63.共に地獄へ
それから私達は、村人の看病に奔走した。
バッカス様は若者を連れて薬草を摘みに、私はサラと経口補水液作りを、エランは病状を細かく観察して看病を……その結果、日が暮れる頃には苦しむ声もなくなっていた。
「ひとまず……危機は脱しましたね」
エランの言葉にほっと胸をなでおろす。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
頭を下げて泣くサラの背中をさすり、慰める。隣に座るバッカス様のまだ険しい表情に気付きながら。
何を考えているかは……おおよそ見当がついている。
そして。
「なぜ薬がない……医師もだ。この集落だけなぜ……」
そう言ってバッカス様は言葉をためらう。
「そうですね……ずいぶんと、原始的な生活をされているようですが、ニナリスという国はどこもそうなのでしょうか」
「そんなはずはない。ニナリスは独立国だ。官民ともに優秀な人材が多く、他国との交易も盛んだと聞いておる」
「違うのです……」
まだ泣き声……けれど、きっぱりとサラは否定した。
「それは書類上の、いわゆる建前というものらしく本当は……」
「本当は医師も薬も食料もないと言うのか」
「…………はい」
自由と引き換えに奪われていた。
争いを避け、侵略を防ぐ為……サラが話してくれたこの村の実情は、まとめるとそういう事らしい。
最近では、その弱みにつけ込んだ地方の役人までもが村人の食料や資材を強奪する事件まで起きている。
そしてその主犯はエスペランサ……特にカメリア様のお父様が治める領地だった。
「それだけ地方に届いていないのでしょう」
エランが言葉を補うけれど、バッカス様の表情はまだ険しいまま。
「綻びていたのだな……」
その言葉には憂いと、王の風格が。
沈黙の続く空間。
ニナリスが健全な平和を、奪われる事なく自由に暮らせる日常を取り戻す為には、方法は一つしかない。
「お腹が空きましたね」
「あ…では夕餉の仕度をしてまいります。出過ぎた事を……申し訳ありませんでした」
サラは丁寧に頭を下げて小屋を出ていった。
「私も、少し休ませてもらいますね」
エランの目配せで、私達も引き上げて住まいに戻る事に。
ずっと、バッカス様は黙ったまま……二人でのどかな道を歩く。
気付かない振りをしていれば歩けるだろうか……このまま穏やかで幸せな道を。
でもきっと、この御方にはできない。
「方法は二つだ」
バッカス様が重い口を開く。
「一つは領民として運動を起こす方法だ。もちろん自分は表に立てぬ身、他の優秀な者を担ぎ上げるほかないだろう。そしてもう一つは……」
「国へ戻り、政に復帰される方法ですね」
「父はもう長くない。いつの間にか政治手腕も衰えていたようだ。王となり、自ら正さねばならない」
心燃やした、橙色の陽が暗い海に堕ちていく。
「地獄だ……だが」
「戻りましょう」
続きの言葉は遮った。
ひととき夢見た暮らしを、忘れる事はきっとないだろう。
驚く瞳に微笑んでみせる。
地獄を歩む時は共に……この道を選んだ責任を、後悔を、あなたが感じなくていいように。
見つめ合って頷いて、私達の道は決まった。
夜半、仕度を終えた私達は二人で小屋を後にした。
「いつか……遊びに来ましょう。収穫祭の頃にまた」
「あぁ、それまでに皆が心から笑えるようにしなければ」
「では傍で、お支えしなければ」
笑い合う先に、どれだけ恐ろしい戦いが待ち受けているか……心を乱し、いつか化物に姿を変えてしまうかもしれない。
だとしても今はまだ、笑っていたい。
「リリー様!! リリー様!! 」
後ろ髪引かれる声が、追ってくる。
「リリー様、どうして…どうして黙って行ってしまわれるのです。せっかく…せっかくお会いできたのに……」
縋ってくれる泣き声に思わず胸が詰まるけれど。
「サラ……あなたに会えてよかった、本当に、そう思っているわ」
「私を…私を連れて行ってください。水汲みでも何でもします!! ただお姿さえ眺められればそれでいいのです、お願いします!! 」
思ってもない言葉、でも再び地獄に突き落としたくない。
「サラ、あなたには幸せになってほしいの。優しいご両親の元で……宮仕えなんてもうしなくていい。私は、あなたを守れなかった。だから義理立てなんてする必要ないの。わかるわね」
「嫌です、義理でなくリリー様のお傍にいたいのです……もう離れるなんて…嫌です」
こんなにも泣いてくれるサラを置いて、それ以上先へは進めなかった。




