69.くすぶる想い
朝焼けの中、ひとり庭を歩いていた。
物音を聞いて駆けつけてくれた侍女に、一人になりたいと告げて……あの頃、いつも隣を歩いてくれたあの人はいない。
想いを告げ、通じ合ったはずなのに遠くへ。
今、あの人がどんな表情で何に苦しみ、何を考えているのか……起きているのか寝ているかさえも。
(どんなお花を……選ぶのかしら)
もしあの人がここにいたなら、そう考えずにいられない。
傍らに咲く、大きな花にふと目を惹かれる。
レイナードでは見たことのない、鮮やかな紫の花。
「綺麗……」
重みに負けず堂々と咲き誇る姿は逞しく、思わず溜め息が漏れる。いつの間にか、何を美しいと思うかも変わっていたのかもしれない。
(ここはエスペランサ……大切なのは地位でも慎ましさでもないわ)
花に触れた手が震えている。
バッカス様をお支えする、覚悟を決めて戻ってきた。
もう何度も死ぬ思いをして、既に己の手も汚した。
(今更、怖いものなど……)
何に怯え、どう在るべきか答えは出ないまま白いベンチに腰掛けて、空けていく空を見ていた。
「あれが薔薇園で、この辺りはサルビアやバーベナ、ブルーラグーンと言ったかしら。どれも白や青の美しい花を咲かせるのよ」
そして昼下がり、ある一つの答えを胸に置いて、サラに庭園を案内していた。もちろんエランも共にいて、当面はサラの手助けをしてくれるよう頼むつもりでいる。
「やはり、直接訪ねましょう」
さっきからずっと、顔を曇らせていたエランが言う。聡明な彼の事だから幾重にも分岐する可能性の全てとその先を考え尽くしての事。
わかっているけれど簡単な事ではない。
「待ちましょう」
「ですが、何の返答もないとは。情報が止められているのです。そうでなければ」
「……待ちましょう」
サラは私達の顔を代わる代わる、でも話に入ってこようとはしない。
「これではあんまりです。リリー様を王妃に迎える訳でもなく、挨拶一つ許されぬなど」
国王様が即位してから数日。国葬の合間に練られていた改革案が続々と進められ、混乱は収束しつつあるらしい。
(こうしている合間にも……)
バッカス様はニナリスとの約束を果たし、亡きお父様の信頼に応えるため政務に励まれている。
(私も……)
考え続け、至った案。
やはり実行するべきだろう。
「エラン、申し訳ないけれど後をお願いしてもいいかしら。サラに月華殿を案内してあげてほしいの」
「え……リリー様はどこに」
「構いませんが……もしや、お身体の具合が」
「違うの。ちょっと用事を思い出して。サラ、ごめんなさい、すぐに戻ってくるわ」
エランにサラを託して、庭園を出た。
あの人に認められるにはそれなりの身なりが必要だろう。侍女に頼んでドレスルームを開けてもらうとカメリア様のお眼鏡にかなう衣装を探した。
「お待ちください。バッカス様の所へ行かれるのでしたら私も……」
ドレスルームを出ると、エランが控えている。いつもより上質なドレスを選んだ私を変だと思ったかもしれない。
「大丈夫、すぐ戻るわ」
「いけません、リリー様」
相手好みの装いと強がり、それだけで充分だった、勘の良いエランに察知され行く先を塞がれる。
「思い浮かばないの……カメリア様しか」
「危険です。せめてお供させてくたさい」
「大丈夫よ。いざとなったら侍女達もいてくれるわ」
「ですが、毒を盛られでもしたら……ここは宮中。揉み消す事など簡単に……」
「毒の一杯、飲み干してくるわ。そうなったら治療をお願いね」
何よりサラや、エランを巻き込みたくない。
「貴女という人は……」
「行きましょう」
溜め息にまみれるエランの横をすり抜け、侍女達と……今度こそカメリア様のいる華蝶殿を目指した。




