59.交わす温もり
気がつくと、視界がうっすら明るくて目を開けてみる。
「サラ……」
「リリー様!! お目覚めになられたのですね」
サラの声が揺れて、雫が頬に。
(私……生きてるのね……)
「バッカス様は」
「お隣で眠られていますよ。治療は成功だとエラン様が」
「よかった……」
やっと、うまく息ができた気がして……私達は死の淵から生還した。
「もう、あんな無茶はなさらないでください。本当に、危ない所だったのですよ」
「えぇ、サラさんの言う通り……本当に危ない所でした」
涙声のサラに、疲れた笑みを浮かべるエラン。
「ごめんなさい……心配かけたわね」
「謝るべきは私の方です。御二人を危険に晒した責任は私に」
「もういいのよ、エラン」
「二度とこのような事がないよう全力で御守りいたします」
「…当たり前だ……」
「バッカス様!! 」
懐かしい……低く深い声。
まだ弱く、かすれてはいるけれど。
「バッカス様、お具合は」
「あぁ……最悪だ」
愛おしい人の声を耳に、危機が過ぎ去っていくのを感じていた。
「こんなにたくさん……申し訳ないわ」
「いいからそんなこと気にしないで、ちゃんと食べてください! 」
「でも……」
「栄養摂らないと治らないって、エラン様からも言われてるんですから。はい、ぜんぶ食べてくださいね! 」
一日に三回、目の前に出される山盛りの食事。清潔な衣服に部屋の掃除も……サラはあの頃と同じように、私の世話をしてくれる。
「ありがとう……サラ。ご両親にも、御礼を言わないとね」
「いいんです、御礼なんて」
あの頃と変わらない笑顔。
私があんな事になったせいでサラも、追われる立場になってしまった。
“命からがらここまで逃げてきて……行き倒れていたところを、今の両親に助けられたのです”
ここにいる理由を、そう教えてくれた。
“今の両親”
そう言って幸せそうに微笑む表情に、胸がじんわりと温まる。
(よかった……)
「元気になったら是非、父と母に会ってください。村の皆も、歓迎の宴を開くと言ってくれてるんですよ」
「えぇ……ありがたいわ」
昔から、太陽のように明るい子だったけれど、より柔らかに優しげな印象が足された気がする。
「何もかも……サラのおかげよ。私が至らなかったせいで、あなたを苦しめてしまったのに……」
「いえ……至らなかったのは私です。ローズ様がランス様の外遊について行ったのを知っていながら、ランス様が心変わりなんてするはずがないと……」
「ローズが……ランスの外遊に? 」
懐かしく、錆びつき始めていた記憶の欠片。
「あ! いえ、その……申し訳ありません……ずっと……言えなくて」
気まずそうに慌てだすサラ。
「そう……」
やっと、謎が解けた気がした。
「いいのよ、サラ。もう……昔の事だから。それより、あなたが幸せでいてくれてよかったわ」
「リリー様……」
婚儀での事も、毒の事件とローズ達の顛末も……もう必要ないだろう。
そっと、冷たいサラの手を包んだ。
「リリー」
飲み込まれそうな闇の中で名を呼ばれた。
「眠れませんか」
言葉の代わりに手が──そっと包み込まれる。
踏み外せば落ちてしまいそうな日々に、ただひとつ道標と感じるほのかな灯り。
愛とは──私にとってのあなたは、そんな存在なのかもしれない。
「生きて……いるのだな」
私も、そっと握る手に力を込める。
(ただおとなしく待っているだけでは……)
横たわる、愛しい人に身を寄せる。
温もりが交わって、心が解けていく。
目眩を忘れ、受け入れられたのを肌で感じながらゆっくりと、また目を閉じた。




