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「貴女が昨夜、大広間の大衆の前で宣言した『豚肉の塩漬けアリバイ』と『鼻先ダイブ自爆証言』があまりにも具体的で強烈でしたでしょう? 厨房のコック長や近衛騎士の証言も完全に一致し、殿下の『ウアルバナに操られていた』という主張は、ただの妄想、および自己保身のための見苦しい嘘であると全会一致で判明いたしました」
「そ、そうですか……それは良かったです……」
「ええ。その結果、国王陛下は激怒。ドミティウス殿下の立太子は見送られ、廃嫡の手続きが急速に進められております。さらには、彼が今まで貴女(と自分)のために浪費していた公金の補填として、彼の私財は全て没収。極寒の北部国境地帯にある修道院へ、一生の幽閉が決まりましたわ」
(速ッ!! 処分が決まるの早すぎない!? どういう世界よ……)
しかし、さすがは公爵家&国王の手際だ。一日で一国の第一王子を社会的に抹殺完了である。まさに「ざまあ」の極致。
「これで、ドミティウスという愚か者は我が国の歴史から消え去りました。……ですが、ウアルバナ様」
ポンポニア様が、スッと瞳を細めた。
その圧迫感に、私は思わず生唾を呑み込む。
「貴女の処分が、まだ決まっておりませんの」
「……はぃ?」
「貴女は元々、ドミティウス殿下を籠絡し、我がコルネリア公爵家を陥れようとしていた『謀叛の協力者』。昨夜の手のひら返しは見事でしたが、それだけで今までの不敬罪や詐欺罪が帳消しになるわけではありませんわね?」
ひやりと、冷たい汗が背中を滑り落ちる。
そうだった。
いくら昨夜、王子のハシゴを外して自爆回避をしたとはいえ、前世の記憶が戻る前の私がドミティウスと一緒にポンポニア様を陥れようとしていた事実は消えないのだ。
ポンポニア様は、私を助けるために呼んだのではない。
私という「毒」を、どう処理するか、あるいはどう利用するかを見極めるために、ここに呼んだのだ。
(ここで回答を誤れば……即、処刑か鉱山送り……!!)
私の脳内がフル回転を始める。
社畜時代、数々の炎上プレゼンを潜り抜けてきた危機管理能力が、限界突破のスピードで思考を弾き出す。
「ポンポニア様」
私は姿勢を正し、まっすぐに彼女の目を見つめた。
「仰る通りでございます。前世……いえ、昨夜までの私は、己の浅はかな欲心から殿下に同調し、ポンポニア様及び公爵家に多大なご迷惑をおかけいたしました。万死に値する罪でございます」
まずは全面謝罪。言い訳は一切しない。ビジネスにおける基本中の基本だ。
「ですが、一つだけ申し上げさせてください。私は『ドミティウス殿下』という男個人に忠誠を誓っていたわけでも、愛していたわけでもございません。私はただ、己の生活を向上させるための『最も効率的な手段』として、彼を利用しようとしていただけに過ぎません」
「……はあん」
ポンポニア様が、かすかに興味深そうに眉を上げた。
「つまり私は、欲望に忠実な『利害の犬』でございます。そして犬は、飼い主が愚かであれば噛みつきますし、飼い主が圧倒的に優秀であれば、喜んで尻尾を振って忠義を尽くします。昨夜、私が殿下のハシゴを外したのは、彼が『沈む泥船』であり、ポンポニア様こそが『勝ち馬』であると確信したからです」
「くすっ……」
ポンポニア様の口元から、小さな笑い声が漏れた。
「自分を『利害の犬』と切って捨てるかしら、普通? でも……面白いわね。貴女のその清々しいほどの悪徳と、土壇場での冷酷な状況判断力。私、嫌いじゃありませんわ」
勝機が見えた。
私は間髪入れずに畳みかけた。
「ポンポニア様。ドミティウス殿下が失脚した今、王位継承権は第二王子であるクイントゥス殿下に移るはずです。ですが、国内にはまだ旧ドミティウス派の残党や、公爵家の権勢を面白く思わない反動勢力が潜んでいるはず。……彼らは必ず、泥を塗られたドミティウス殿下の代わりに、新たな『反公爵家の旗印』を探そうとするでしょう」
ポンポニア様の目が、一瞬で鋭さを増した。彼女の政治的関心に直撃した証拠だ。
「私は元々、ドミティウス殿下の側近や、彼の周りにいたバカな貴族たちの『裏の人間関係』『誰が誰の弱みを握っているか』『誰が金で動くか』を熟知しております。何せ、彼らを口車に乗せるために、あらゆる情報を集めておりましたから。……私を公爵家の『裏の情報攪乱役(参謀)』としてお使いくだされば、反公爵家派の動きを事前に察知し、内部から潰してみせます!」
自分を売り込む。
ただの改心した被害者ではなく、「手元に置いておくとめちゃくちゃ役に立つ毒薬」としてプロデュースするのだ!
