68.古い縁
触れ合う時は束の間、彼は背を向け部屋を出ていく。翻るマントに遮られて背に映る心は見えないけれど。
(お支えします……御心の中だけでも)
再び騒ぎ始める胸を抑え、心を込めて見送った。
“レイナードの妃は要らない”
密やかに流れ始めていた気配は沈黙の解けた王宮殿で大きな問題となっていた。
「何を言う。あの御方は生き神様にあらせられるぞ」
「そうだ、お妃様にこの国は救われたのだ」
もちろん、官吏のほとんどは国王と共にリリー様を王妃にと叫んだ。
あの双祈天鎮祭で雨を降らせ、国王様と共にこの国を明るく照らす存在なのだと──しかし、数は少なくとも一部の上級官吏と大臣はそれに反対。
新たに自国から王妃を選定すべきと王に進言した。
「リリー様が即位すればレイナードがつけ上がる事は必然。この緊張状態の中でレイナード出身の王妃など、迎合と取られても仕方ありますまい」
「国王様も存じているはず。リリー様のご実家が今どのような悪事に手を染めているか。父君であるロレンス大公爵は地位を落とした後も贅の極みを尽くし、毒薬や武器の密輸、噂では暗殺稼業を営んでいるとか。地位を追われた妹君はいまや如何わしい娼館の主にございます」
「な、何と……」
「恐ろしい……」
ある大臣の暴露にざわめく場内。
玉座にて、黙ってそれを聴いていた王バッカスは小さく溜息を吐く。
「いずれも、理由にはならぬ」
「国王様」
「リリーを王妃とする。即位の儀式は省くが皆そのように扱え」
「国王様、これは国の為にございます!! もしリリー様とご実家が繋がられ」
「リリーは過去の全ての関係を絶っている。詔書も交わし両国合意の上、実家と妹夫婦の没落もリリーに対する殺人未遂罪がきっかけだ。敵同然の家族と繋がるなど」
「私共が疑うのは、リリー様ではございません。もしも……ご実家の悪事が周辺諸国との外交に亀裂をもたらすような事があれば……世間はリリー様とご実家とを結びつけて考えるでしょう。ご実家のどなたかがリリー様の名を騙るやも……血で結ばれた縁は、紙では切る事が出来ぬのです」
亡き国王より長く生き、この宮殿で多くの争いを目にしてきた最長老である大臣の言葉は重く、深みのある意見だった。
そこに、重い扉が開いて声が。
「難しい問題ですわね」
「何故ここにいる。住まいでの軟禁を申しつけたはずだ」
「えぇ……ですが王様が我が国の妃の事でお困りだと聞いたものですから」
カメリアの言葉にはゆるやかで、それでいて妖艶な、聞く者を黙らせる不思議な間があった。
「リリー様の王妃内定が決まらない今、私はまだ妃の長にございますから、その責任を果たしに……いい案がございますの。私の持つこの権利をリリー様にお譲りし、この宮殿に住まう女達を取り纏める組織の長となって頂くのです。さすれば」
「また、いつもの手か。そうやって交換条件を突きつけて陥れリリーを排斥する……王の日誌に書かれていた通りだ」
「いいえ……私は決してそのような。強いて言えば力量を見たいのです」
カメリアの瞳が、妖しく微笑う。
「リリー様が女達の模範となり率いていけるのであれば、王妃として何の問題もありませんわ。ご実家が何であろうと御守り致します。ですがその力がない時は……いくら国王様の寵妃といえど、今の地位に留まるべきでは? 」
寵妃とは、他の連合国やここエスペランサとも違う、中華の雰囲気を纏ったカメリアらしい言い回しだった。
国王バッカスは、その日のうちリリーに妃達の長としてその統率を任せると勅書を送る。
しかし、会いに行く事はしなかった。
「妃達の長……確か昔は妃が多かったのでそのような組織があったとか……」
勅書を読んだリリーは、傍にいた侍女にどのような役割なのかと聞いてみるも答えは曖昧。
「どのようなお仕事なのかしら……」
そこへ、部屋の扉が開いて光が入ってくる。
「エラン!! お帰りなさい、無事でよかったわ」
「はい、五日前には戻ってきていたのですが、国葬のため宮殿への出入りが出来ず近くに宿泊していたのです。それと……」
「リリー様!! 」
「サラ!! あなたどうして……」
「やっぱりリリー様と離れ離れなんて無理です!! 私をここで働かせてください!! 」
「説得したのですが、どうしてもと聞かず……中々しぶとい、いえ強固な信念をお持ちで……」
「ひど~い! 今、しぶといって言いましたね、私はただリリー様を傍で御守りする事だけを考えて生きて来たんです、今もこれからも、その為なら何だってするんです! 」
「はいはい、それはもう充分伺いましたから……」
サラの勢いにたじろぐエラン。
「ふふ……ずいぶん仲良くなったのね。もしかして、宿も一緒に? 」
『ち、違います!! 』
にぎやかな友との時間に紛れる心。
「では改めて、サラの事も……お願いしないとね……」
リリーは書面に、視線を落とした。




