戦争回避の大手柄
エルドォワ王国の玉座。装飾は意外にも質素でそれほど目立った飾り付けはない。普通なら相当額の絵画なども脇の壁などに飾ってある者だが、玉座に向かって赤い絨毯が引かれ、両脇に燭台が置いてある他は、特に注意を引くようなものはなかった。
「まずは武術大会、ご苦労だった。ここにいる精鋭8名及びその友人達よ。既に承知のものもおろうが、今我が国エルドォワは大躍進を遂げようとしている。そのためにまず、隣国リンガイアを我が勢力に取り込む必要がある。多少の犠牲はでるだろうが、大きな正義をなすためにはやむをえんことだ。そなたらの力を是非貸してほしい。特にオーディーンよ。そなたが我が軍に協力してくれるとあれば、この戦いの勝利は確約されたも同然だ。もちろん、報酬は望む額をだそう。」
王は既にリンガイア王国との戦争は決意済みのようだ。元々魔獣使いアリシアの力を見て、気が大きくなっただけのはずなのに、いつの間にか侵略行為が正義にすり替わっている。権力者が理由を好き勝手に都合すれば、必ずどこかに亀裂が生じてくる。そして、その亀裂によって苦しめられるのは結局、普通に暮らしている民なのだ。今カルロスの友人として俺とリア、ミワ姉が側についている。残りのメンバーは既に王城の近くには来ているが、これからおこる、アリシアさんの行動に合わせて顔を出す事になっている。そのアリシアさんは今、王の挨拶を玉座の間で左右に並ぶ兵士達に混ざって聞いている。次は俺の番か・・さっきトイレに行って一旦は収まった緊張がまたあふれてきた。いけない。落ち着かなきゃ。俺は軽く息をゆっくり吸い込み、吐き出す作業を3回ほど繰り返し、王に敬礼をした後、出来るだけ浪々とした声で告げた。
「偉大なるエルドォワ王様。リンガイア国のことで私はある重要な事実を突き止めております。私はカシワと申します。ここにいる武術大会の準優勝者カルロスの友人であり、また、そちらにおられます魔獣使いアリシア様とも以前から懇意にさせていただいている者です。この場にてリンガイアに関する私の知る情報を話す事をお許しいただく存じます。」
元々自分の声に威厳などないことは重々理解していたが、王の間でこんな注目を集めて発言するのは、とんでもなく緊張する。思った通り周囲から野次が飛んでくる。
「王の間であるぞ。失礼であろう。」
「最近の若者は分と言うものを知らん。」
へいへい、わかってましたよ。非難されるのは。でも、これが俺の今回の役目なんだから仕方ないよな。しばらく頭を下げていると、王から制止の声がかかる。
「よい。気にするな。して、お主の掴んでいる情報とは何だ?構わんから話してみるがよい。」
「は、有り難き幸せ。実はリンガイア側では、先のアリシア様によるドラゴンを使った演出に対抗すべく、同じく魔獣使いを雇い入れたとか。しかもその者はアリシア様のお師匠様にあたられる方で、失礼ながらアリシア様の数倍の力を有しており、また、アリシア様の能力を無力化する術も持ち合わせていると聞いております。」
王と側近の大臣たちの顔色が変わる。リンガイアに攻め入るためにあてにしていたアリシアを能力的に上回る力を敵側が持つというのは脅威だ。実際にはアリシアの師匠なんていないのだが、このハッタリが成功するかどうかは、俺の言い回しとこれからのアリシアの演技力にかかっている。
「その話、真なのか?何か証拠があってのことだろうな。」
「はい。私も実際にこの目で見たわけではないのですが、既にリンガイア側ではその者の力を使い、ドラゴンに破壊された城壁を瞬く間に修復させたとか。また、その者はアリシア様の持つ能力を遠方からでも行使する事ができ、リンガイアにいながらにして、ここエルドォワに配下の魔獣をけしかけ、意のままに操る事ができるということです。」
側近の大臣が俺の言葉を遮ってくる。
「馬鹿な。そんな力は存在せん。大方、お主の聞いた情報は酒場で吟遊詩人にでも誇張された話なのだろう。馬鹿馬鹿しい。」
そのとき、俺の隣にいたリアが突然地面に倒れた。リアの上には黒い影が覆いかぶさっている。その様子をみて周囲の兵士達が狼狽する。
