51.生贄に相応しい最期
降り始めた雨に湧いた歓喜の声は、一瞬にして悲鳴に変わった。
足元が、鈍く重く揺れる。
猛烈な砂煙に視界を奪われる。逃げ惑う者達、揺れているのは足音か震動か……それさえもわからない。
「崖が……」
「崖が崩れるぞ!! 」
「急げ!! 全員退避だ!! 」
「だが皇太子様が」
「避難が先だ!! この地響きが聞こえぬのか!! まだ来るぞ!! 」
降り続く雨の中、怒号と悲鳴が飛び交い儀式は中断、王族達はその日のうち、王都に帰り着いた。
辺り一帯は封鎖され──リリーとバッカスは行方知れずのまま。
「どうだ、生きてると思うか」
カップ片手にニヤつくゲイク。
「あんな崖から真っ逆さまだぞ、今度こそ死んだな」
大口開けて下品に笑うラドとゲイク。
ゲイクとカメリアの暮らす華蝶殿の客間で、いつものように席に着き、四人は生命のやり取りをしていた。
赤いランプの中、蝋燭の炎が妖しく揺らめいている。
「しっかし、あいつも馬鹿だよなぁ。女追っかけて落ちちまうなんて」
「だよなぁ、あんだけ俺等に殺されかけても生き抜いてきたのに女の為ならコロッと逝っちまうんだから」
祝宴だと昼から酒を酌み交わし、人目も憚らず笑い合うのはラドとゲイク。カメリアとアザミは静かに茶を飲み、同意する様子はない。
「愚かな奴だぜ」
ラドはグイッと酒を飲み干して、また酒をつぐ。
「油断するのはまだ早いわ」
カメリアの言葉が一滴、静かに場を刺すと。
「わかってる」
短く、低くゲイクは言葉を返すと指で控えの兵士を呼び付けた。
「二人の遺体を持ってこい」
「はっ!! 」
「いいか、求めているのは《《遺体》》だ。絶対に、生きて王都に帰らせるな」
「…………かしこまりました」
意図を理解した兵士は一瞬の間の後、何人か引き連れて部屋を出ていった。
「でも……実際の所、どうなのかしら。砂煙で、私のいる所からは何も見えなかったのだけれど……」
「そうね。落ちたかどうかと言うなら、対岸にいた貴方達の方が良く見えたでしょうに」
カメリアは、ちらりと軽蔑するような視線を酒飲みの二人に向ける。
「さあな。先頭にいた兵士が落ちていく木材を見たらしいが」
「ただ立ち去る時、崖には何も残ってなかったんだぞ。落ちなきゃどこにいるってんだよ」
「それにしても、生贄に相応しい最期じゃない。ちょうどよかったのよ」
ラドの言葉で生まれた沈黙はカメリアの言葉で回収され、ちょうどよかったという言葉で片付けられた。
「はぁ……はぁ……」
「おい、どうした」
「……うっ……すみません…このような…時に……う、産まれ……」
「どういう事だ、まだ早いだろ」
「医官だ、医官を呼べ」
「はぁ……産婆よ。至急、華耀殿の者に連絡を。王宮殿にも伝え、関係各所に出産の手配をするように」
新たな命の誕生──それは、彼等にどんな変化をもたらすのだろうか。
「そうか」
側近と二人きり。暗い執務室で王は一言だけ、呟く。
北の雨は止み、南に雨が──儀式の成功を示す報告も、手放しで喜べるものではない。
神殿が祭壇の重みに耐えきれず崩落し、皇太子妃が巻き込まれた。
そしていち早く危険を察知し、助けに向かったバッカスも……。
「雨は止んだようですので、明朝より捜索の人員を増やす予定でございます」
“バッカス!! ”
名を呼んだのは、幼き頃以来……だろうか。
「ところで……昔、何かの書物で読んだのです。双祈天鎮祭は天が世継ぎを選ぶ祭儀だと。それが誠ならば二人は……」
王は黙ったまま、立ち上がる。
確かに……双祈天鎮祭は異常気象を鎮めるだけでなく、国の主を天が選ぶ儀式でもある。
天は、バッカスとリリーを選んだ。
ゲイクでもラドでも……次代の世継ぎであるはずのレイトンでもなく。
“行くな……”
引き留めたのは……王の溜め息は咳払いに変わる。
いや、奪ったのか──事態の好転と引き換えに、世継ぎの命と引き換えにして。
「至急、国王様に華蝶殿よりご報告でございます」
アザミが産気づいたと報せが届く。
世継ぎに選び、不要ならば切り捨て遠ざける。
「仕方ありません」
見透かすような側近の言葉にも答えることなく、王はゆっくりと……寝所へ入っていった。
敗れた者は死ぬ──酷な運命は、王の命をも削っている。




