60.あなたのそばに
「まぁ……」
翌朝、世話をするため小屋に入ってきたサラは二人を見て頬を染めた。
「おはようございま……」
後から入ってきたエランも止まる。
そこには身を寄せ合って眠るリリーとバッカスの姿。
小さな窓から朝の陽射しが柔らかく──二人に降り注いでいる。
そうして時は、ゆるやかに流れた。
身分も、命を狙われている事も忘れ、ただ人として暮らすのどかな日々に、身も心も自然と癒えていく。
「あんな表情もするのだな……」
「えぇ……とてもいい笑顔でございます」
世界は、死地から生還したバッカスの目に酷く美しく映る。
さらさらと草を撫で行き過ぎていく風の音も、どこからか香ってくる夕餉のスープの匂いや庭先で、肉を焼きながらサラと笑い合うリリーの微笑みも。
何もかも──黄金色の陽に照らされて輝きに満ちている。
「生命とは……有限、なのだな」
片時も忘れないように、その一瞬一瞬を深く魂に刻みつけていた。
その眼差しは優しくもあり、またどこか哀しげにも見え──救ったはずの生命が遠くに行ってしまうように錯覚に、エランは陥る。
「これから、どうされるおつもりですか。証拠は我等の手にあります、今ならお兄様達の陰謀を明らかにし、動きを封じる事もできるでしょう」
魂を、現世に呼び戻すかのようにエランは話す。それが、この場に似つかわしくない話題だとわかってはいても……そうせずにはいられないのかもしれない。
しかし、バッカスは何も言わず、ただリリーを見つめたまま。
愛を──感じていた。
空は少しずつ藍に染まり、深まって夜が更けていく。
「美しいものだな……」
いつかと同じように、二人は庭先で月を眺めていた。
「綺麗な満月ですわね」
リリーが隣で微笑むとバッカスはさりげなく、その手を求め重ねあわせる。
月を眺め、絡み合う指のぬくもりを感じながら。
「もし……」
不安げに彷徨う言葉。
「もし皇子でなくなり、ただ一人の男となっても……」
交わされる視線。
「共に生きてくれるか」
リリーは微笑む。
「私は、いつ如何なる時も傍におります……あなたが望んでくださるのなら」
唇が塞がれて……途切れ、吐息となり消えていく。
特別に丁寧に、リリーは誓いを言葉で示した。
それをバッカスは優しく絡め取る。
口下手な彼の愛情表現は温もりに……頬を、髪を撫でる指先に表れていた。
更けていく夜に満ちる想いはとめどなく溢れ、もう二度と離れないように強く二人を結びつけると……微睡みの世界へと誘っていった。
もう戻る気はないのかもしれない……サラの仲介で村人達に受け入れられて、土の香りと木綿の服にも慣れ始めた頃。
老人が供を従え、訪ねてきた。
「やはり、御存命でしたか」
人目を避け、秘密裏にニナリスに入国したその人物は──王が信じるただ一人の、側近だった。




