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色相異譚 ――静かな終末短編集――  作者: 月城玉菜
第一色 レッドカーペット―― Red Carpet――
6/7

episode 2

 暑さで目が覚めた。


 Tシャツが背中にべったり張り付いて、額に汗がにじんでた。エアコンはちゃんとついてるし、設定温度も二十四度のままなのに、暑い。  

 なのに、窓の外が白かった。


 雪だった。

 わいは布団の上に座ったまま、しばらく外を見てた。驚きはもうなかった。「またか」って思っただけ。それが怖いとも感じなかった。ただ、今日も何着ていけばいいかわからんな、と思った。それだけだった。


 街灯の下に雪が降ってるのを見たあの日から、数週間経ってる。今は雪を見ても何も湧いてこない。驚かんくなったんじゃなくて、もう疲れてた。


 学校は週に二回くらい休校になってた。

 理由はそのたびにバラバラだった。熱波警報が出た日もあれば、寒波で電車が止まった日もあった。停電で空調使えなくなった日、水不足で午前中で終わる日。先週なんか理由が多すぎて、もう何が来てもまたかって思っただけ。


 登校した日の教室は、場所によって温度が全然違った。廊下は寒くて、窓際の席だけ蒸し暑い。一階は冷え冷えで、二階はむわっとする。同じ建物の中で上着脱いだり着たりしながら移動してた。

 誰も「変だな」って言わなくなってた。もう誰も気にしてなかった。


 わいは朝から頭が少し痛かった。最近ずっとそうだ。汗かいたと思ったら急に寒気して、夜は眠れたり眠れなかったり。周り見ててもみんな似たような顔してた。

 保健室のベッドがいつも埋まってて、理由聞くと大体「体調不良」「頭痛」「寝不足」。

 わいだけじゃないってわかって、ちょっとだけ安心した。でも安心するのもおかしいよなって思った。


 昼のニュースは毎日同じようなことばっかりだった。

 作物被害、鶏の大量死、牛乳不足、野菜の値上がり。アナウンサーが淡々と読んでて、教室のみんなも特に反応しない。

 誰かが「また野菜か」とぼやいて、誰かが「もう慣れたわ」と返す。大騒ぎする気力すら、みんななくなってた。

 疲れて静かになってるのか、静かだから余計疲れてるのか、わからん。


 帰ったら母親がスーパーの袋を持って帰ってきた。袋が軽い。


「何にもなかったわ」


 それだけ言って冷蔵庫開けた。野菜棚がスカスカで、モヤシと賞味期限近い豆腐しかなかったって。


 わいはコンビニ寄った。飲料棚がまた偏ってて、スポーツドリンクが全部なくなって炭酸だけ残ってる日があった。次の日は氷が売り切れてカイロだけ山積み。昨日と今日で棚の顔が全然違う。

 補充が追いついてないのか、何が売れるかわからなくなってるのか、どっちかやろな。


 ニュースで北海道が四十度超えたって言ってた。次の日、沖縄で雪が降った映像が流れた。沖縄の人が雪踏んでて、表情が固かった。笑ってなかった。


 さらに変になってきたのは、同じ町の中でも温度が違うことだった。

 ある日の帰り道、駅前の交差点過ぎたあたりで急に汗だくになった。夏みたいな空気。角曲がった瞬間、息が白くなった。数歩進んだらまた暑くなる。わいは立ち止まって、前と後ろ交互に見た。同じ道の、数メートルだけで温度が変わってる。

 境目がどこかわからんかった。


 翌朝、福田から「川沿い全部凍ってるで」ってメッセージ来た。わいのいる側は普通に暖かいのに。同じ町の話やのに。

 学校での会話も変わった。


「今日どっち?」

「駅前やばい、死ぬほど暑い」

「南側の歩道、凍ってるから気ぃつけや」

「商店街だけずっと霧出てるわ」


 そればっかり。他の話が出てこなくなった。話すことないんか、話す気力ないんか、たぶん両方や。

 体育は完全になくなった。修学旅行も中止。部活も停止。午前授業だけが続いて、学校は開いてるのに、もう前と違ってた。


 わいは自分の体の感覚もよくわからなくなってた。手は冷たいのに額に汗。息が白いのに体は熱い。寒いんか暑いんか、どっちにも決められへん。体温計見たら平熱。でも感覚は平熱じゃなかった。どっちを信じたらええんかわからん。


 停電も増えた。

 夜中に突然エアコン止まって目が覚めるのが週に何回かあった。暑くて起きる夜と寒くて起きる夜が交互に来て、どっちにも備えられへん。


 ある夜、また停電で目が覚めた。

 窓開けた。

 向かいの家の屋根だけ雪が積もってた。道路のこっち側は陽炎が揺れてる。夜中の暗い中で陽炎が見えた。向かいは雪、こっちは陽炎。同じ夜の、同じ通りやのに。

 わいはしばらくそれを見てた。何か考えようとしたけど、何も浮かばなかった。


 その後、学校が完全閉鎖になった。

 オンライン授業になったけど、回線不安定で映像がよく止まる。先生の声も半分くらいしか聞こえへん。質問する気にもならんかった。

 家にいる時間が増えて、父親がニュース見ながら無言でいることが多くなった。何か言おうとしてやめてるみたい。母親の買い物の量が減って、食卓に出るものが変わった。会話も減った。


 未来の話、誰もしなくなった。来月どこ行こうとか、夏に何かしようとか、そういう言葉がすっかり出なくなってた。気づいたらそうなってた。


 夜中の三時頃、また目が覚めた。

 静かすぎる。エアコン止まってる。停電や。


 窓開けた。

 街全体が白かった。

 雪が積もってる。屋根も道路も電線も全部白い。でも暑かった。窓から入ってくる空気が熱くて、汗が首筋を流れた。雪が積もってるのに、外は熱い。

 遠くでサイレンが聞こえた。しばらく続いて、途中でぴたっと止まった。何のサイレンかも、止まった理由もわからん。

 街灯の下を見た。アスファルトが凍って白く光ってる。でもその周りで陽炎が揺れてる。凍った地面の周りで陽炎が立ってる。

 窓ガラスに手を触れた。冷たい。でも掌から汗が一滴、ガラスを伝って落ちた。


 部屋の中でラジオかテレビの音がした。停電のはずなのに、どこかから音だけが聞こえる。


「本日の危険温度帯——」


 ノイズが入って、音が消えた。

 窓の外の雪は、まだ降ってた。暑かった。汗が出た。


 今日が何度なのか、わいにはわからなかった。たぶん誰にも、もうわからんかった。

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