「おい、どうした?大丈夫か?だれか救護室に連れて行ってやれ。」
兵士の一人が近づこうとすると今度は黒い影が近づいてきた兵士の体内に入っていく。兵士もリアと同じように地面に倒れ、そのまま眠りについた。黒い影は玉座の間を旋回し、今度は誰に取り憑くかを見定めている。
「おい、こっちにくるな。お前、なんとかしろ。」
「嫌ですよ、あんた近衛隊長でしょ。こういうときこそ率先して皆を守るのが役目じゃないですか?」
皆それぞれ責任を押し付けあう。アリシアがその様子を横目で見て、影に向き合う。
「私がなんとかしてみせます。皆様、少し下がっていてください。」
アリシアの言う通り、皆部屋の隅による。ったく、いくら見慣れないモンスターが現れたからって、女性一人に押し付けるなよな。これが格式高い兵士団か・・プライドだけエリートでも戦場では役に立たないだろうに。だが、オーディーンや武術大会の参加者たちは違った。アリシアさんを守るべく、アリシアさんの周囲に円陣を組もうとしている。アリシアさんはそんな彼らに優しく微笑みかける。この部屋にいる大臣や兵士連中に向ける目とはあきらかに違う眼差しだ。
「お気持ちは有り難いのですが、皆様もさがっていてもらえますでしょうか?あの影は人を眠らせるだけではなく、人を操る力も有しています。もし、皆様のような強い方が取り憑かれたら、より厄介な事になってしまいます。」
だが、下がる者はいない。皆自分の身を犠牲にしてでもアリシアさんを守ろうとしてくれている。状況的にはこういう人たちを尊敬するんだが、これだとちょっとアリシアさんが演技しづらくなってしまう。どうしたものか迷っていると、カルロスがオーディーンに耳打ちをした。オーディーンは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに取り繕い、周りの大会参加者たちに引くように命じる。今度は大会参加者たちも部屋の隅に移動し、アリシアさんは一人影と向き合う形となる。
影はアリシアさんの体内に入ろうと襲いかかってきた。アリシアさんは自分の体の周囲に障壁を作り出し、影の攻撃を遮る。影はなおも攻撃を繰り返すが、次第にその力は弱まり、やがて窓から外に出て行った。王はその様子を一番奥にある柱の影から讃える。あんた、そんなとこに隠れてたのかよ・・まぁ、戦いにおいて王の身の安全は最優先だけどさ。なんて言うか器が小さいというか、ちょっと情けないぞ。
「見事だ。アリシアよ。どうやらカシワとか言う者の申す通り、リンガイア側にも魔獣使いがおるのは確かなようだが、アリシアなら十分対抗出来るではないか。これなら、何の問題も無い。十分に攻撃を仕掛けられるぞ。」
だが、アリシアは王の言葉に首を横に振る。
「いえ、王様。敵の攻撃はあれだけではなかったようです。窓の外をご覧ください。」
王や兵士達が一斉に窓の方に目を向ける。外にはドラゴンが浮遊してこちらを睨んでいた。
「ひっ、く、くるな。こっちにくるんじゃない。」
兵士達は一様に玉座の間から逃げ出そうとする。王はそんな彼らの様子を見て明らかに狼狽する。
「馬鹿者、戻らぬか。儂より先に逃げる兵がおるか。儂の身の安全を何より先に考えよ。それが兵士の努めであろうが。」
王と兵士がこぞって部屋の扉の方に走り出したとき、ドラゴンはこちらに向かって一息かけた。それだけで、部屋全体が振動に包まれる。アリシアはドラゴンに向き合いこちらもモンスターを召還して応戦しようとする。だが、何も起こらない。
「何をしているアリシア。おまえもドラゴンを呼んで応戦せんか。このままじゃ、皆に被害が及ぶぞ。」
王は汗だくになりながら、アリシアに叫び続ける。
「申し訳ありません。王様。どうやら私の能力は敵側の魔獣使いに封じられてしまったようです。先ほどから召還を試みているのですが、何も起こってくれません。」
それはそうだろう。だって本当は今、目の前にいるドラゴンこそ、アリシアが召還したものなのだから。もちろんさっきの影もアリシアが召還したものだ。モンスターを操るといっても、別にモンスターに飼い主の名前の入った首輪などをつけるわけではない。誰がどのモンスターを召還したかなんて、召還した本人にしか分からないのだから。だがアリシアは精一杯召還を試みてはいるが、何もできずにいるという演技を必死に続ける。王はその様子を見てさらに狼狽していく。
