79.縁の鎖
バチン!!
左耳のすぐ近くで音が爆ぜて、痛みと熱感が遅れてやってくる。
何が起きたのかあまりにも唐突で、わかるのは目の前にカメリア様が立っている事だけ。
「リリー様、お怪我は」
「大丈夫よ」
頬を叩かれた私を守るように立ちはだかってくれたサラは突き飛ばされ、その先にあったチェストに激しくその身をぶつけてしまった。
「サラ!! 」
駆け寄るとその額からは、血が。
「リリー様は…私が……」
「サラ、いいから動かないで」
白いレースのハンカチが、みるみる赤く染まっていく。
「なぜ……どうしてこんな事を……」
汚い、卑しい物を見るような眼差しに怒りが沸々と沸いてくる。
「何よ、文句でもあるの。公爵令嬢なんて所詮、役人の娘じゃない」
鼻で笑って取り出したのは黒く、使い古された革の鞭。
「私は生まれながらの王族よ。この宮廷で誰が一番偉いのか、思い知るがいいわ」
振り下ろされる鞭はサラめがけて……とっさに覆い被さると背中に激しい衝撃が走る。
「うっ……」
「リリー様、リリー様」
「邪魔よ、どきなさい」
「いいえ、どかないわ」
また鞭が向かってくる……思わず目を瞑り、ぐっと身構える。
「王妃様を御守りしろ!! 」
衛兵達の声に大勢の足音が響いて、目を開けるとカメリア様と私達をぐるり取り囲んでいた。皆、カメリア様に剣を向けている。
「あら、鞭ごときで兵まで出すなんて……それともこの機会に私を殺すつもりかしら」
「皆、剣を収めて」
「できません。何かあれば全力で御守りせよと、王様の御命令です」
「そう……なら、それを連れて行くわ。下働きの一人や二人、死んでも構わないでしょう? 」
「いいえ、ここにいる者達は皆、私と王様が守るべき大切な家臣……カメリア様のお気が済むまで私がお相手致します」
「そう? でも衛兵達はあなたの言う事など聞かないようだけど」
「あなたは医師を呼んできて、サラの手当をお願い。侍女に部屋の片付けを頼んだらそれぞれの配置に戻って。わかったわね」
敢えていつもより高圧的に、衛兵達に目配せしながら指示を出すと、それぞれ頭を下げて散っていく。
今、エランは王宮殿でバッカス様と共にいる。
だから、もし私の身に何かあってもサラは助かるし、カメリア様に剣を向けた衛兵達を守る事もできる。
「私も、カメリア様とお話したいと思っておりました。どこへでも、お望みの場所へ移りましょう」
「リリー様!! いけません、リリー様!! 」
止めるサラの声を背に、覚悟を決めて部屋を後にした。
そうして、リリーは行方不明となった。
カメリアとゲイクの住まいである華蝶殿は武装した兵に囲まれ、彼等がそこにいるのかもわからず。
王といえど、無闇に立ち入る事はできない。
「リリー様…リリー様……」
泣き続けるサラの傍には報せを聞いて駆けつけたエランとバッカス。
「やはり華蝶殿からの刺客に間違いないだろう」
「しかし、まだ証拠が」
「わかりきっている、証拠もリリーもあそこだ、今すぐ踏み込む」
「国王様」
「黙れ」
「今のあなたは、国王様にございます。一つでも間違えればリリー様だけでなく貴方やこの国まで」
「それが何だ!! この国など」
「どうでもいいと、言えますか」
口をつぐみ、頭を抱えるバッカス。
「状況を整理しましょう」
泣くサラをなだめ、怒るバッカスを落ち着かせてリリーを救う方法を考えるエラン。
「時間がない。先王……いや、父を殺した女だ。あれだけ警備が強固な王宮殿で事を成し遂げ……そしてリリーも狙っていた」
「えぇ、あのまま王宮殿入りしていたら間違いなく、リリー様は敵の手にかかっていたでしょう。王妃にするのでさえ危ないと、あれだけお止めしたにも関わらず……」
「説教を聞いている暇はない」
「待ってください。一体、何の話を……リリー様が命を狙われていたって……どういう事ですか」
サラの涙は、驚きで乾いていた。
目を伏せる男二人……先の国王が暗殺された事実も、カメリアが主犯だと言う事も、リリーは知らない。
そして……
「面白い話ね……乗るわ。お姉様の最期を、妹として見届ける義務があるもの」
切れたはずの縁は鎖のように、再びリリーに絡みつこうとしている。




