温泉旅行
エルドォワ街の噴水広場前。平日でも多くの人々でごった返すこの通りで、カシワは一人待ち続けている。しきりに髪型をチェックし、口臭が気にならないように清涼ガムを噛む。リアとの約束の時間まではまだ間があったが、カシワは約束より15分も前に待ち合わせ場所に来てしまった。ここ数日でいろいろな事件に巻き込まれたが、今が一番緊張している。
「お待たせ、カシワ。もしかして待たせちゃった?」
リアが正確に待ち合わせ時刻に来てくれた。白いワンピースにペンダント付きネックレス。スカートからはスラッとしたリアの綺麗な足が覗かれている。出会ったときはショートカットだった髪型が今はセミロングになっていた。リアならどんな髪型でも似合うと思う。
「いや、全然。俺も今来たとこ。」
こういう時、とっさに嘘をつくのはダメな男の習性なのだろうか。いや、俺に限らずけっこういると思うんだよなぁ。気がつくと周囲の連中をリアを見ていた。普段から一緒にいるから、あんまり気にしないけど、やっぱり周囲からの注目を集めるほどの美人なんだよなぁ。俺はそんなリアと手をつなぎ、エルドォワ街中央にあるショッピングモールへと向かう。ここは出来た歴史こそ浅いものの、様々な商店が並ぶ商売人にとっての激戦区で、観光名所にもなりつつある名スポットだ。リアのお薦めの店がこの一角にあるということで、俺はリアとその店に向かう。
店内は3階建てになっており、1階が婦人服売り場で2階が紳士服売り場だった。3階は子供服売り場だ。別々に見回っても良かったのだが、せっかくだから一緒に見て回ろうということで、最初はリアに合わせて女性服売り場を見回る。リアのお探し物は春物のちょっと肌寒いこの時期に、上から羽織れるタイプの衣服らしい。だが、リアは目的のもの以外も色々なコーナーを見回り、その都度感想を聞いてくる。一般に男性の場合はショッピングでは目的のものを購入して終わりにすることが多いが、女性の場合、購入も含めてこういっていろいろ迷ったり、相談し合ったりする時間を楽しむものだと聞いた事がある。衣服だけではなく小物売り場などのコーナーなどもあり、置物やオルゴールなども置いてあった。色々見回ったあげく、リアは赤い薄手のジャケットを買い、俺は黒のスラックスと肌色のトレーナーを買う事にした。
「ねぇカシワ、せっかくだから、ちょっと遠出してさ、温泉にでも行ってみない?」
温泉か。日々の疲れを癒すには絶好の場所だ。混浴ならさらに元気になるんだが、それはまぁいい。
「いいね。行こっか。温泉。ここからだと、どのくらいかかるかな?」
「列車で1時間弱ってところかしら。転移装置か転移魔法使えれば一瞬だけど、装置は料金が高いし、魔法はまだ使えないから、やっぱり電車よね。」
「まぁそうだよな。ペガサス列車の準特急に乗ればいいかな。リア、なんか穴場の温泉とか知ってる?」
「穴場かどうか分からないけど、勇者が引退後、経営している温泉旅館があるらしいの。今は魔王もたまに遊びにくるらしいんだけど、行ってみない?」
一昔前に壮絶な争いを繰り広げた勇者と魔王も今じゃ、一緒にスキー旅行に行ったり、野外ライブに出かけるような仲らしい。双方大きな犠牲を出した先の戦いでの戦死者たちの供養のためにも、そしてこれから先、勇者と魔王との間で壮絶な争いごとが起こらないようにするためにも、あえて年に数回交流イベントを設け、親睦を深めあうという条約が勇者と魔王の間で結ばれている。
尚、イベントの際には出かけ先で大幅な見物客の獲得が見込めるため、旅行業界では、あの手この手を使って、勇者と魔王にアピールしている。何せ二人に最高級の部屋と食事をただで1週間ほど提供したとしても、周囲の見物客や二人のファンが大挙しておしよせてくるため、ホテルや旅館側としては、結果として、その月の収益が5、6割ほど増すのだ。もちろん周囲の店も大繁盛となるため、一致協力して様々な宣伝を仕掛けてくる。