「ええい、役に立たんやつめ。もうよい。さがっておれ。おい、お前、ハマーンのところに行って一番強い武器を調達してこい。こうなったら、儂らの手であのドラゴンを葬るぞ。」
だが、兵士達は口々に断りの文句を並べようとする。
「え、あれを私たちの手でですか?いや、すみません。急にお腹がいたくなってしまって。失礼します。」
「なんか、私も・・実は昨日から体調不良が続いておりまして。こんなときに参戦してはかえって皆の足手まといになってしまいます。ごめん。」
兵士達が次々に扉から逃げ出そうとするのと入れ替わりに、ニーナとジェンキンスが玉座の間に入ってくる。
「エルドォワ国王様。突然のご無礼失礼いたします。本来ならば正式な許可を得てから、謁見させていただこうと思ったのですが、どうやら緊急事態のようでしたので。私は武器商人ハマーン殿に仕える商人見習いニーナと申します。こちらはジェンキンス。ハマーン殿より言付けを言いつかって参りました。どうやら仕入れた武器に重大な欠陥が見つかったとの事。このような不具合商品を渡したとあっては武器商人としての沽券に関わる。そこで私に代わりの武器を調達するようにと仰せつかった次第でございます。」
「何だと?ハマーンがそう言ったのか?なんと言う事だ・・それで代わりの武器は調達出来たのか?」
「申し訳ありません。なにぶん突然の事でしたので、大それた武器は用意出来ませんでした。とりあえず鋼の剣を20本ほど用意してはおりますが。」
「そんなものであのドラゴンを倒せると思っているのか?まったくどいつもこいつも無能なやつばかりだ。このまま戦争すればリンガイアを取り込むどころか逆に我が国の方が侵略されてしまうではないか。」
「その通りでございます。エルドォワ国王様。今手を引いてくださる事を認めていただければ我がリンガイアもこれ以上は手を加えず黙って引き下がりましょう。それとも、このまま戦いを続けますか?」
さらに扉から二人のローブで顔まで覆い尽くした魔導士が玉座の間に入り、王に進言する。
リッチマンとランシアだ。二人は直前まで姿隠しの魔法を使って、部屋の入り口すぐ側で待機していた。そして事前の打ち合わせ通りのタイミングで入室し、打ち合わせ通りの台詞を口にする。
「私たちは進んでエルドォワ国との戦争を望んでいるわけではありません。ですが、もし我が国に侵略行為を働くつもりなら、降り掛かる火の粉は払わなければなりません。どうかエルドォワ国の国王としてご賢明な判断をいただければ幸いにございます。」
エルドォワ王は今度はしかめっ面をする。狼狽したり、怒鳴ったり、しかめっ面したり忙しい王様だ。しばらく王が大臣と何やら相談して返答を迷っていると、ドラゴンが再び咆哮を発してきた。王と大臣はそのばにしゃがみこんで互いに抱きつき合う。
「わ、わかった。今回の件、手を引こうではないか。実は儂もな、長年友好関係を結んできたリンガイアとわざわざ事を構えるのは最初から反対だったのだ。だが、ここにいる大臣や兵士達の度重なる進言をうけ、仕方なくだな・・」
「何をおっしゃいますか、王様。私どもがいつそのような発言をいたしました?私はずっと反対していたのに王様があまりに自信にあふれる態度で発言を続けるから、私もすっかり信頼して・・」
「何だと?貴様、臣下の分際で王である儂にたてつく気か?覚悟はできておろうな?」
「ひっ。いや今のは私の発言ではなく、そう、そこの兵士にそそのかされて・・」
「なんですと、大臣。今のは聞き捨てなりませんぞ。だいたいですな・・」
王と大臣と兵士達のコントはその後もしばらく続き、俺は大きくため息をついて小声でつぶやく。
「やれやれ、俺はさっきあんなやつらに緊張してたのか・・」
隣にいたリアがそのつぶやきを聞き、クスっと笑いを浮かべた。何はともあれ、これで戦争は回避出来たようだ。ランシアが最初に言った通り、やってみると案外簡単だったな・・




