キューちゃんと仲良くしよう
「お客さん、すいません。こちらの台は順番待ちでして。あそこにあるビリヤードでしたら、比較的すぐにできるとは思うんですが。」
湯船を出た後、リアと卓球台の方に行くと、ここも順番待ちの行列ができていた。改めてこの温泉宿の宿泊客の多さを感じさせられる。
「どうする、リア?卓球やめてビリヤードやる?」
俺は目の前の行列を見て、リアに尋ねてみる。リアもこの行列を見て同じ事を考えてたらしく、すぐに賛成してくれた。
「そうだね。ビリヤードにしよっか?ナインボールでいい?それともエイトボールにする?」
「ナインボールでいいんじゃないか?キューは・・あそこか。」
俺は壁に並んで立てかけてあったキューを手に取る。キューを手にした瞬間、それは起こった。脳裏に呪文のような、うめき声のようなものが聞こえてくる。何だこれ?声をあげることもできない。白昼夢ってやつなのか?突然のことにわけがわからず、何もできずにいると頭の中にビジョンが現れ始めた。ビジョンの中では、一人のエルフの少女が何かから必死に逃げている。その後ろをやたらと舌の長い怪物が追いかける。エルフの少女が怪物の舌によって巻き付けられて捕まってしまう。悲鳴をあげるエルフの少女。そこで映像はとぎれた。気がつくと温泉宿の風景に戻っている。
「・・シワ、カシワ。大丈夫?どうしたの?温泉でのぼせちゃった?」
リアが心配そうに俺を覗き込んできた。かがみ込んだリアの二つの双丘が神々しい。いや、それはいい。いつの間にか仰向けに倒れていたようだ。俺はリアが差し出す手をとり、立ち上がった。リアが俺の持っていたキューを片付けようとする。
「リア、それに触るな!」
いきなりの声に、リアがビクッと体を震わせる。
「あ、悪い、突然大声出して。だけど、そのキューなんか変なんだ。なんていうか呪いでもかけられてるのかもしれない。」
「え?どういうこと?だって他のお客さんたちもこのキュー使って遊んでるんじゃないの?」
確かにそうだ。ここに立てかけてあるってことは、他のお客さんたちも手に取っているはず。彼らは何ともなかったのだろうか?
「やっと見つけた、波長の一致する相手・・あなたのような方をお待ちしておりました。」
唐突に声がかけられる。だが、周りにはリアやまわりのお客さんたちがいるだけのようだ。誰か他にいるのか?
「どこを見ておる?ここじゃここ。さっきから御主の目の前におるじゃろうが。」
目の前って別に誰もいないぞ?さっきの呪われたキューが放置してあるだけで、他には何も・・
「誰が呪われたじゃ!まったく失礼なやつじゃな。せっかく人が丁寧に挨拶してやったというに。最近の若者はしつけがなっておらんのう・・」
人って・・え?このキューがしゃべってるのか?嘘?だいたい人じゃないだろ。いや、そういう問題じゃない。根本的に何かがおかしい。それともこれも、この世界では常識なのか?
