいくつか記されているんだけど、実際に使える人は魔法大学内にもほとんどいないはずよ。魔王教授なら使えるらしいけどね。カシワにはその適正がある。研究内容としてはすごく面白いテーマだと思わない?」
「でも、なんでカシワに混合魔法の適性があるって分かったんだ?」
「カシワがミス研にきた最初の日、居酒屋権兵衛でちょっと実験してもらったのよ。闇属性シャドウと土属性アースの魔法を組み合わせてみてもらったの。といってもシャドウは私がかけたんだけどね。コップにシャドウをかけておいた者を渡して、カシワにアースの魔法をかけてもらったら、見事にコップは石化したのよ。闇と土の属性が混ざり合ったって分け。でもそれは時間差もあったし、本当は一人で同時に両方の属性を使用しないといけないんだけどね。」
両方の属性を同時に使う。となると、呪文を唱えてはいけないのか?仮に二つの魔法を唱えたとしても詠唱している時間分、差が出来てしまう。つまり、同時に二つの魔法を使うには無詠唱で魔法を唱える必要がある。
「混合魔法には無詠唱が必要なのか?」
「さすがね。その通りよ。複数の属性魔法を同時に詠唱するにはどうしても無詠唱で魔法を唱えてもらわなければならない。カシワにはまずその課題をクリアしてもらう必要があるわね。さっきここに来る前にあなたに見せた薬はあくまで、私が混合魔法についての理論上の可能性を考慮した上で、作り出したものにすぎないわ。やっぱり今後研究を進める上ではどうしても生のサンプルが必要になってくるわね。」
「そこでカシワの出番ってわけか。ランシアに実験対象として目を付けられるとは可哀想に・・」
「あら、言い草ね?この実験はカシワにとってもメリットのあることなのよ。混合魔法の使い手になれるってことは、それだけでも希少価値が高まる。就職にも有利に働くわよ。カシワは異世界から来た人物だけど、すぐに元の世界に帰れる当てはないみたいだし、となると、魔法大学卒業後は当面この世界で働かなくちゃならないでしょ?むしろ感謝してもらいたいくらいだわ。」
「ものは言い様だな。まぁカシワが俺たちの友人でよかったな。全く関係のない部外者だったら、協力してもらうのにそれなりの労力と資金を要するからな。」
「あなたこそ、カシワが友人である事を利用して、只で研究協力させられるってことを示唆してるじゃない。ひどい人。」
リッチマンとランシアは笑い合う。カシワがこの会話を聞いてたらどう思うのだろうか?知らぬが仏とはよく言ったものだ。リッチマンとランシアの研究作業はこの日夜遅くまで続いた。この研究が成功すれば、間違いなく魔法学会に旋風を巻き起こす騒動となるだろう。二人の研究は順調に続いていく。
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少女は過労と空腹で気を何度も失いかけていた。ここは聖者の集いというカルト教団のエルドォワ支部。元々は幼馴染だったルドルフが教祖の魔力によって怪物に変えられ、正気を失い、今は少女の監視役としてついてまわっている。故郷の森に帰りたい・・いつも決まってそんな思いをいだくが、現実はそれを許してくれない。何度も逃げ出そうとしたが、失敗に終わる。捕まるたびに拷問にかけられ、ここ数日は水しか口にしていない。
「なんでこんなことになっちゃったの?」
少女は泣き出す。だが、誰一人として助けを差し出してくれる者はいない。いま聖者の集いでは新たな神殿を建設すべく、人さらいから購入した奴隷たちを使役して、建築材料を運ばせている。過酷な重労働で、今のところ死者はでていないものの、労働者部屋は、気が狂ったようにわめき続ける者や、夜にぶつぶつ何かをつぶやくもの、しきりに抱き合って泣き続けるものであふれている。ここでは正気を保っていられる者の方が少ない。1週間、正常な神経で乗り越えられたなら、世間ではおそらく相当な根性の持ち主として、重宝されている事だろう。
少女はエルフだった。エルフは多種族との関わりを極端に嫌う。人とも魔族とも関わりを絶ち、独自の文明を発展させて限られた領域の森の中でひっそりと生きている。寿命はほぼ無限にあるため、学ぶための時間はいくらでもあった。それ故、ゆっくりとした時の流れのなかで日々を過ごすのが一般的だ。だが、少女にとっては若干それが退屈に思えた。もともと好奇心旺盛だった少女は、もっと他の世界の事を知りたい、他の種族と交流を持ちたいと考えていた。だからその日、少女は両親の目をかいくぐり、そっと森を抜け出した。何もかもが新鮮に思えた。人の街というものを初めて見た。色んな種族が混じり合って生活している。商店街では威勢のいい掛け声が飛び交い、皆いろいろな服を着て、それぞれの目的の場所に向かって歩いていた。
「リリィ、なんで勝手に森を飛び出したりしたんだよ。後で長老さんやパパとママに怒られるぞ。」
街を歩いていると、ふいに後ろから声がした。振り返ると幼馴染のルドルフが膝を泥だらけにして立っていた。私がいなくなったのを知って、慌てて後を追いかけてきたのだろう。途中で何度も転んだんだろうなぁ。その場面を想像すると少女はなんか可笑しくなってきた。ルドルフはそんなリリィの様子を見てムッとする。
「なんだよ、いきなりニヤニヤしだして、気持ち悪ぃやつ。ほら、とっとと帰るぞ。」
「ねぇ、ルドルフ。せっかくだから、もう少しこの街を見ていこうよ。ほら、こんなにたくさん人がいるよ。面白そうじゃない?」
リリィはルドルフの手をとり街中を駆け巡った。あの人は何をしているんだろう?この人はどこに行くのかな?見る人、見る物、全てが新鮮でリリィの中の好奇心がますます高まっていく。
「おや、お嬢ちゃん達、そんなに走り回っちゃダメだよ。ほら、こっちにおいで。いい物をあげるよ。」
何か知らないけど、親切そうなおじさんだ。リリィは今まで森から外に出た事が無かったし、話をしたのも同じエルフ族のひとばかりだった。だから、リリィにとってエルフ以外の人と会話するのは初めての体験だった。そこには警戒心など欠片もない。
「ごめんなさい、おじさん。ねぇ、おじさんは何をしている人なの?」
「ははは、おじさんはね。この世界をもっともっとよくするために働いているんだよ。聖者の集いっていうとてもすごい組織なんだ。そうだ。お嬢ちゃん、いい子だから、特別にうちの会員にしてあげるよ。もっとすごーく楽しい経験が出来るよ。うちにくるかい?」
「本当?やったぁ。私行ってみる。ねぇルドルフも一緒に行こうよ。」
だが、ルドルフは目の前の男に不振な匂いを感じていた。
「いや、なんか変だよ、このおじさん・・なぁリリィ、やっぱり帰ろうよ。」
「ええ?やだよ。じゃあルドルフ一人で帰りなよ。私はもっと遊ぶんだ。」
リリィはおじさんについていってしまった。ルドルフは心配になって後を追いかける。路地を曲がって、小道に入っていく。やっぱり、何かおかしい。どんどん人気が少なくなっていく気がする・・
「じゃあ、ちょっと目をつむっててくれるかな?すぐに済むからね。いい子だね。リリィちゃんはお利口さんだね。」
リリィは目をつむる。次第に眠くなってくる。あれ、なんで?リリィがまぶたを閉じる直前、目に焼き付いた光景。それはルドルフが目の前の男に殴られ、地面に転倒する姿だった・・




