表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/72

49.会えない時間と揺らぐ心


「申し訳ございません」


「どういう事だ。まさか、会わせられぬような事をしているのではあるまいな」


「とんでもございません。リリー様ご自身が、今はお会いしたくないと……」


「会いたくない……そんなはずは……」


 巫女(みこ)の冷たい瞳に、思わず言い淀んでしまう。


 深夜、約束通りバッカスはリリーの元へ足を運んだ。


 しかし、会う事はできず拒絶されてしまった。


 (きよ)めの儀式がない深夜のわずかな時間であれば、面会自体は認められている。


「会いたくない……か……」


 本心かわからない、その言葉だけを噛み締めて、自分の寝所へと……帰るしかなかった。



 その頃、リリーは。


「リリー様、もうお止めに」

「いいえ、まだ……」


 声を震わせながらも立ち上がると、大きな(かめ)に並々と水が注がれる。


 リリーはそれを高々と、天に掲げた。


「また揺れたわ」


 カメリアがそう言うと、侍女がリリーに鞭を打つ。


 声も上げず歯を食いしばって、リリーはそれに耐え続ける。


 湯浴みを終え聖衣に変えてからもう8時間……何度も失敗しては繰り返し、カメリア主導で儀式の練習をしていた。


「また……」


 ビシンッッ!!


 鞭がリリーのふくらはぎを打ち、聖衣は血に染まっている。


 これが会えない理由……リリーはもう、何時間経ったかさえわかっていない。


 ただ重い水甕(みずがめ)を細い腕で揺らさないよう持ち続ける。寸分の揺らぎも許されない……カメリアは部屋の隅で椅子に座り、リリーを監視している。


「揺れたわ」


 ビシィィンッッ!!


「うっっ……」


 痛烈な一撃に耐えきれず、リリーが大きく体勢を崩す。(かめ)は何とか受け止めたものの、水を被り転んでしまった。


「はぁ……」


「申し訳ございません。もう一度」


「もう止めなさいな、時間の無駄よ」


 立ち上がるカメリア。満身創痍(まんしんそうい)のリリーに冷たい言葉を上から浴びせる。


「貴女のような無能に付き合うほど、私達は暇ではないの」


 リリー付きの巫女(みこ)に見張っておくように告げると、カメリアは他の巫女(みこ)達を連れて部屋を出ていった。



 もう一度……立ち上がり(かめ)に水を張るリリー。



 くすくすと、去り際に響く笑い声も無視して、ただ無の表情で(かめ)を持ち上げ、天に掲げる。


 リリーは知らなかった。


 これはカメリアの嫌がらせ……わざとリリーだけ重い土器の水甕(みずがめ)を使わせ、持ち上げられるはずのない物を掲げさせ、重さに耐えかね揺れる度に鞭を打って楽しんでいたのだ。


 “妃の器でもないくせに”

 “皇太子の足手まとい”


 と罵られ、カメリアが一度で成功する姿を見せられて──もちろん、カメリアは本来用いられる祭祀(さいし)用の軽い(かめ)を使ったのだけれど。


 そうして……やり遂げなければならない状況を、作り上げられてしまったのだ。



 洗礼──それで済ませるにはあまりに暴力的で、陰湿な物だった。



 1日目、2日目と……リリーは目に見えて衰弱していく。食事もカメリアがあまり食べないので自分だけそれ以上、食べるわけにもいかず。3日目からはアザミの代役で来た(めかけ)も加わって……彼女も一度で成功した為、リリーは更に追い込まれた。


(めかけ)でも出来るのに、あんな御方が皇太子妃様ですって」


「当日失敗すると凶事が起こるそうよ」

「まぁ、怖いわ」

「あの方のせいで……」


「どうせすぐにすげ替えられるわ、代わりはいくらでもいるんですもの」


「皇太子様もあんな方にご執心だなんて……」

「同情なさってるのよ」

「そうよ、もっとふさわしい方がいらっしゃるはずだわ」


 外界から隔離された環境で5日間、リリーは徹底的にいびられ続けた。


「…………」


 笑顔も、柔らかな声もどこかへ消え、表情は虚ろに。


「随分弱いのね。そうして無様な姿を晒して同情を引くなんて……見苦しいこと」


 最後はカメリアに言い捨てられて……リリーが眠れたのは移動日の前夜、ただ一晩だけだった。


 (そうね……同情されているだけ……)


 虐げられる事には慣れている……いつの間にか痛みも感じなくなった。


 それでも……ただひとつ、愛を失う事だけが恐怖で。


 (その時は静かに……)


 去る姿を思い浮かべながら、そっと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