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色相異譚 ――静かな終末短編集――  作者: 月城玉菜
第一色 レッドカーペット―― Red Carpet――
5/7

第三色 イエローライン――Yellow Line episode 1

 五月の中旬に、こんなに暑くなるとは思っていなかった。


 朝、玄関を出た瞬間、熱い空気が顔にべったり張り付いて、思わず一度中に戻った。上着を脱いで、もう一度ドアを開けた。シャツ一枚でも暑かった。五月にこれは絶対おかしい。

 でもおかしいと思いながら、そのまま駅に向かって歩いた。


 駅前のコンビニに寄った。アイスのケースの前で少し迷って、一番安いやつを取った。レジに並んでいると、後ろから肩を叩かれた。同じクラスの福田だった。


「アイス? まだ五月だぞ」

「昨日まで寒かったのにな」

「ほんとそれ。意味わかんねえよな」


 福田はチョコレートを一本買って、並んで歩き始めた。アイスを食べながら登校するなんて久しぶりだった。溶けるのが早くて、手がべたべたになる。


 教室に着くと、窓が全部開け放たれていた。それでも空気がほとんど動かない。扇風機が前と後ろに一台ずつ回ってるけど、風が届く席と全然届かない席がはっきり分かれてた。

 わいの席は中途半端なところで、風が来たり来なかったり。シャツが背中に張り付いて、剥がしてもまたすぐに張り付く。


 衣替えしたばかりだった。先週まだ肌寒いと思って夏服に替えたのに、一週間でこれかよと思った。

 一時間目の途中、先生が教卓の端でこっそりタオルで首を拭ってるのが見えた。生徒もほぼ同じ。


 誰かが「体育中止にしてください」とぼやくと、先生は苦笑いしながら「校長に言えよ」と返した。

 結局体育は中止になった。熱中症注意だって。窓から校庭を見たら、陽炎が揺れてた。五月の校庭で陽炎なんて、初めて見た。


 昼休み、教室のテレビが勝手にニュースに切り替わった。

 記録的高温、電力逼迫、野菜の値上がり。アナウンサーが淡々と読んでた。

 誰かが「野菜高くなるのやばくね?」と言ったら、別の誰かが「どうせすぐ元に戻るだろ」と返した。わいも本気で聞いてなかった。

 福田が弁当の卵焼きを箸で半分に割りながら言った。


「昨日寒くて今日これだよな。これも温暖化?」

「足して二で割ればちょうどいいのにな」


 みんなで少し笑った。


 帰り道、空の色が少し変だった。

 西の空が黄色っぽい。黄砂かと思ったけど、風はほとんどなくて、あったとしても熱かった。夕方の風って普通涼しいはずなのに、乾いた熱気が顔に当たる。

 家に帰ってエアコンをつけて、設定温度を下げたまま寝た。


 翌朝、目が覚めたら寒かった。

 息が白かった。本当に白かった。五月に自分の息が白いのを見て、一瞬夢かと思った。

 窓ガラスが内側から曇ってる。制服の上にパーカーを羽織っても、まだ少し震えた。


 登校途中、水たまりの端に薄い氷が張ってた。踏んでみたら、ちゃんと割れた。昨日アイス食べながら歩いた道で、今日は氷を踏んでる。


 朝のニュースは「急激な寒暖差にご注意ください」って言ってた。まだその程度の話だった。


 学校に着くと、半袖のやつとダウンジャケットのやつが同じ教室にいた。暖房が入ったけど途中で止まって、午後から保健室に行く生徒が何人か出た。わいはそこまでじゃなかったけど、なんとなく疲れてた。

 昨日と今日で使うものが全部違う。それだけで体力がじわじわ削られる感じがした。

 その後、数日間、同じようなことが続いた。


 真夏日になる日があって、翌日は急に低温。雨が降ったと思ったら次の日はカラカラに乾燥して唇が裂けた。朝に天気予報見ても、外に出たら全然違う。予報が外れてるんじゃなくて、気温自体が予測不能になってるみたいだった。


 コンビニの飲料棚もおかしくなってきた。スポーツドリンクだけ空っぽでホット飲料の棚が残ってたり、翌日は逆になったり。学校の予定も何度か変わった。母親が冷房器具買いに行ったら量販店で売り切れだって言ってた。


 何を着ればいいかわからなくなった。前の日に「明日は暑そう」と思って薄着準備しても、朝起きたら寒くて慌てたり。その逆もあった。

 玄関を開ける前に、一回止まる癖がついた。考えても、外に出てみないと結局わからない。


 ある夜、ニュースで隣県の映像が流れた。

 向こうは猛暑で、インタビューされてる人が半袖で汗拭いてた。テロップに36度って出てた。窓の外、わいの町では吐く息が白かった。


 SNSを見ると、全国から似たような投稿が溢れてた。「意味わからん」「雪降ってる」「季節壊れてるやろ」。みんな笑い飛ばすような書き方してたけど、写真は本物の雪だった。


 その夜、暑さで目が覚めた。

 汗びっしょりでシャツが濡れてた。エアコンが止まってて、室温計は38度。電源落ちてた。窓を開けた。外の空気が熱かった。夜中の二時に、昼間みたいな熱気。街灯の下を見た。


 雪が降っていた。

 街灯の光の輪の中だけに、白いものがゆっくり落ちてた。その外側は、暗かった。

 アスファルトは熱で揺れてるみたいだった。雪は地面に着く前に消えてた。


 わいはしばらく窓の外を見てた。  寒いのか暑いのかもわからなかった。ただ、街灯の下だけに雪が降ってた。それだけが見えてた。

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