表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】愛しておりませんので、愛妾やめさせてもらいます。 ✦  作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

7

テレンティウス・アキリウス侯爵の一網打尽から二日。

王都の政局は、まさに天地がひっくり返ったかのような大騒ぎとなっていた。


表向きは「病気療養」として極寒の北部へ追放されたバカ王子ドミティウスに続き、中立派の重鎮と謳われたアキリウス侯爵が大逆罪および国王暗殺未遂の容疑で逮捕されたのだ。彼に群がっていた過激派のバカ貴族たちもまとめて監察庁の地下牢へと叩き込まれ、帝国宮廷の悪性腫瘍は一瞬にして摘出された。


そして、その功績の裏で糸を引いていたのが、完璧なる公爵令嬢ポンポニア様と……他ならぬ、元・真実の愛(笑)キャラの私、ウアルバナ・セルウィリアであることは、ごく限られた上層部のみが知る極秘事項であった。


「……ふう。やっぱり、仕事の後の極上スイーツと高級紅茶は五臓六腑に染み渡るわねぇ」


私は公爵邸の私室――今や私専用に与えられた豪華な執務兼応接室で、ふかふかのソファーに深々と腰掛け、パティシエ特製の洋梨のタルトを口いっぱいに頬張っていた。


前世の社畜時代、炎上案件を鎮火させた後に自腹で買ったデパ地下の千円ケーキも美味かったが、公爵家の専属シェフが作るタルトは別格だ。サクサクのパイ生地と、芳醇なバターの香り、甘酸っぱい果汁が口の中で暴れ回っている。


「ウアルバナ様、お行儀がよろしくありませんわよ? 頬にクリームがついておりますわ」


向かい側のソファーで、優雅にレースのハンカチを畳みながら呆れたように笑うのは、私の雇用主であるポンポニア様だ。


「申し訳ございません、ポンポニア様! ですが、死線を潜り抜けた後の甘味は命の栄養なのです! これで実家の男爵家への援助金も無事に振り込まれたと聞き、私の幸福度は今、人生の最高値を更新しております!」


「ふふ、現金な子。ですが貴女の『毒』のおかげで、我がコルネリア公爵家に泥を塗ろうとした愚か者どもを一掃できましたもの。それくらいの報酬は当然ですわ。……で? 監視役の使い心地はいかがかしら?」


ポンポニア様が、ちらりと部屋の壁際に視線を向けた。


そこには、腕を組み、壁に背を預けたまま、鋭い眼差しで私を見つめている男――帝国監察庁長官、ウァレリウス・フラウィウス伯爵が立っていた。


「……別に、使い心地などどうでもいい。私は公爵閣下との約束通り、この危険な女が余計な真似をしないよう監視しているだけだ」


ウァレリウスは冷淡に言い放つ。相変わらず隙のない軍服姿で、彫刻のような美しい顔には一切の感情が浮かんでいない。


だが、私は知っている。

一昨日の夜、テレンティウス侯爵の秘密集会に乗り込んだ際、彼が変装用の仮面を外し、私の頬に触れて『私の側で、永遠にその毒を振りまくべき最高の参謀だ』などと、無駄に甘く危険なセリフを囁いたことを!


(思い出したら顔が熱くなってきたじゃないのよ! あの時はアドレナリンが出ててスルーしたけど、冷静に考えたらあの氷の死神、社畜の私になにタメ口で殺し文句吐いてんの!?)


私はタルトを飲み込み、そそくさとウァレリウスから目を逸らした。


「ポンポニア様、ウァレリウス様は『監視役』としては満点ですが、『上司』としては厳しすぎますわ。毎朝の遅刻チェックが秒単位なんですもの。前世……じゃなくて、以前の私なら三日で胃に穴が開いて倒れています」


「ほう。文句があるならいつでも監察庁の取調室で聞くが?」

ウァレリウスがスッと氷灰色の瞳を細めた。


「いいえ! 何の文句もございません! ウァレリウス様のご指導のおかげで、私の怠惰な精神が美しく鍛えられております!」


速攻で掌を返す私を見て、ポンポニア様が「くすくす」と可憐な鈴の音のような声で笑う。


平安な時間。

これでバカ王子も悪徳侯爵もいなくなり、私の異世界社畜ライフも「公爵家の優秀な参謀」として安泰……のはずだった。


コンコン。


静かなノックの音が、その平穏を打ち破った。

老執事が部屋に入ってくると、深い一礼とともに、金箔で縁取られた一枚の重厚な羊皮紙の書簡を銀のトレイに乗せて差し出した。


「ポンポニア様。……宮廷より、皇太后ルキッラ様からの『お召し出し』の書簡が届きました」


部屋の空気が、一瞬で凍りついた。


ポンポニア様の笑顔が消え、ウァレリウスの瞳に宿る冷気が一段と強まる。


「……皇太后、ルキッラ様……?」


私は思わず首を傾げた。

ルキッラ・アルビヌス皇太后。

現国王陛下の母であり、そして――追放されたあのバカ王子ドミティウスの『実の祖母』にして、宮廷内の旧勢力を裏で束ねる、真の怪物である。


ポンポニア様は静かに書簡を開き、目を通すと、呆れたように小さく溜息をついた。


「……予感はしていましたが、やはり来ましたわね。愛しい孫のドミティウスが廃嫡され、北部に追放されたことを、あの老狐が黙って指を咥えて見ているはずがありませんもの」


「内容は何と?」ウァレリウスが問う。


「『我が愛しき孫ドミティウスを惑わし、王家の血統を汚した不徳なる男爵令嬢ウアルバナを、本日午後に後宮の紫苑宮へ呼べ。直々に問い詰める』……とのことですわ」


(……はい?)


