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52.二人を追う影


「それで……どうするつもり? 」


 華蝶殿(かちょうでん)の奥深く、侍女も立ち入りが許されない夫婦の寝室で、カメリアはパイプを吹かしていた。


「長男の俺を散々、虫けらみたいに扱ってきた親父に見せつけてやるんだよ。あんたの可愛がってたバッカスは死んだんだとな。それで俺を跡継ぎとして認めさせる」


「あなたを跡継ぎに……ねぇ……」


「何だよ、俺じゃ不服だってのか」


 噛みつくゲイクにも余裕の表情で、カメリアはパイプを吸い、煙を(くゆ)らせる。


「レイトンを担ぎ上げたんじゃ、皇后にはなれねぇ、だろ? 」


「…………本気? 」


「あぁ、見てろよ。俺のこの頭脳で、正妃カメリアをこの国の皇后にしてやる」


「まぁ……楽しみにしておくわ」


 出て行くゲイク、その背を見送りながらカメリアは手を止めて、しばらく物思いに(ふけ)る。


 そうして小さく溜め息をつくと、外に控える侍女を呼んだ。


「書状を、父に届けてちょうだい」


 カメリアはパイプを置くと、そっと目を閉じる。


「その頭が……弱点なのよ、あなたの」


 椿色の唇が、小さく動いた。




 バッカスとリリーの不在により、玉座を狙う者達はその動きを強めた。


「そうか……さすが我が娘カメリア」


「カメリア様からは何と」


「至急、私兵を1000……南東へ向かわせろ。残り500は王都だ」


「王都……ですか」


「あぁ、精鋭を用意しろ。南は捜索隊だから数が揃えばいい。それからこの書状を周辺三国に届けよ」


 遠く離れたカメリアの祖国では、カメリアからの書状を受け、着々と準備が始められていた。



 そして華耀殿(かようでん)では。


「いいか。戦場も宮殿も同じだ、手柄を先に取った奴が勝つ」


 ラドは自身の執務室で兵士相手に講釈を垂れていた。鼻高々で得意げに……わざとらしく頷く兵士はいても、口を開く者はない。


「このラド様が、既に策を講じた。国王の出した捜索隊は足止めを食らい、あと三日は到着しないだろう」


「さすがは第三皇子様にございます」


「そうだ。これは玉座を巡る戦い、兄貴とその正妃も……所詮、敵だ」


 ニタニタと笑いながらもラドの眼差しは鋭く、獲物を見据えるかのようだ。


「親父の次はレイトンに継がせる、そんな協定を兄貴達とは結んでいるが……いざとなったらそんなもん守る訳がねぇ」


「では……」


「兄貴の兵を尾行して手柄を横取りしろ。バッカスとその嫁の遺体を先に見つけ、我らの方が優れていると国王に知らしめるのだ」


「はいっっ!! 」



 結託しているように見えても、それぞれの利は違う所に。


「ねんねんよ~……」


 ロッキングチェアにゆったりと、産まれたばかりの子を愛おしそうに抱くアザミ。


「雨……やみまちぇんねぇ……」


 窓の外、止まない雨を眺めている。



 そして……。


「バッカス様……リリー様……」


 エランは馬に乗り、険しい山道を駆け抜ける。


 帯同を許されず、月華殿(げっかでん)の留守を預かっている中、(しら)せを受けた。


「くそっ……」


 純粋に、心から二人の無事を祈るのはエランただ一人かもしれない。



「バッカス様!! 」


「リリー様!! 」


 一番最初に辿り着いたのはゲイクの部下達だった。彼等は捜索隊の振りをして呼び掛けながら、崩れ落ちた祭壇の周囲を探す。


 バッカスとリリー……二人はどこにいるのだろうか。


 


 暗闇の中、ぬくもりに包まれて目が覚める。


 気が付くと誰かの胸に……そこには目を閉じたままの、愛しい人。


「バッカス様……」


 (どうして……)


 最後の瞬間、手を離したはず。


 それなのに、どうして一緒にいるのだろう。


 (まさか道連れに……)


「バッカス様、バッカス様……」


 体を起こし、頬にそっと触れれば(かす)かな温もりが。


 でも呼吸は──感じられない。


「いや……」


 溢れ出る涙に滲む景色……涙が(したた)り肌を濡らしても、その目が開く気配はない。


 (どうか……目を開けて……)


 願いを込めて震える唇を、頬に。



 そっと口づけて……離れていく。


 (だめなら……)


 瞬間、ぐっと抱き寄せられた。


「リリー……」


「バッカス様……」


 かすれた声、鼓動が耳に伝わってくる。


「無事か……」


「はい……」


『よかった……』


 声が重なって、気づけば互いに笑みがこぼれていた。


 遠くから、私達を呼ぶ声が聞こえてくる。

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