84.冷酷で残忍な王
鞭から見つかった粉が決め手となり、カメリア達は投獄された。
バッカスはザイエンの地位を剥奪、領土を正式に併合する事で軍を自らの指揮下に置いて、難題と考えられていたセナ山の事故を三日という速さで収束。
国難を回避し、バッカスは王として成功した。
しかし、眠るリリーの横顔を眺めるバッカスの表情は無に近く、いつになく深く塞ぎ込んでいる。
「さぞお辛かったでしょう……」
サラの言葉に心を刺され、エランの意味ありげな眼差しにも気付かない。
窮地の中でエランが立てた計画により、怪我は軽い火傷だけだった。
炎がリリーを襲う直前に煙幕で姿を隠し助け出す──全てが完璧で想定通りに進められた。
それなのに、リリーは三日経った今も眠ったまま、目覚める気配は一向にない。
「信じていました……今度こそリリー様は幸せに…心から大切にしてくださる御方と結ばれたのだと……」
悲嘆に暮れるサラ。看病の手は止めないものの涙と眠れずにいる事で、目を赤く腫らして。三日も様子を見に来なかったバッカスを咎め、怨み言を。
「これではランス様と同じ……いえ、生きたまま燃やそうとするなんて、あの人より酷い」
「サラさん」
怒りを含み過激になっていく言葉をエランが止めようと呼びかけるもサラはバッカスを睨み、止めようとはしない。
「こんな仕打ちを受けるなんて……思ってもいなかったでしょうに……」
計画を未だ知らされていないサラはバッカスを責め続けるも、その言葉はエランの心を意図せずして刺している。
「生きたまま火をつけるなんて、どうしてそんな惨い事ができるの……」
「サラさん、それは私が」
「そうだな……」
エランの言葉を遮って、バッカスが初めて口を開いた。
「夫でいる資格などない……残忍な男だ」
ぼそりとそれだけ呟いてバッカスは立ち上がる。
「逃げるのですね……リリー様は最後に王様の名をお呼びになって気を失われたのですよ? 王だというのなら、力があるなら何とかしてください、早く……リリー様を元に戻して……」
泣き叫ぶサラの声を背に聞きながら無言のまま──バッカスは去っていった。
その姿に、サラだけでなく長い付き合いの侍女達までもが軽蔑の視線を向ける。
“生きたままの妻を焼いた”
“王はやはり冷酷で残忍な男だった”
処刑場での事はすぐさま広まり、バッカスは再び冷酷で残忍な王と恐れられるようになってしまった。
「王様……」
その背中を急いで追い掛けたエランが、ようやくバッカスに追いついてその前に跪く。
「私を火炙りに。王様に汚名を着せ、王妃様を命の危機に晒しました。罰を、お与えください」
いつになく畏まった様子で腹の底から声を出し覚悟を伝える。
しかし、バッカスがそれに答える事はなかった。
「お待ちください、王様!! 」
呼びとめる声に一言だけ。
「リリーを頼む。サラと共に励んでくれ」
力無く呟き、去っていった。
バッカスは寝食を忘れ政務に励んだ。
汚職や贈賄などの罪を暴いてカメリア派の官吏を一掃し、先王暗殺に加えてリリーに対する企ての調査を進めると同時に要職の人事を一新、世継ぎとなる皇太子の座に第二皇子ラドの長男レイトンを据えた。
表情は変わらず無のまま、冷酷で残忍な王として根回しも忘れず。
「これが……何かわかるな」
手にしているのは王妃暗殺を命じた密書と剣。
「へぇ……兄貴の奴、よほどあの女を殺したかったんだな。それとも嫁に仕組まれたか? 」
カラカラと馬鹿にしたように笑うラド。バッカスはそのまま剣の柄に巻かれた布を引き裂く。
現れたのは紫色の柄にラド軍の証である蛇の紋章、そして密書を日に翳せば同じ紋章の透かしが浮かび上がった。
「し、知らねぇよ、そんなもん!! それに兄貴の字だろ、そ、そうだよ、仕組まれたんだ、あの馬鹿兄貴に」
「そうか……ならこの剣の持ち主の首を出すまでだ」
声が、冷たく響き渡る。
「二度と、王妃に手を出すな。おとなしくしていれば、このまま世継ぎの父で居させてやる」
これまで力で叶う事のなかった兄を黙らせて、バッカスは去っていく。ラドがゲイクより狡猾で現実的な判断をすると踏んでの威圧、そしてその読みは当たる。
「へっ……偉そうな口利きやがって。まぁ…いい、面倒事はごめんだ。隠居して旨い酒でも呑んで暮らすか」
まるで霧が晴れていくように政敵が退いて、バッカスを遮る者は居なくなった。
それでも、リリーは戻ってこない。
深夜、バッカスはリリーを訪ねた。
人払いをして二人きりになるけれど無表情のまま語りかけるわけでも、手に触れるわけでもなく、眠ったままの横顔を眺め続ける。
月明かりが、その姿を優しく照らす。
「わかっている……わかっているのだ、頭では……離れるべきだと……」
苦悩が、ぽつりとこぼれ落ちる。
「だが…どうしても……どうしても離れられぬ」
声は、微かに震えていた。




