62.眼差しの先に
「疫病にございます!! 」
サラの叫びが異常事態を知らせ、目が覚める。
「宴に出ていた者達が次々苦しみ始め……もし御二人にうつっていたらと」
泣いているような、焦りと不安に溢れる言葉が戸の外から聞こえる。
「大丈夫か。どこか症状は」
「いえ……」
バッカス様は素早く蝋燭に火を灯すと私の肌を確かめて。
「すぐ戻る」
「え……」
矢のような勢いで木戸を開け、出て行ってしまった。
「バッカス様…バッカス様!! 」
呼ぶ声は虚しく私も慌てて後を追う。
「危険です!! お戻りください」
「バッカス様は、バッカス様はどこに」
「広場だと伝えたらエラン様と……」
「広場ね」
「だめです!! 」
鋭い声と眼差しに、サラは痛いほどの力で腕を掴んで必死に止める。
「うつってしまいます」
「サラ、あなたとご両親は無事なの? 」
「はい……今のところ……」
「それならあなたは家にいて。自分とご両親を守るのよ」
手を解いて握りしめ、目を見てしっかりと伝えると。
「リリー様!! 」
手拭いで口を覆い、広場へ向かって走り出す。
「リリー様!! リリー様、お待ちください!! 」
呼ぶ声が遠ざかるのを感じながら足を速め──目にしたのは。
「え……」
言葉にならず息を呑む。
火の周りで踊っていたおじさんに肉を焼いていたおばさん……そして、バッカス様と腕相撲をしていたあの子も。
全身が、急激に冷えていく。
…………でも。
「大丈夫ですか」
苦しむ人の背に触れて声をかける。
「痛い……苦しぃ……」
「薬を……薬を…くれ……」
「薬ですね。お医者様は、診察は受けられたのですか? 」
「薬を……医者などいない……」
「死ぬしかない……薬も…ないんだ……ゴホッゴホゴホッッ」
何とかしなければ、でも私には。
「お水…水を飲めますか」
咳き込む人の背中をさすり、手に持っていた水を飲めるように手伝う。
「はぁ……はぁ……」
「もう少しですから……休んでいてくださいね」
立ち上がってよく観察すると皆、手に水の入った器を持っている。
(ということは誰かが……)
きっと誰かが水を配って……そう推測して傍にいた人にまた声を掛ける。
「薬を……」
「まずお水を飲みましょう」
咳き込む人の背中をさすって、水を飲ませる。
「何をしている」
背後から、声が響いた。
「心配ありませんよ」
高まる緊張に、エランは柔らかく微笑む。
夜通し治療していたからか、少しやつれたようには見えるけれど。
「何が大丈夫だというのだ、もし万一の事があったら……」
バッカス様の苛立ちにも笑えるほどには、緊急事態でないということだろうか。
「恐らく原因は食中毒でしょう」
「食中毒……」
「えぇ、肉の中に一部傷んだものがあったのではないかと……聞き取りの結果、皆、同じ料理を口にしていたようですから」
家族全員が感染するケースがなかった事からエランは感染性が低いと判断し、患者に聞き取りを行っていたのだと言う。
「水は、脱水症状を防ぐため……ですね」
「えぇ、さすがリリー様でございますね」
「エラン、それはどういう意味だ」
「リリー様は聡明で思いやり深く……バッカス様が思うよりお強い、という意味ですよ」
幸い、サラを含めた私達全員が、その料理に口をつけていなかったので症状が出る事はなかった。
「……怒っていますか? 」
小屋を出て、いつもより無口なバッカス様に呟く。
「……そうだな……」
それだけ言って黙ってしまう。
嫌われても仕方ない。
心配を、守ろうとしてくれた心を無下にして勝手な行動をとったのだから。
(でもそれは……)
嫌だと、胸がきゅっと痛む。
「もう二度と、置いて行かないでください」
半歩、距離のある背中を見つめると……少し間が空いてぷはっと、笑いだした。
「それはこっちの台詞だ。本当に……困った妻だ」
笑いに釣られて私も笑う。
現状はまだ変わらない、けれど兆しが……見えた気がした。




