75.王妃任命
「十三代国王バッカス・レイ・ゴールディの名に於いて、妃リリー・フランシス・ゴールディを王妃に任命する」
彼の言葉が、ずしんと胸に重く響く。
同じ場所で同じ景色を見て共に生きる……願いを現実にしようとする、覚悟の強さが伝わってくる。
「お、王妃だと!? 」
「子もいないくせに!! 」
「敵国の女だぞ!!」
「侵略だ!! レイナード人に国を潰される!! 」
官吏達からは反対の声、王族席ではゲイク皇子やカメリア様がほくそ笑む。
(言わされているのね……)
政治には常に裏がある、それがわかるだけで声も遠く、中傷や批判ももう耳に入ってこないように思えた。
「レイナードの王妃に反対!! 」
「反対!! 反対!! 」
「静まれ、まだ終わりではない」
バッカス様は冷静に、批判の声を諌めて政治を……味方も後ろ盾もないこの王宮殿の議場で勇敢に戦っている。
私を王妃として迎える為に、共に生きる未来の為に。
「一、王はその住居を月華殿に定め、王宮殿は政務の場とする。一、十五の省と軍部を再編し、効率化をはかる。詳細は後日、発表する。
一、これまで禁止していた官吏、女官、侍女の結婚、出産の自由を認め休暇などの支援を行う」
場内に、バッカス様の言葉が響くと皆の動きが止まった。
やがてひそひそと……思案し立ち尽くす大臣達の後ろの方で、官吏達が相談でもするように話す姿が見える。
「それは、本当なのですか!? 」
「私達でも結婚し、家庭を持つことが許されると!? 」
「あぁ、そうだ。仕事に励めば家を持つ事もできるぞ。まぁ、まだ次がある」
いつもより穏やかなバッカス様の声にこころなしか場内の雰囲気が、明るくなったように思えた。
射し込む陽が降り注いでいる。
「一、月に一度、国民の休日を定め王と王妃以外の全ての者の業務を停止する。尚、軍部や医師など宿直業務にあたる者は翌日に休日を振り替えること」
「あ、あの!! 母が病で……その日なら、里へ帰っても良いでしょうか」
「構わん。孝行してやれ」
「ほ、本当に……自由に過ごしてよいのでしょうか? 狩りのお供やご旅行の護衛は」
「お屋敷の掃除は……」
「必要ない。休まねば働く力も湧いてはこない、その為の休みだ」
バッカス様の言葉にざわめき立つ場内、驚くべき政治改革の内容に皆、混乱しているのかもしれない。
こんな景色は、初めてだった。
いつでも重苦しい雰囲気の場所、特に帰ってきた日のこの場所なんて地獄絵図のようだったのに。
「これは、我が国エスペランサをより強く、より豊かにする為の新体制だ。一つでも異論があるなら無理して実行せず、新たに練り直す」
思いがけない言葉に再び生まれた静けさの中、一人の老臣が手を挙げた。
「本当に、全て実行していただけるのですね」
「あぁ、当然だ」
「私には娘が一人おります。病弱ゆえ士官はお断りしたのですが無理やり連れて行かれ……今も鞭打たれながら下働きを。結婚させれば職を辞することが出来ますでしょうか」
「そうだったか……後ほど娘を連れて来るといい。王として詫び、本人の意向を尊重しよう」
有名な話だったのだろう。皆が顔を見合わせて……袖で涙を拭う者さえ。
「ありがたき幸せに存じます」
その者の声も涙に濡れている。
「……王様、万歳!! 」
そしてどこからともなく声が上がり。
「王様、万歳!! 」
「王様、万歳!!」
「新体制、万歳!! 」
「新体制、万歳!! 」
後に続くように声が起こり、いつしか大合唱に。
「では、本日よりこの施策を有効とし、毎月1日を国民の休日と定める。他の策の詳細は後日、明らかにするものとする」
「うおーーーー!! 」
「王様万歳!! 王様万歳!! 」
官吏達から上がる歓声は王族や大臣達にも止める事が出来ないまま、歓喜に湧く声の中、王様は勝利を手にした。
「うまく誑かしたものね」
「ふん、どうなるか見ものだな」
「今後とも、よろしくお願い致します」
下とは違う、冷たい空気の王族席。宣戦布告を笑みで交わして、共に立ち向かう覚悟を固めた。
「うまくいきましたね」
議場での宣言の後、月華殿に戻ってきた私達は早速、政治改革の為の会議を始めていた。
「まだ始まりに過ぎん。問題はこれからだ」
「そうですね……」
目の前に示された新旧二枚の組織図に視線を落とす。これまで王様と側近でやっていた事を、これからは王様と私が。
改めて、重責を感じてしまう。
「リリー」
不意に呼ばれて顔を上げるとバッカス様が、こちらを見つめていた。
「どうされました? 」
「驚かせてすまない。事前に話すべきだったな」
テーブルを挟んで、大きな手が図面を持つ私の手を包み込む。
「バッカス様……」
海のような青い瞳、その中に私が映っている。
「私もいるのですけどね」
そこに冷やかすようなエランの声が。
「あぁ、邪魔するな」
「会議中ですから」
「そ、そうよね、ごめんなさい」
急に恥ずかしくなって、慌てて手を引っ込めようと、でも強く握られて。
「隣にいてくれ。その役目は……誰にも渡さん」
その瞳から目が離せなかった。




