74.守りたい
白み始めた空に、部屋を映す色が変わっていく。夢見心地なまま、隣で眠る無垢な寝顔を眺めていた。
染めた髪、一度同じ色にしてみたかったと、照れたように微笑んでくれたのが忘れられなくて、胸の奥がまだくすぐったい。
守りたい……真面目で責任感が強くて、愛らしいこの人の事を。
瞼にかかる前髪を、そっと撫でると抱き寄せられる。
「起きていらしたのですか? 」
「んん……まだ…もう少し……」
眠気の残る言葉達は、やがて穏やかな寝息へと変わっていく。
私も……もう少しだけ。
朝が来て世界が目覚めれば、また王と妃として強くあらねばならない……だから今だけは。
目を閉じ、背中に腕を回して触れ合える喜びに浸っていた。
「上手くいったな」
「えぇ、声を出さずとも睨むだけなので助かりました」
「おい」
いつものように冗談を言い合って笑うエランとバッカス様に心が和む。
(よかった……)
何よりも、傍で笑っていてくれる事が嬉しい。
和やかな朝、アールグレイの爽やかな香りに包まれて、戻ってきたエランが種明かしをしてくれた。
“来ないのではなく、来られないのだと……そう思いました”
エランは自身の進退について相談があると兵に伝えてバッカス様と会い、互いに扮して入れ替わるという大胆な策を提案したらしい。
髪を切り、色を抜いてバッカス様に似せたエランは、王の書斎に籠る。そしてバッカス様は髪を染め、付け毛と白衣でエランに扮して月華殿に戻り、私と過ごす。
こうして陽の光に照らされれば妙だと気付くけれど、蝋燭の明かりしかない世界で夜闇に紛れ、影となってしまえばわからないという、大胆な策。
「しかし、さすがにリリー様の目は誤魔化せませんでしたか」
「当たり前だ」
「でも本当に驚いたわ。髪が長くてシルエットはエランなのに、雰囲気も香りもバッカス様なんだもの」
長い間、その姿を何度も思い浮かべては会いたいと願っていたのだから……そんな事は恥ずかしくてとても言えないけれど。
胸を温めるこの想いは無視できないほどに、強く大きく育っていたのだと改めて実感する。
「いつまでも……ここでこのような時を過ごしていたいものだ」
儚げな憂い顔が疲れていて……あの日、ここに戻ると決めた事を後悔してしまいそうになるけれど。
「落ち着けばこのような時も、今より増えましょう。その為の秘策なのですから」
「そうだな」
立ち上がるバッカス様の表情は勇ましく、王の顔へと変化していく。
「いかなる妨害も退けてみせる。エラン、ここは戦場だ。お前も心してかかれ。それから……」
厳しいけれど澄んだバッカス様の瞳が、私を見つめる。
「案ずるな。お前の事は必ず」
「リリー様の事は私が、傍でしっかりとお守り致します。王様は政にご専念ください」
言葉を遮ったエランにバッカス様は少しだけ、不愉快そうな表情。でもすぐにマントを翻し、行ってしまった。
「エラン……? 」
どうして、遮ったのだろう。
しかもその言葉にいつものようなゆとりはなく極めて真剣で。ここは戦場だと言ったバッカス様の言葉と重なり不安になる。
「リリー様、ご安心を。リリー様と御二人の治世を御守りする為、幾つかの策を講じこの後、王宮殿で発表する予定でおります」
「幾つかの策……それは、バッカス様の治世を妨害する者がいるという事? 」
「えぇ……ゲイクとカメリアの他にも数名の大臣が裏で手を引き、醜い欲の為に御二人を壊そうとしているようです」
言葉が、あの夢と相まって全身を重くする。
「バッカス様が望まれるように、御二人が手を取り合い共に世を治められる道にこそ、民の安寧と幸福がある。私はそう考えているのです」
「二人で共に……」
「えぇ、バッカス様の目の届かぬ所に、リリー様の慈愛の御心が必要なのです。この後、驚くような発表があるかもしれません。ですが、私がお支えします」
いつになく真剣な眼差しに、生きろと言われたあの日を思い出す。
民の安寧と幸福の為に、そしてその先に、バッカス様と和やかな時を過ごせる未来もきっと、待っているだろう。
「共に、戦っていただけますか」
儀式のように跪くエラン。胸に手を当てるその姿は騎士のように凛々しくて勇ましい。
「平和を、勝ち取りましょう」
エランの言葉に覚悟と頼もしさを感じながら、これを最後の戦いにすると心に誓った。




