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47.距離の測り方


「あの……」


 天気のいい昼下がりを選んで、私とアザミ様は再会した。


「どうぞこちらへ」


 まだ申し訳なさそうにしているアザミ様を初めて使う賓客室に案内して、穏やかに微笑む。


「先日は貴重な贈り物をありがとうございました」


「いえ……それでお身体の具合は」


「おかげさまで。あの蜂蜜、とても良く効いたので驚きました」


 さりげなく、話題をそらす。


 言い訳や謝罪を重ねるほど、嘘が見え透いてしまう。安易に許せばまた踏み込まれるかもしれない、でも頑なな態度は取りたくなかった。


「実は私、薬というものが苦手なの。特に人工的に調合されたものは……いけないわね、レイナード出身の方にこんな事……」


「いえ、もうその頃の事は……そういった経緯でお探しになった蜂蜜なのですね」


「えぇ、私も子供達も喉が弱いので常に用意があるのです。そちらのエラン様から症状をお伺いして、もしかしたら……と」


「そうだったのですね。せっかくお越しいただいたのに関わらず、格別なお気遣いをありがとうございました」


 軽く頭を下げて謝意を述べ、紅茶を勧める。


「まぁ……美味しいお茶……」


 あっけないほどに純粋な驚き。


「こんな美味しい紅茶は初めてだわ。色も美しい……何という茶葉ですの? 」


「そんなに特別な物では……実は(わたくし)、紅茶を淹れるのが趣味でして。ダージリンにドライフルーツをブレンドしてみたのです」


「まぁ、ご自身でお紅茶を? しかもブレンドまで……」


「えぇ、蒸らす時間や注ぎ方だけでも味が変わりますし……何よりそれを飲む方とのひとときを思いながら準備するのが、楽しいのです」


 そう話すとアザミ様は何も言わずもう一口、味わうようにゆっくりと飲む。


「私が……間違えていたのね」


「アザミ様? 」


「侍女だった頃、各国の貴族の接待をした事があったの……誰も皆、この国の王族以上に私達を蔑んでいたわ……中には強引に花盛りを奪われた子も。やめましょう……こんな話、穏やかな昼下がりにふさわしくないわね」


 そうしてまるで口直しをするようにもう一口。


「とにかく、あなた自身ではなく……元公爵令嬢という色眼鏡で見て、つい過去の恨みを晴らしてしまったの。本当に、申し訳なかったと思っているわ」


 姿勢を正し、頭を下げる……その心までは見えないけれど。


「アザミ様さえよろしければ……この件は、これで終わりにしませんか。今日はただ、お茶を(たの)しむ日に」


「ふふ……リリー様は懐の広い御方なのね。そうしてくれると、とても助かるわ。今回の件で酷くお叱りを受けて……危うく夫に棄てられる所だったし……もう懲りたわ」


「ラド様に……? 」


「えぇ……」


 アザミ様は視線を外し、窓の外を見る。


「あの人は王族だから、都合が悪い女を棄てても、またいくらでも見つけられる。今のあの人にとっては、カメリア様のように位の高い方のほうが都合がいいでしょう? でも私は……子供の傍にいられない人生なんて、考えられない」


 狂ってしまうわと冗談めかして肩をすくめるけれど、話の内容と……この女性を取り巻く環境は、放つ柔らかなオーラと違い殺伐とし過ぎている。


 (一体、どのような人生を……)


「リリー様? 」


「あ、いえ……とても可愛らしいお子様達でしたね」


「ありがとう。夫に似て元気過ぎるから手を焼くのだけれど……愛おしくて仕方ないの」


 その後は、お子様達の話を中心に日常の些細な幸せについて、いくつかのやり取りを交わした。


 もちろん、お土産にと用意したお菓子も渡して。


「今度はぜひ、華耀殿(かようでん)にも遊びにいらして。子供達を紹介するわ」


「ありがとうございます。楽しみにしていますわ」


 そして、宮殿内に住む者同士として適切な、挨拶を交わし微笑みで別れた。


「ふぅ……」


「お疲れ様でございました」


「エランもお疲れ様。ずっと立ちっぱなしで疲れたでしょう? さぁ、座って。次はあなたの番よ」


「そんな、お妃様のお茶のお相手など……叱られてしまいます」


「そんな事を言わないで。貴方には恩があるの、本当なら別に機会を設けるべきなのだけれど」


 今だけ立場を忘れてと微笑んで、感想はエランにも告げなかった。




 そしてその夜──


「無事に済んだか」


 リリーが眠った後。深夜の書庫で、バッカスはエランから報告を受けていた。


 既にリリーから感想は聞いている。至って平和な茶会だったと。


「して、お前の目にはどう映った」


「えぇ、確かに平和でしたがお二人とも別の何かに気を取られてしまったようで……」


「別の何か? 」


「どうか早いうちに、名を呼んで差し上げてください」


「おい、今はそんな話を」

「バッカス様、心の距離というのは知らず知らずのうちに空いているものです」


 エランの真剣な様子に、バッカスは不意を突かれる。


 “夫…ね……”


 風に消えたリリーの一瞬の呟きと不安げな表情を、エランはしっかり捉えていた。

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