二人とも戦いからは引退し、今では勇者は温泉旅館を経営、魔王は魔法大学の連携している魔術研究所で研究論文を書いたり、学会発表などを行っている。魔王の授業は大変な人気を博しているが、模擬戦の授業は、魔王教授がいくら手加減しているつもりでも、一般人には生命の危機すらいだくような過酷さがあるため、予め体力、魔力ともに大学側で一定レベル以上と認められる者にしか模擬戦には参加出来ない決まりとなっている。
そんな勇者の経営する温泉は、肩こり、リューマチ、疲労回復に効くだけでなく、美容効果も高いため、連日超満員だ。勇者自身、けっこうな年齢なのだが、”素敵なおじさま”目当てにわざわざ遠くからくる女性客も多い。そんな温泉宿にリアが誘ってくれた。行ってみたいが、予約取らないと行けないのではないだろうか。
「なぁリア、その温泉行ってみたいけどさ、飛び入りで行って受け付けてもらえるのか?」
「実はね。カシワがまだうちにくる前なんだけど、去年、ミス研メンバーでその温泉行った事があるの。そのとき、温泉宿で盗難事件が発生したんだけど、リッチマンとランシアの名推理で見事に犯人を捕まえる事ができたの。そのときの活躍を勇者のおじさんにも気に入ってもらえてね。おかげで、ミス研は特別扱いってことで、いつでも予約無しで温泉行けるんだ。カシワはそのときいなかったけど、今はもう立派なミス研メンバーなんだから大丈夫。いつでも予約無しで行けるわよ。あ、でも、もちろん料金はちゃんと払わなきゃダメだけどね。」
「へぇ。まぁリッチマンとランシアならそういうの得意そうだしなぁ。なんか何にもしてないのに恩恵にあずかっちゃって悪いな。でもそういうことなら、温泉行こっか。一応聞いとくけど混浴じゃないよな。」
「混浴?違うよ。普通のお風呂だよ。じゃ、決まりね。えへへ。カシワと二人で温泉か。ニーナが嫉妬しちゃうかもね。それじゃ、ミス研旅行隊員リアとそのお供カシワ。温泉目指して出発進行ー」
リアは拳を空に向けてつきあげて、元気よく駅へと向かう。俺は慌ててその後ろについていき、温泉旅館へと向かった。っていうかなんで俺がお供扱いなんだよ・・
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勇者の経営する温泉旅館は想像以上に客で賑わっていた。メニューを見ると温泉とサウナは通常料金内に含まれているが、岩盤浴が別料金になっており、他にオプションで勇者と記念写真をとったり、勇者に卓球で勝負する権利なども売られている。もし、勇者に卓球で勝つ事が出来たら、記念に魔王と戦ったときの剣や防具を身につけて写真をとってもらえるらしい。といっても、本物は王都の博物館にあるため、ここにあるのは只のレプリカだ。それでも、傍目には十分迫力があり、こちらも見物客が大勢いる。
「さてと、じゃあ男湯はどっちなんだろう?」
だがここでリアが想像もしてなかった言葉を口にする。
「男湯?何それ?カシワの居た世界じゃ男と女で別々のお風呂なの?」
え?いやいやいや。ついさっき確か混浴ではないって聞いてたぞ。念のため俺はもう一度尋ねてみる。
「なぁリア。ここは混浴じゃないよな?」
だが、リアは俺の問いにキョトンとした顔を向ける。
「だから男湯とか混浴ってなんのこと?ここの温泉はそんなのないってば。皆一緒だよ。」
なにーー!?混浴がないってのは、つまり、元々男湯とか女湯っていう概念そのものが無かったって事で、だから男女一緒に入る混浴っていう”言葉そのもの”が無かったってことなのか?
