65.王の威厳
「誰の遺骨だと? 」
声を合図に衣を投げて、計画通り姿を晒す。
ざわめきが生まれ、傍にいた官吏達が一歩退くと広間全体をよく見渡せる。
七色の布で飾られた神殿、産まれたばかりの皇子の祝いの場だと教えられていた、それなのに。
鬱蒼と茂る森の湿った草木と土の匂い、何かが焼け焦げたような……それらが酒や人の臭いと混じり、空気が重く淀んでいる。
(帰ってきたのね……地獄に……)
「もう一度聞く。今、誰の骨だと言ったか答えよ」
深く静かに、バッカス様の声が響き渡る。
「皇太子様だ……生還なされたのだ」
「信じられん。あんな薄汚れた男が」
群衆から聞こえる声は、まだ信じられずにいるようで不安になる。
隣にいるバッカス様の瞳を見れば真っすぐに玉座を……そこには何故かゲイク皇子が、自信に満ち溢れたように大声で笑っていて。
「王になれると急いで戻ってきたんだろうが、あのクソ親父が死んで今や王の座は俺のもんだ。残念だったなあ」
「見え透いた嘘をつくな」
「本当だとも。王の座は長男の俺に継がせるという遺言だってある」
大勢の官吏や王族、そして子供達の前で……誰も否定しないという事は、事実なのだろうか。
(でも、それなら……)
喪に服すべき期間に祝いの儀式など行われるはずがない。
「バッカス様……」
きっと彼もわかっている、けれど父の死まで演出して王座を得ようとする兄弟に怒りが抑えられないだけ。
怒りを溜め、握る拳にそっと触れる。
「あぁ……」
それだけ言って、黙ってしまう。
今、何を考えているのだろう。その横顔だけで全て察して受け止める事ができたなら……ふと、エランの顔が浮かぶ。
(エランなら……どうしただろう……)
一応、作戦は立てていた。
でもまさか国王様が亡くなられてゲイク皇子が既に玉座に就いているとは、思っていなかった。
王になる覚悟で……そう言っていたあの人に、騙されたのかもしれない。
亡き国王の側近だというあの人に。
「すまない……」
「最後まで、一緒にいます」
誰にも聞かれないように、密かに言葉を交わす。
もし罠だったとして、ここで殺されたとしても、それならそれで。
もう何度も失いかけた命。
私にとって最後の転生……その約束を忘れたわけではないけれど。
愛する人と出逢えたのだから、それだけで前の人生よりずっと幸せだったと言えるだろう。
「会わせてくれ、父に……」
「疑ってんのか。だがお前にその資格はない」
顎で一度、くいと指図しただけで兵が動いて、鎧姿の兵士達が私達を取り囲み剣を向ける。
ここに忍び込む前、期待の眼差しで出迎えてくれた官吏達も今は目を背け、新たに生まれてしまった王に逆らう事など出来ないでいる。
殺される為に、険しい山を越えて睡眠も取らず帰ってきたと思うと胸が苦しい。
泣いて止めてくれたサラの顔が浮かんでくる。
(諦めるわけには……)
「逃げてください、貴方だけでも」
「何を言う」
「民の為です。必ず再起を……エランが助けてくれます」
「もういい……何もかも遅かったのだ」
「別れは済んだか? 大体、女を追って飛び降りたりするお前が悪い。バカだよなぁ、本当に」
嘲笑う、声が近付いてくる。
「今度こそ、この手で殺してやるよ。他の奴にやらせるとろくな事はないからな」
その発言に、違和感があった。
あの時、森にいて私達を殺そうとしたのは……疑いは確信に変わる。けれど確かめる術もない。
(どこかに隙は……)
「何をしている」
その時、彼によく似た声が響いた。
それからは呆気ないほどに事が進んでいった。
国王様はゆったりとした足取りで玉座に腰掛けると、王命を告げる。
誰一人、音を出す者はない。
周りを取り囲んでいた兵さえ剣を納め、跪いて……全ての者を従えてきた王の威厳が、そこにあった。
「存命ではあるが治療に専念する為、本日をもって退位し、王位を四男バッカスに譲る。尚、次男ゲイクに於いては、その母である側室ライラの位を生前に廃した為、王となる資格を未来永劫、有する事はない」
いつも通り、国王様の傍に控えていた側近がバッカス様を迎えに来て、王の前へ。
勅書を授かり、新たな王として認められた。
「新たなる君主に忠義を尽くし、国の繁栄と安寧に努めよ」
役目を果たした王様が、またゆっくりと立ち上がる。
一歩、二歩と……しっかりした足取りで歩き出したものの、立ち止まった。
「ゲイク、それからラド。此度の事、罪に問われれば死罪ではすまぬ。晒されたくなければ大人しく決定に従え、いいな」
地獄の底から響くような声で強い圧を掛けると、王は側近に伴われ今度こそ……静かに部屋を出ていった。