リアの方を見てみると、リアはますます心配そうにこちらを覗き込む。
「本当に大丈夫、カシワ?さっきから一体誰と話してるの?もし疲れてるんだったら、どこかで休ませてもらう?」
え?リアにはこの会話聞こえてないのか?周りを見てみると他の客や従業員たちも、俺とこのおかしなキューとの会話に気づいた様子はない。やっぱり疲れてるのだろうか・・こんなキューがしゃべるわけないもんな。リアの言う通り、少し休んだ方がいいのかもしれない。
「そうだな、ちょっと休むとしようか・・」
だが、そのとき、さらに信じられないことがおこった。キューがひとりで飛び上がり、俺の行く手を遮ったのだ。正確には俺の前に行く手を遮るように、俺の前に立っている。なんだこれ?ひょっとして温泉旅館の催し物の一種なのかな?なんか仕掛けがあって客を驚かせるようになってるとか、手品の一種とか。この世界には魔法があるので、魔法で誰かが操っているとも考えられる。むしろ、それが一番しっくりくるかもしれない。だが、キューは活動をやめるつもりはないようで、さらに積極的に行動してくる。
「ちょっと待てというとるだろうが。そこの小娘はお主の彼女か?仕方ないのぉ。特別サービスじゃ。そこの小娘にも儂の声が聞こえるようにしてやろう。」
キューが、一瞬だけ紫色の光に包まれる。すぐに戻ると今度はリアの目の前に転がっていく。
「わっ、びっくりした。何このキュー、いきなり立ち上がったり、光ったりするなんて。あああ、分かった!全部カシワのいたずらでしょ。具合悪いふりして、キューに何か細工しておいて、私をびっくりさせたのね。ねぇそうでしょ?正直に言いなさいよ。」
・・断じて違うぞ、リア。俺もいい年だ。何が悲しくてそんな子供っぽいことしなきゃならんのだ。だいたい、どうせいたずらするなら、風呂場で・・いや、違う。そうじゃない。俺はリアを大切にすると決めている。そんなことするわけがないじゃないか。
「ほう、お主見かけによらず、なかなかスケベなようじゃな。いや見かけ通りというべきか。そこの小娘に風呂場でいたずらのぉ。どうだ?儂も力を貸してやろうか?」
リアが驚いてキューを見る。今回はキューの声がリアにも聞こえたという事なのだろうか?
いや、まてまてまて。そんなことより、今の声はリアに聞かれちゃまずいだろう。内容的に。他にも考え事してたはずなのに、なんでよりによって、風呂の部分をピックアップしてしゃべるんだよ。俺がおまえに何をした?だが、リアは幸いにも話の内容よりも、キューがしゃべったという事実の方に注意がいってくれていた。
「え?カシワ、なにこのキュー?しゃべるキューなんて初めて見た。カシワの居た世界じゃ、これが普通なの。」
「いや、全然そんな事はないぞ。俺も初めて見たよ。どうやら俺の錯覚とか体調不良ってわけじゃないみたいだな。信じられないことだが、本当にこのキューには意思があるようだ。」
キューは俺の言葉を聞いて満足そうに?一度俺に向かって傾き、また体制を戻す。おじぎのつもりなのだろうか。
「ようやく理解してくれたみたいじゃな。儂はな、この温泉宿で長い間ずっと待っておったのじゃ。お主のように儂の波長を感じてくれる者をな。勇者なら儂の存在に気がついてくれるだろうと思っておったのじゃが、全くだめじゃった。儂の波長を感じ取るには、力が強いとか魔力が膨大というだけじゃなく、それ以外の何か特別な力が必要だったみたいじゃな。このまま誰にも気づかれず生涯を終えるのかと内心不安だったんじゃが、いや、お主が現れてくれてひと安心じゃわい。」
生涯って・・あんたに寿命なんてあるのかよ。突っ込みどころは多々あるが、繰り返しても埒が明かない。仕方ない、キューの話を聞く事にするか。
「ところで、あんたのことはなんて呼べばいいんだ?一応、意思があるってことは名前もあるんだろ?」
「ん?ないぞ、そんなものは。この姿になってからというもの、人と会話をするのはこれが初めてじゃからな。だが、無いと不便か。仕方ない、お主に名付けを許してやろう。偉大で尊厳のある名前を考えるが良い。」
リアがそれを聞いて即座に答える。
「じゃ、キューちゃんで決まりね。私はリア。こっちはカシワ。宜しくね、キューちゃん。」
