4.幸福な夜と皇帝陛下
そして夜の帳が降りる頃、ドレスアップしたランスが部屋まで迎えに来てくれた。
「リリー、今夜の君はとても美しいよ」
「ランスも、凛々しくて素敵よ」
今夜のランスは王子様のようで。肩にかかるブロンドは星のように輝いて、ミッドナイトブルーの燕尾服がよく似合っている。偶然、ポケットのチーフはゴールドで、私のドレスと合わせたみたいだった。
「いってらっしゃいませ」
サラに見送られ、ランスと共にダンスフロアへ降りる。夜会向けに飾り付けられた屋敷はいつもの見慣れた景色と違い、何もかもが真新しく輝いて見える。
「緊張してる? 」
「えぇ、少し……ランスは? 」
「僕も少し。今夜の主役をエスコートする大役があるからね」
互いの顔を見つめて微笑みあうとそれだけで、心が柔らかくなっていく。
今夜はホストとしてお父様とゲストの皆様への挨拶回りがあるし、いつものようにランスと楽しむ事は出来ないけれど、こんな時間を過ごせるだけで上手に振る舞う事ができる気がした。
「リリー」
「お父様」
「ロレンス大公爵様、ご機嫌麗しゅうございます。今宵はお招きいただきましてありがとうございます」
「ランス、君は家族同然だからね。堅苦しい挨拶は抜きにしよう。少し気が早い気もするが、君も挨拶回りに同行するかね」
「お誘いありがたく存じます。ぜひご同行させてください」
二人は和やかな雰囲気で挨拶を交わしていて、お父様もランスを認めてくれているのだとうれしくなった。
そして始まった舞踏会。
楽団の演奏と極上の葡萄酒の香りに包まれて、大人びた表情を作る。
(ドレス、おとなしめにしておいてよかった)
挨拶回りを想定して品のあるピンクゴールドのグラデーションドレスを選んだ事、正解だったと思った。ボリュームを抑えたチュールは動きやすく、お父様やゲストの邪魔にならないよう考え抜いた物だったし、事実、何人かの公爵様に褒めてもらえた。初めて会った著名なデザイナーにセンスを褒められ、婚礼の折には衣装を作らせて欲しいと言ってもらえたのも、大成功だと思う。
「それにしても、ローズはどこへ消えたと言うんだ」
それでもさっきまでいたはずのローズが挨拶回りもせず姿を消した事に、お父様はお怒りだったのだけど。
「すぐに探させなさい」
きっと挨拶回りが嫌で、どこかの男性と舞踏会を抜け出したのだろう。ランスと顔を見合わせるけれどお父様のあまりの剣幕に、そんな事も言えなくてごまかし笑いするしかない。
「ローズ様はたくさんの殿方に人気がありますから、優しさから断り切る事ができず、お隠れになってしまわれたのかもしれませんね」
「相変わらず……君は場を収めるのがとても上手いね。将来が楽しみだ」
ランスの機転に、お父様も溜息をついて機嫌をおさめ、苦笑い。
「前から奔放さが気になってはいたが、少し甘やかし過ぎたようだ。君達を将来手こずらせるような事があってはならないからね」
「お父様、そのようなこと……私達そんな、ねぇ、ランス」
焦る私に微笑むランス。
「私達の将来……とても素晴らしい言葉ですね。ですがまだ大事な試練を超えていないので。もしそうなれば…お父様とお呼びすることお許しいただけますか」
「あぁ、もちろんだ。私も君の父上も同じ考えだよ」
ランスとの結婚。それは前世からずっと夢に見てきた、幸せで暖かくて穏やかな未来への第一歩。
この時、私は世界中の誰より一番幸せだった。
そこへ、慌てた様子の執事長がやってくる。
「取り込み中だと見てわからんか」
「陛下が、皇帝陛下がお越しに」
「なんだと!? お断りになられたのではなかったのか」
「それが気が変わったと仰せで……王宮でも名高い美人姉妹に会いたいと」
貴族の中で最高権力を持つ父の、唯一頭が上がらない相手。キレ者だが気まぐれな御方だといつもお父様が頭を悩ませている皇帝陛下が。
「ランス、悪いが外してくれ。それからお前は何が何でもローズを連れてこい」
父様の険しい表情。ランスの温もりが離れた瞬間、言いようのない胸騒ぎを感じた。




