57.震える心
「ご無事ですか!! 」
遠くから聞こえる声。
駆け寄るエランが腕に触れるのがわかる。
「まさか斬られて……」
何も言えず呆然と、血濡れた腕をただ見つめる。顔を覗き込まれても、否定の言葉さえ浮かんでこない。
「先に落ちているそれを拾え」
「これは……密書、ですか」
傍でエランが動いてバッカス様とやり取りをしている。
「……なるほどな」
「バッカス様」
「間違いない、第二皇子ゲイクの筆跡だ」
「確かに……剣にも同じ印章が施されていますね。これは重要な証拠になり得るかと」
深い沈黙が、辺りを覆う。
殺し合いなんて……そう、今までの私なら思えただろう。
でも……。
「使い所は自分で決める……それまでは他言無用だ」
「はい、とにかくここは危険です。行きましょう」
エランがバッカス様を背負い、私達は下山する事に。
「リリー様、歩けますか」
「えぇ……」
「安心してください。そろそろエスペランサの外に出ますから、敵も追っては来られません」
「そうなのね……」
「あぁ、ニナリスという小さな村……いや、国だ。協定があるから安心していい」
少し歩くと、遠くのどかな田園風景が見えてきた。
祖国レイナードの、幼い頃、避暑に行った田舎を思い起こさせる。
どれだけ走ってきただろう。
気づけば遠く、思いがけない所まで来てしまった気がする。
「気に……入ったか」
私に尋ねるその声は、苦しそうにかすれ、息も荒い。
「えぇ、綺麗な所です」
(この御方を……支えると決めたのだから)
「先を急ぎましょう」
「あぁ……そうだな」
絡みつく後悔と恐ろしさを振り払って、無理に微笑んだ。
さわさわ……
その時。
笑みにつられたように茂みが揺れる。
「エラン」
「えぇ……」
エランも気付いたようで、茂みの向こうをきっと睨みつけている。
「追手か」
「茂みが低いので動物かもしれません」
さわさわ……
また同じように、茂みが揺れた。
さわさわ……さわさわ……
連続して、近づいてくる音。
「少しお待ちを」
エランはバッカス様を降ろすと、剣を片手にゆっくりと……近づいていく。
さわさわ……
音とほぼ同時、エランの剣が茂みを切り払った。
「え……………」
声を失い固まった、女性の姿。
「失礼。そなたはニナリスの民か」
「は、はい……」
震える声、エランが剣をしまってもまだ
眼差しは腰元に。
「領地とはいえ、ここはまだ追手が来るやもしれません。村まで案内をお願いできませんか」
「追手……もしかして、あなた方はエスペランサの方ですか? 」
その声に憶えがあった。
(まさか……でも、そんなはず……)
舞踏会の騒ぎの中、屋敷から逃げ出し消息不明だと。
「……サラ……」
懐かしい名が、口をついて出る。
木綿のエプロンと頭巾を被り、農民のような服を着て……うつむきがちで、顔はよく見えないけれど。
あの頃とは違う、でも間違いなく。
「リリー様……」
優しい音を奏でるように呼んでくれる、その女性はサラだった。




