↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/87

82.作られた罪


「王様……」


 呼ぶ声はかすれ、遠く離れたあの人に届く前に消えていく。


 もう二度と、届くことはないのかもしれない。隣にいて笑みを交わす事も……剣を持ち、乗り込んできた姿が遠く小さく涙で揺らめく。


「ちょうど処刑するところだ。見てけよ」


「処刑……だと? 」


「えぇ、止めても無駄よ。もう大臣達も承認済み」

「さよう」


 一歩前に出たカメリア様を遮る野太い声。


「若き王バッカスよ、お前の寵妃(ちょうひ)が私の可愛い娘に傷を負わせた。代償を……払うべき立場だという事は、わかるな」


 老獪(ろうかい)なる声が不気味に響いて、私達の終わりを知らせる。


 ゲイク皇子とカメリア様の莫大な力も、数ある連合国の中でもあの国だけがまるで独立国かのように先王と対等に渡り合えた理由が、今わかった。


「わからぬと言うのなら、こちらにも考えがある。国より大事な娘の命が危険に晒されたのだからな」


 年老いた為政者の言葉は、私一人の命では済まされない事を示している。


「……好きにしろ」


 もう私を見る事もなかった。


 身を翻して背を向ける姿、その心も息遣いも、感じられない。


「賢明な判断だ。お前の父もこうして何人でも妻を殺した、自分が王でいる為にな」


「だが、場所は変えろ。厳粛な政(まつりごと)の場を血で汚(けが)すことは許さぬ」


「あぁ、それがいい。広場に処刑場を作る事にしよう。剣裂きより火炙りの方が女にはいい、業火に飲まれていく叫びはたまらんものがあるからな」


 要求が通り、嬉しそうな彼等に何ひとつ言う事なく出ていく姿。


 今更何を言っても信じてもらう事などできないだろう……そして、望んではいけない。


 私の罪は、誰よりあの人が知っているのだから。


 私は、確かに人を殺(あや)めた。

 


 処刑場は宮殿の門前にある広場に、王妃の罪を広く国民に知らしめるべく作られた。


 あの日と同じ軽蔑の眼差しが、ひそひそと噂する声が音になって……でも怒りはもう起きない。


 罠だと、仕組まれたのだとわかっていてもそれを叫ぶだけの気力は、もうない。


「はい、確かにこの目で見ました」

「えぇ、どこまで行くのかと問われたカメリア様に突然、王妃様が殴りかかり……御守りする間もありませんでした」


 演劇のように繰り広げられる公開裁判。根も葉もない証言、それは私を捕らえたカメリア様付きの兵士から。


「私(わたくし)はカメリア様の傷を診察しましたが手首に深い創傷があり、よほど強い力で……まさか、このような目に遭わされるなどと思わず心を開いてお接しになられたカメリア様が実においたわしく……」


 続いて証言した医官はさめざめと涙を流し、どこからかすすり泣く声が聞こえてくる。


「その女を処刑しろ!! 」

「王妃にふさわしいのはカメリア様だ!! 」


 民の怒りはいつも、恵まれない暮らしから生まれる。


 私の罪が作られたものでも、私と王様の治世が認められる前に国に混乱を招いてしまった。


 私の死後も、きっと王様は今日の出来事に苦しみ続ける。


 (バッカス様……)


 玉座に座る姿を見る事も叶わず、とうとう足元に台座が運ばれてくる。火が横に燃え広がるのを防ぎ上に昇る為の。


「あぁ、心優しきエスペランサの民達よ。我が娘は亡き母に似て非常に慈悲深い心を持ち、それゆえ何度も人に裏切られてきた……此度もそうだ。娘の所持品を何度も盗んでは売りさばいていた侍女の将来を案じ、罪を減じてやろうと鞭(むち)を打った。それを王妃に騒ぎにされたのだ」


 群衆の中から上がるざわめき。


「さよう、宮殿は怖い所だ。王や神に仕える身として常に己を律していなければならぬ。鞭打(むちう)ち如きで音を上げているようでは務まらんのだ」


 老獪な本性を隠し柔和な笑みで語りかけるザイエンは、民の恐怖や反感さえ利用して私を潰しに来た。


 こうして国を……乗っ取るつもりなのかもしれない。


「その侍女も娘の慈悲深い心に今は大変、感謝しておるという。さぁ、こちらへ」


「カメリア様にお慈悲をいただき、誠にありがたく思っております。鞭(むち)で打たれた事も、私への温情と伺いました。できる事ならあの日あの時に戻り……私がカメリア様を御守りしたい……」


 涙に濡れる声は彼女の罪も、人を鞭で打つという行為さえも正当化して忠義の美談に変えてしまう。


 もちろん作り話であり、宮殿勤めの侍女でさえない。


「ザイエンよ」


 それまでずっと黙っていた、あの人の声が響いた。


「どうされましたかな」


「私からもその者に話を聞きたい」


「王様、この期に及んで下手な時間稼ぎは」

「火をつけろ」


 またざわめきが起こり、足元で兵達が動く。


 見えない。


 ただざわめきが、本当に火をつけたぞと王が自ら処刑したぞと、身に起こる状況を知らせるだけで。


 木が、バチバチと小さく爆ぜながら音を立てて燃える。


 迫ってくる。


「ーーーーー使っているのか」

「はい、王様……」


 話す声は遠ざかり、何を言っているのかも。


 そして火の粉が、足に当たった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。