8.邪魔者
「ローズか。入りなさい」
いつもより優しい声でお父様はローズを呼んだ。入ってきたローズはドレス姿にストールを纏い、大切そうに……ランスに寄り添われ、入ってくる。
「ランス…ローズ……どうして…」
2人の姿に声が震えてうまく出てくれない。
「お、お姉様」
ローズは怖がるように身をすくめ、ランスに身を寄せる。蝋燭の灯りだけが揺らめく暗い部屋、ランスの表情は見えない。
「ローズ、ランス、どうしたのだね」
「ランスが帰るから……お父様に御礼と御挨拶をと思って……」
「そうか」
ランスはローズと寄り添ったまま丁寧に挨拶をする。いつも心にすっと沁みてくる愛しい人の声、そのはずなのにどこか遠くて、何を言っているのか、心に一つも響かなくて。
「何もかも、全てはこれからだからな。両家の繁栄の為に努めてくれ」
「はい、かしこまりました」
「ローズも。ここは冷えるだろう、暖かくしてゆっくり休むように……ランス、部屋まで送り届けてくれるな」
「はい。ローズ、行こうか」
お父様もランスもローズをいたわるように、ひどく優しく声を掛ける。
「ですがお父様……」
そしてローズの声も。か細く弱くしおらしく、今まで一度も聞いた事がない守られている女性そのもので。
「さぁ、下がりなさい。夜更かしは身体に障る……もうお前一人の身体ではないのだから」
「ご配慮いただきありがとうございます」
ランスはローズの代わりにお父様に返事をすると、ローズの耳元で何か囁やき、一礼して部屋を出ていった。
いつの間にか、目に熱いものがこみ上げてきて視界が揺れる。
「おい、その者をつまみ出せ。邪魔だ」
放心の私は執事に腕を掴まれてつまみ出される。ここに来た時の威勢は消えて頭の中は真っ白で……それでも。
「お聞かせください、お父様。なぜ! なぜ私が生贄に……どうして私でなくローズなのですか!! 」
身体は動かなくても声は叫んでいた。
「お父様! お父様!! 」
どんなに叫んでも答えは聞けぬまま、父の背中が遠ざかり、扉は固く閉ざされてしまう。
「バッカみたい。ふふ……でもせいせいするわ」
どこからか聞こえてくる声を確かめる間もなく袋詰めにされて夜遅く、馬車に乗せられた。
長く住み慣れた屋敷、愛着のある部屋、サラに髪を梳いてもらう心癒されるひとときも永遠に失い……もう二度と戻ってこない。
そしてそれ以上に。
愛していた、誰より大切な人が……とめどなく涙が溢れて止まらない。蘇ってくる幸せな時間、出逢った日、一緒に舞踏会を抜け出した時の事、森で迷った私を探しに来てくれた事……愛していると、ずっと一緒だと誓ったのになぜ。
どこかの屋敷の囚人小屋らしき所で袋から出された。
「騒ぐと痛い目に遭いますよ」
鉄の檻に囲まれて手枷と、足枷をはめられる。
干し草が素足を刺して頭がずんと痛んで重い。目が腫れて燃えるように熱く……私は今朝の私が想像もしていなかった未来に突き落とされた。
「いつまでも泣いてんじゃねぇ、鬱陶しい」
前世で言われ慣れたのと同じ言葉、それでも流れ出る涙に。
「鬱陶しいっつってんだろ!! 」
腰を蹴られ、転ばされる。
「やめとけよ。大事な生贄様だぞ。隣国の怒りを買ったらこの国は火の海かもしれない、いや……必ずそうなる」
「わかってるよ、その為の貢ぎ物なんだろ」
「あぁ、そうだ。どんな化け物か知らないが生贄が気に入らないと大暴れするらしいぞ」
兵士達はそう言って鍵を閉め、どこかへ消えた。
鉄の檻、格子の前には看守がいる。
騒げばどうなるか分からない、それでも思いのまま、ただ悲しみに暮れ、絶えず私は泣き続けた。