え?この世界では、それが常識なのか?だけど、こっちの世界に来てから、満腹亭の宿舎でミワ姉と一緒に風呂に入った事なんて無いぞ。そうか、あれは独り用の風呂だからだったんだ。もし、複数人で入れるような大きな風呂だったら、とっくにミワ姉とも一緒に風呂に入っていたかもしれなかったってことか・・なんて言う事だ。グラ爺にリフォームと風呂の拡張を御願いしなくては。
「どうしたの、カシワ?早く入ろうよ。あ、もしかして照れてるの?かわいいなぁ、もう。ほら、あっち向いててあげるから早く脱ぎなよ。私も準備するからさ。」
リアが俺のすぐ隣で服を脱ぎだした。なんだこの状況?確かに俺はリアともっと仲良くなりたいと思っていたが、別に急ぐつもりはなかったんだ。ゆっくり、じっくりとお互いを知り合い、関係を徐々に深めていく。そんな付き合いで十分楽しいと思ってたんだ。だから、いきなり裸の付き合いなんていう展開は考えてなかったんだよ・・
しかし、こんなチャンスが目の前にぶら下がっていて、何もしないなんて、さすがの草食系男子の俺でもありえないぞ。俺はリアの方に向き直る。バスローブを体に巻き付けていたものの、リアのスリムな体に君臨する二つの双丘、くっきりとしたくびれ、スラットした足どれをとっても一級の芸術品がその価値をこれでもかと強調する。
リアはおれの腕に自分の腕を絡ませ、俺を温泉場へと連れて行った。今、俺の背中をリアが洗ってくれている。さすがに前は自分で洗うことになるのだろうが、頼めばやってくれるのだろうか?それに俺もリアの体を洗ってもいいのだろうか?
「ねぇカシワ。顔赤いよ。大丈夫?先にお風呂入ってなよ。私の分は自分で洗うからさ。」
「だが断る!俺もリアの体を洗わなくちゃ、そう、失礼だ。俺のいた世界じゃお風呂場での女性への恩返しはきっちりやる・・そういう、決まりなんだ。だから、俺にもリアの体を洗わせてくれ。」
この際、嘘なんかいくらついてもいい。こんなチャンス逃せるか。俺は断じてリアの体を洗う。それが今回の事件における俺のミッションだ。
「そう?じゃあお願い。あ、でも前はさすがに自分でやるからいいよ。私肌けっこう弱いから、あんまり強くしないでね。」
前は自分でか・・残念だ。しかし、さすがに無理強いはよくないな。
「は。仰せのままに。それでは不肖カシワめがリア殿のお体を洗わせていただきます。」
俺はリアの背中を丁寧に丁寧に心行くまで洗ってあげた。
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温泉に入ると、体の中に溜まっていた疲れが湯の中にどんどん染み出ていくような感覚に陥る。隣にはリアが湯の中で寝そべっている。リアと二人で並んでこうして湯船につかる時間・・最高だ。いつまでもこうしていたい。多少湯あたりしてもかまわん。今日はいつもより、ずっと長めに湯につかっていよう。リアが俺の肩によりかかりながら、口を開いた。
「ねぇカシワ。私たちミス研ってね。カシワがくる前も、それなりにはトラブル解決したり、問題解き明かしたりしてたんだけど、カシワがきてからは、まるでジェットコースターみたい。なんかどんどん可能性が広がっていくかんじで不思議な感覚だよ。」
「俺もこんな色々な問題に巻き込まれるとは思ってなかったよ。俺自身はそんな大した事してないけど、解決したときの達成感はすごいよな。でも俺に取って一番の収穫はリアに出会えた事だよ。俺はリアと一緒にいる時間が一番楽しいんだ。」
「カシワ・・私もカシワと一緒にいるときが一番楽しい。えへへ・・なんか照れてきた。カシワって時々女性を口説くの上手くなるよね。でも浮気しちゃだめだよ。」
「しないよ、そんなこと。俺はいつでもリアと一緒にいる。約束するよ。」
「カシワ・・そろそろ出よっか。卓球しようよ。」
リアはこれ以上いると、自分がのぼせてしまう気がして、風呂場をでた。カシワが後ろから追いかけてくる。カシワの顔を直接見るのが恥ずかしくなって、先に鏡の前で髪を乾かす事にした。温泉のぬくもりとカシワの体のぬくもりが、温泉を出た後もリアの体に残っていた。




