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53.浅い勝利


「さて……どうなさるおつもりでしょう」


 議場に、カメリアの声が響いた。


 連合三国の首脳が大軍を率いて王都に──彼等はカメリアの書状が届いてから、たった一日という驚異的な速度で進軍し、王宮殿議場前に大挙の列を成していた。


「何度、脅そうと同じだ。どんな手を使おうとお前達に継がせるつもりはない」


「脅しなど……私達はただ、国王様のご乱心をお(いさ)めしているだけのこと」


 ゆっくりと、余裕の笑みを浮かべるカメリア。


 国王の威厳をも恐れない……既にすべてを手に入れたような余裕を(かも)し、場を支配している。


 国王は一人、いつも傍にいる側近の姿も──なぜか今日は見当たらない。


「何もかも、カメリア様のおっしゃる通りですぞ」

「その通り! 皇太子夫妻の逝去を認めたくない気持ちはわかりますが、その生存に固執し、政治的空白を生み出すのは乱心以外の何物でもありません! 」

「そうだ、そうだ! 」


 それぞれの利益の為に結束し、挙がる声は大きくなる。


「とにかく、世継ぎはバッカスただ一人」

「もし──」


 カメリアは、いつもより少しだけ声を張ると。


「遺体が見つかれば、その時は諦めていただけますか」


「二人は存命だ」


「ならなぜ、すぐに捜索隊をお出しにならなかったのでしょう。私共は弟夫婦の危機のため私兵さえ……すべて差し出して捜索をと進言いたしましたのに」


 カメリアの暴露に議場がざわめいた。


 何も言わない王に対し、彼女はさらに追い打ちをかける。


「それなのに雨が上がるまで……それもたった10人しか捜索に出さなかったのは、誰より国王様ご自身が、二人の生存を信じておられないからなのでは」


 ざわめきは、より大きく声高に──皆が国王乱心を決めつけ、新皇太子擁立を叫び始めた。


 中には、遺体がなくとも皇太子夫妻の国葬を行うべきだと言う者も──議場の空気は不自然なほど、カメリアに傾いていた。


二十日(はつか)後──メロ皇子初参内の儀までに、バッカスが生きて姿を現さなければお前達の望み通り新しい皇太子を立て、世継ぎと定める事とする。それでいいな」


 王は、それだけ言って立ち上がった。


 ひっそりと議場を去っていく背を、大勢の野蛮な歓声が追い掛ける。


 寄る辺のない混沌(こんとん)の時代──その始まりはいつも熱狂と扇動から。


 そして、それは国王だけでなくこれまで味方であった第三皇子ラドを刺激する事にも、繋がっていた。


「今にも……お兄様の高笑いが聞こえてきそうですわね」


 アザミは、赤子を寝かしつけながらそっと呟き──ラドは不機嫌そうに酒を煽っている。


 いつもは妾の家を渡り歩いているラドが今夜は珍しく華耀殿(かようでん)に。


「はっ……案の定、とっとと裏切りやがって。女がいなきゃ何もできねぇくせに」


 二人でレイトンを担ぎ上げ、実権を握る協定は今日、ゲイクとカメリアによって潰された。


「……可愛い寝顔……」


「王宮を血祭りに……おもしれぇじゃねぇか」


 母と子の優しい風景を前にラドは、不穏な言葉を漏らす。


「私達には、この子達がいます……今は慌てずに……」


 乳飲み子の頭を愛おしそうに指で撫で、ラドから視線を外したままアザミは諭す。


「兄貴に継がれたら意味ねぇだろうが……レイトンだろうが、そいつだろうが」


「どちらが継いでも同じ事、後継となる直系子孫がいるのは私達だけですから。いつか……レイトンが継ぐ日が来ます」


「けっ……わかってるよ。だから変な気を起こすなってんだろ? 」


「いえ、割って入る方法が一つだけ。貴方様が先に見つけるのです……遺体を」


 そこで初めて、アザミはラドを見つめ互いに視線が重なった。


「そういうの、お好きでしょう? 」


「あぁ……血が騒ぐぜ」


 瞳に狂気を宿らせて、ラドは出て行った。


 蝋燭(ろうそく)の明かりを吹き消して闇の中、アザミの歌う子守唄だけが(かす)かに聴こえている。




 ゲイクの私兵1000にカメリアの用意した捜索隊1000、更にはラドとその部下50が加わって、バッカスとリリーの争奪戦は激しさを増した。


「これはこれは皇太子妃様……ご存命、でしたか」


 鬱蒼(うっそう)と茂る林の奥。


 ひとり薬草を摘んでいたリリーは、とうとう兵士と出くわしてしまう。


「だ…誰なの……」


「王宮殿の者にございます。皇太子様も、ご無事でいらっしゃいますね」


「王宮殿……」


「はい、国王様より(めい)を受け参りました。必ずお二人を連れ帰るようにと……皇太子様の元へ、ご案内いただけますか」


「……わかりました」


 腰元の剣に目をやると、リリーは静かに頷く。


 そしてこの山に、行き場を失くすほどの兵が潜んでいる事に気づかないまま、歩き出した。


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