「キューちゃんって・・偉大さも尊厳もまるでないではないか。おい、お主。カシワと言ったか?お前もそう思うだろ。もっとかっこいい名前つけたいだろ?」
だが、俺もこんなキューに威厳など必要ないと思う。だから、リアの言い分を全面的に肯定する。
「いいんじゃないか?悪くないと思うぞ。宜しくなキューちゃん。」
「まったく、揃いも揃って、儂を馬鹿にしおって。もうよい。それよりお主らに頼みがあるのじゃ。カシワよ。お前にさっきみせた映像は覚えておるか?」
「映像ってエルフの少女とやたら舌の長い怪物のことか?あれもお前の仕業か。いきなり何事かと思ったぞ。」
「すまんな。儂の波長に合うものに対して、儂に触れたら自動的に映像を見せるように仕掛けてあったのじゃ。それでじゃな、お主に頼みというのは他でもない。そのエルフの少女と怪物を救ってほしいのじゃ。」
「まぁ、そんなところだろうとは思ったよ。え、待って、エルフの少女だけじゃなくて、怪物も救済対象なのか?」
「ああ、そうじゃ。あの怪物は本当は怪物なんかじゃない。もちろん儂も本当はキューなんかじゃない。だがな、理由あって、こんな姿になっておる。全ては泉の底に眠る・・」
はぁ、なんか厄介な話になりそうだな。俺はリアと温泉旅行を楽しみにきたんだ。あんまり面倒そうなら適当に切り上げるか。
「あ、キューちゃん。もしかして、その話長い?今度また改めてってことでもいいかな?」
「なんじゃと?罰当たりな。この流れで小娘とのデートを優先するのか?お主には人情というものはないのか?義理と人情をなくせば人間終わりぞ。」
どこの極道だよ・・俺は普通の学生だ。理由あって、この世界にきて、いろんなトラブルに巻き込まれてはいるが、根はいたって平和主義者だ。軍師危うきに近寄らず。余計な面倒ごとはごめんだ。
「おい、本当にこのまま行ってしまうのか。エルフは長命種族とはいえ、もう何年もとらわれ続けておる。なぁ、頼む。儂はどうなってもかまわん。このエルフと怪物だけは助けてやってくれ。お願いだから・・」
ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな頼まれ方したら断れなくなるだろう。仕方ない。ここで引き受けちゃうのがNoと言えない日本人の悪い癖なんだよなぁ。
「わかったよ、キューちゃん。話を聞いてやるから、そんな悲痛な声を出さないでくれ。それで、そのエルフと怪物くんを助けるにはどうすればいい?何をしてほしいんだ?」
「まずは事の起こりをだな・・まぁよい。力になってくれるみたいだしな。そのエルフと怪物くん・・ルドルフという名だが、今、この地で広がりつつあるカルト教団”聖者の集い”の幹部として、各地で布教活動をしておる。だが、この教団、実体は執拗な勧誘を行い、強制的に信者にしたあげく多額の寄付金をまきあげる、よく聞く話の極悪教団じゃ。女性達は教祖の慰み者にされる場合もあると聞く。ルドルフは悪質な心を故意に植え付けられ自我を無くし、エルフの方は何度も抵抗を試みているが強制的に働かされている。教団のアジトはここから北に3日ほどあるいた、とある集落にある。まずはその集落にいき、自分たちの目で実体を探ってみてほしい。」
「キューちゃんは一緒に行かないのか?」
「一応、儂はこの温泉宿の備品じゃからな。だが、お主達と念話でいつでも話をすることができる。出来る限りのサポートはさせてもらうつもりじゃ。頼むぞ。この教団に苦しめられているのはエルフやルドルフだけではない。それに放置しておけば、さらに多くの人々が苦しめられる事になるだろう。どうか、儂の波長をかんじとることの出来る、その類い稀なる力によって、救い出してやってくれ。」
類い稀なるって言われてもなぁ。俺自身はカルロスみたいに喧嘩に強いわけでもないし、ランシアやリッチマンほどの思考能力もない。だがまぁ、やるだけやってみるか。帰ったらミス研メンバーにも相談してみよう。最後にリアが忘れていた事を思い出した。
「ねぇカシワ、お風呂でいたずらって何?」
リア・・とりあえずもう一度お風呂入ろっか。温泉は3度入れって言うしな・・