私は持っていたフォークを落としそうになった。


「ま、待ってください! なんで私が指名手配みたいな扱いになってるんですか!? ドミティウス殿下が勝手に私に惚れて、勝手に自爆しただけじゃないですか!」


「あの老婆に、そのような道理が通ると思うか?」


ウァレリウスが冷ややかに言い放った。


「ルキッラ皇太后にとって、ドミティウスは自分が宮廷内で権力を握り続けるための『最も扱いやすい駒』だったのだ。その駒を失った怒りの矛先は、当然、現場でハシゴを外したお前……『ドミティウスを唆した悪女』に向けられる」


(うわああああああっ! また私かよ!! バカ王子の残骸処理がまだ終わってなかったなんて聞いてない!!)


私は頭を抱えた。

テンプレにおける「悪役令嬢の復讐」は成功した。バカ王子は去った。だが、現実はフィクションのように「めでたしめでたし」で終わらない。追放された愚か者の後ろには、必ずそいつを甘やかして育てた「もっと厄介な身内」が存在するのだ!


「ウアルバナ様」

ポンポニア様が、真剣な眼差しで私を見つめた。


「拒否はできませんわ。皇太后様のお召し出しを断れば、それこそ『不敬罪』で我がセルウィリア男爵家ごと処刑の口実を与えてしまいます。……ですが、安心しなさい。貴女は私の大切な参謀。あの老狐の胃の中に収まらせたりはしませんわ」


「ポンポニア様……!(女神! やっぱりこのお方は女神よ!)」


「私からも、宮廷へ同行するよう手を打ちます。……ただし、後宮の紫苑宮は皇太后様の絶対領域。外部の人間が口を出せる範囲には限界がありますわ」


「つまり……現場では、私自身があの怪物ババア……失礼、皇太后様と直接対決しなければならない、と?」


「そういうことですわね♡」

ポンポニア様はニッコリと微笑んだ。


(地獄かよ!!)


前世の記憶が警報を鳴らす。

これ、例えるなら「バカ息子の不祥事でクビになった元担当者が、怒り狂った会長(毒親)の個室に一人で呼び出されて詰問される」ようなものだ。最悪の修羅場である。


「……私が一緒に行く」


不意に、ウァレリウスが口を開いた。


私とポンポニア様が一斉に彼を見る。


「ウァレリウス? 貴方、監察庁の長官でしょう? 後宮への立ち入りは制限されているはずですけれど」


「監察庁長官としての権限を行使する。テレンティウスの謀叛事件の関連取り調べという名目をつければ、皇太后の宮であっても警護として同行することは可能だ」


ウァレリウスは私の方へ一歩踏み出し、私の目をじっと見つめた。


「お前は以前、私に言ったな。『毒が本当に効くかどうか、特等席で見届けろ』と。……皇太后相手に、お前のその『減らず口』と『悪知恵』がどこまで通用するか、見物させてもらう」


言葉は相変わらず意地が悪い。

だが、その瞳の奥にあるのは明確な「保護」の意図だ。私を一人で危険な場所に赴かせないための、彼なりの不器用な配慮。


(……なによそれ。冷酷な死神のくせに、変なところで過保護なんだから……)


胸の奥が、ほんの少しだけ小さく跳ねた。

いやいや、勘違いするな私! 相手は氷の監察官だ。命を守るための業務提携に過ぎない!


「分かりましたわ!」

私は立ち上がり、ドレスの裾をキュッと握りしめた。


「行きましょう、後宮へ! バカ王子のババアだろうがなんだろうが、前世の修羅場で培った『クレーマー対応テクニック』で、返り討ちにして差し上げますわ!」



午後。王城の深奥に位置する「紫苑宮しおんきゅう」。


そこは豪華絢爛な王城の他の区画とは一線を画す、どこか湿り気を帯びた重苦しい空気が漂う場所だった。

立ち並ぶ侍女たちは皆、無表情で機械のように深く頭を下げ、足音一つ立てない。


案内された大広間の奥。

いくつもの高級なシルクのカーテンの向こう側に、黄金の椅子に深く腰掛けた老貴婦人がいた。


それが、皇太后ルキッラ・アルビヌス。


紫の重厚なドレスを纏い、目元には深いシワが刻まれているが、その鋭い眼差しは猛禽類そのものだ。手には宝石が散りばめられた杖を握り、周囲には厳めしい表情の老侍女たちが侍っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