5.謁見、そして……プロポーズ
「お前がガゼルの娘か」
「リリーにございます。以後、お見知りおきを」
緊張の面持ちで挨拶する私に、皇帝陛下は物色するような眼差しを向ける。
「もう一人いたはずだが」
「申し訳ございません、陛下。あいにくどこかに行ってしまい見つからず……」
「まぁ、よい。そなたも大変だな」
「本当に……情けない所をお見せしてしまい。後からきつく言って聞かせますので」
これが威厳というものだろうか。陛下は縮み上がるような眼差しをもう一度だけ私に向けた後、マントを翻して父とどこかに消えていった。
(はぁ…………)
息の詰まるような時間に、思わず大きな溜め息が出てしまう。
一瞬の事なのに、とても疲れた。
父や他の公爵様は日頃からあんな御方に仕え、お勤めをしているのだと思うと、気苦労の深さがうかがえる。
(来年からはランスもあの御方のそばで……)
繊細なあの人の事だからお勤めに心労を溜めてしまうのでは……そんな心配をしながらホールの隅に。ランスもどこかに行ってしまったし、ワルツに乗って踊れるような気分でもない。
「リリー様、お誕生日おめでとうございます」
「ステラにバレリー、ありがとう。楽しんでくれているかしら」
「ええ、とても」
何人かのクラスメイトが誕生祝いの挨拶に来てくれて、それなりに楽しく時が過ぎていく。けれど、結局踊る輪の中にランスやローズの姿を見つける事は出来なかった。
「リリー」
「ランス、来てくれたのね」
ランスが会いに来てくれたのは、舞踏会が終わった後の事だった。夜風にあたりたくてテラスに出ていた私の所に外からこっそり忍び込んで。
以前から、互いに会えなかった舞踏会の後はよくこうして二人で取り留めのない話をして、疲れを癒やした。
もしかしたら今日も……私も心のどこかで待っていたのかもしれない。
「どうだった? 陛下との謁見は」
「えぇ、無事に。挨拶の後、すぐに行ってしまわれたわ。失礼がないといいのだけど」
「よかった……」
「え? 」
「気が気じゃなかったんだ。もし、皇帝陛下がリリーをお見初めになったらと思うと……」
「そんな、あり得ないわ」
「リリーが自分の魅力に気づいてないだけだよ。陛下は好色だと言うし、欲しいと思った女性は必ず手に入れると有名だから……素晴らしい御方だとは思うけど、リリーだけは、渡したくない」
ふいに熱い眼差しで見つめられ、胸が高鳴る。
「ランス……」
「リリー、愛してる」
何度も、何度も伝えあった言葉。
「私もよ、ランス。愛しているわ」
微笑むと、そっと私の手を取って目の前でひざまずく。
「リリー……永遠に、君を愛すると誓うよ。私の、妻になってほしい」
満天の星空の下、待ち望んでいた言葉を彼はゆっくりと大切そうに紡いでくれる。
「喜んで……私も、生涯を懸けてあなたを幸せにすると誓うわ」
差し出された誓いの証を受け取ると、そっと手で包み込む。
少しずつ、新たな人生の扉が近づいてくる。お勤めの気苦労も、公爵家の跡継ぎとしての重圧も、すべてわけあって寄り添っていきたい。
慌ただしい一日の終わりにこうして静かな時を過ごして、互いを癒し、支え合いたい。
「はめてみてもいいかな」
立ち上がり、優しく微笑んでくれる彼に頷いて、吸い込まれるようにプラチナリングが薬指を飾る。
うれしくて、幸せすぎて言葉にならなかった。
「とてもよく似合ってる」
「大切にするわ」
前世からずっと夢見てきた穏やかな幸福を手に入れた私は、この夜、世界中の誰よりも幸せで満たされていた。