沈黙が落ちた。
応接室の中に、重苦しい空気が充満する。
ポンポニア様は静かに私を見つめ、思案するように美しい指先で顎を撫でている。
(頼む……! 買ってくれ! 限界社畜の生存プレゼン魂を受け取ってくれぇぇぇ!!)
どれほどの時間が流れただろうか。
ポンポニア様が口を開こうとした、その時。
「――実に興味深いプレゼンテーションだな。己の性悪さを隠しもせず、武器として売り込むとは」
応接室の影――重厚なベルベットのカーテンの陰から、冷たく澄んだ男の声が響いた。
「ひっ!?」
驚いて振り返ると、そこから一人の男が歩み出てくるところだった。
漆黒の髪を短く整え、隙のない紺色の軍服のような衣装を纏った若者だ。
彫刻のように美しい顔立ちをしているが、その瞳は氷河の底のように冷たく、一切の感情を差し挟まない厳しい光を放っている。
腰には細身の飾りのない剣。そして胸元には、帝国監察庁の長官を示す銀の鷹の章。
(誰……!? いつからそこにいたの!? 全く気配がなかったんだけど!!)
ポンポニア様が、困ったように溜息をついた。
「ウァレリウス。盗み聞きとは悪趣味ですわよ?」
「盗み聞きではない、ポンポニア。公爵閣下の命により、この部屋の安全を確保していただけだ」
ウァレリウスと呼ばれた男は、一歩一歩、確実な足取りで私へと近づいてきた。
その圧倒的な威圧感に、私の全身の皮膚が粟立つ。
(ウァレリウス……? 確か、ウァレリウス・フラウィウス伯爵……!? 若干二十二歳にして帝国監察庁の頂点に立ち、『帝国の冷徹なる天秤』と恐れられている、あのウァレリウス!!)
前世の私の乙女ゲームの知識にはないポジ男だ。だが今世の記憶によれば、この男は皇族すら容赦なく取り調べる、絶対的な法執刑者。貴族たちからは「死神」と恐れられている存在だった。
ウァレリウスは私の目の前で立ち止まると、見下ろすように冷ややかな視線を注いだ。
「ウアルバナ・セルウィリア男爵令嬢。……なるほど、ドミティウスの愚行の裏にいた小悪魔か。昨夜の立ち回りといい、今の自己アピールといい、舌回りだけは一流だな」
「は、はあ……お褒めいただき光栄です(絶対に褒めてない顔をしてる!! 怖い……)」
ウァレリウスはスッと身を乗り出し、私との距離を詰めた。
彼の長いまつ毛や、冷たい氷灰色の瞳が至近距離に迫る。整いすぎた顔面国宝な容姿に、一瞬息が止まりそうになる――が、その瞳の奥にあるのは明確な「疑念」と「観察」だ。
「だが、一度主を裏切った犬は、二度目も容易く裏切る。……ポンポニア、こんな女を側に置くのは危険だ。今すぐ処刑するか、監察庁の地下尋問室へ送るべきだな。私が三日で全ての秘密を吐かせてやる」
(なんてこと言うの! この人! 尋問室!? 三日!? 嫌だああああ! 私にも人権があるのよ!)
「まあ待ちなさいウァレリウス」
ポンポニア様が助け船を出してくれた。神様仏様ポンポニア様!!
「毒は使いようですわ。それに、彼女の言う通り、彼女ほど『バカな男たちの扱い』に長けた人材は、我が公爵家に居ませんもの。……ウアルバナ様」
ポンポニア様が私に向かってニッコリと微笑んだ。
「合格ですわ。貴女を我がコルネリア公爵家の『特別参謀』として雇用いたします。給与は破格、実家の男爵家の援助も約束しましょう。……ただし」
ポンポニア様は一転して、サディスティックな笑みを浮かべた。
「貴女の『教育』および『監視』は、そこにいるウァレリウスに一任しますわ。彼を満足させられないようなら……いつでも地下尋問室行きですわよ?」
「え……」
私が絶句すると、ウァレリウス伯爵がフッと口角を上げた。
その笑みは、美しいが寒気がするほど冷たかった。
「……なるほど、悪くない。この女が再び裏切るか、それとも公爵家の役に立つ毒となるか……至近距離で監視させてもらうとしよう」
ウァレリウスが私の顎に手を伸ばし、グッと持ち上げた。
彼の冷たい指先が肌に触れ、心臓が跳ね上がる。恋愛感情なんかじゃない、生存本能的な恐怖の跳ね上がりだ!
「覚悟しておけ、ウアルバナ。私の前で一度でも本性を出せば、その瞬間に首を撥ねる」
「は、はいぃぃぃぃぃっ!! 忠誠を尽くしますぅぅぅっ!!」
こうして、前世の記憶を取り戻し、無事に「ざまあ」の巻き添え破滅を回避したはずの私・ウアルバナは。
帝国の影の支配者たる公爵令嬢と、冷酷無比な氷の監察官という、最凶の二人組に挟まれながら、命懸けの異世界社畜生活をスタートさせることになったのだった――!
(助けて前世の私! 異世界の参謀生活、難易度ハードモードすぎるんだけどぉぉぉぉっ!!)




