46.優しい人
翌朝、私達は月華殿の食堂で、優しい朝の時を過ごしていた。
「どうした」
いつもと変わらないつもりだったけれど。
「風邪ですね。少し熱もあるようです」
食事を終え、エランに診てもらうと熱もあるようで、ぼんやりしている間に寝支度が整えられ、気付いた時にはベッドで横になっていた。
出掛けていったはずのバッカス様は、ベッドの傍にソファーを置いて私を眺めている。
「バッカス様……」
「どうした。寝苦しいか」
「いえ……うつりますから……」
「そんな事か」
いつもより穏やかに感じる声がより近くに……彼は立ち上がるとベッドに腰掛け。
「家族なのだから当たり前だろう」
優しく前髪を撫でてくれた。
「熱いな……」
「申し訳ありません……弱く、困らせてばかりで……」
「気にするな」
「私なら大丈夫ですから…お仕事へ……」
「休んだ」
「どうして……」
「このところ働き詰めだったからな。私も疲れている」
「ベッド……占領してしまいましたね……」
「そうだな、隣で寝るか」
「え…そ、それは……汗もかいていますし」
「冗談だ。隣にいる……今はこうして、ただ傍にいたいのだ」
「はい……」
久しぶりの二人の時間。近くに彼を感じながら……風邪をひいていなければ、どれだけ嬉しかっただろう。
「治ったら……一度、遠出でもするか」
「ふふ…いいですね」
「湖か……砂漠の花もいいな」
(砂漠の……花……)
黄色い砂の舞う過酷な地に咲く花、それはどんなだろう。
優しい声を聴きながらそんな事を思い、少しずつ眠りに落ちていった。
その夜は熱が上がり起きる事も出来ず、初めてバッカス様と別々に食事を。
念の為、バッカス様は別室に移る措置がとられ、夜通し侍女達に世話をしてもらい……結局、三日三晩寝込んでしまった。
「リリー様、実はある方からリリー様宛に贈り物を預かりまして……」
「贈り物……バッカス様……」
もう四日も会っていない……寂しさからつい名を呼ぶ声が漏れてしまい、エランが笑う。
「えぇ、バッカス様からならすぐにお渡しできたのですが……実はアザミ様からで」
「アザミ様……」
「はい。実は二日程前に会いたいと尋ねてこられたのですが、風邪で高熱があるとお帰りいただいたのです。そうしましたら桃と、お子様達が風邪の際に舐めさせているという蜂蜜が送られてきまして……」
「蜂蜜……」
「えぇ、マヌカハニーのように薬効があるらしく毒見役によると薬のような味がするそうです」
(マヌカ…ハニー……この世界にもあるのね)
前世では、確か高級品だった。
「起きるわ」
品を受け取ると、添えられた手紙には数行のメッセージが。
“先日は、大変な無礼を働いてしまい申し訳ございませんでした。後日、お詫びに伺います。今はただ、お身体のご平癒をお祈りして……”
私に敵意があったとして、あからさまに毒を贈るような人なら侍女から妃になどなれない。
そしてそんな事も、今はただどうでも良く、ありがたく戴く事にした。
「ん……」
清涼感のある濃厚な蜂蜜が甘味より強く喉に染みていく。
「大丈夫ですか」
その味に思わず歪む私の顔を、エランが心配そうに見る。
「確かに、よく効きそうな味だわ」
一言返して、また横になると眠りにつく。
そうして……しつこかった風邪は治った。
「御礼の品は、何がいいかしら」
「そうですね……」
「礼などいい。あんな事をした女だ」
怒ってくれるバッカス様に、心が和らいでいく。
「そういう訳には。風邪が治ったのも事実ですし」
「えぇ、今後の為にも借りは早めに返しておくほうがいいでしょう」
「お前が言うと何でも悪どく聞こえるな」
「お褒めに預かり光栄でございます」
軽妙なやりとりが面白くて、つい笑ってしまう。
風邪が治って、またこの部屋にバッカス様とエランの楽しい会話と団欒の時が戻ってきた。
(この間の事は清算して、あまり深く関わらず……)
「確か、アザミ様は甘い物がお好きだったわね。お子様と一緒に楽しめるようなお菓子にしましょうか」
「かしこまりました。御用意致します」
「それから……エランと皆にも休みを。夜通し看病してくれてありがとう。あなた達のおかげで良くなったと、侍女や護衛の皆にも伝えてほしいの」
今度はバッカス様がふっと笑う。
「どうかされましたか? 」
「いや……」
なぜ笑うのだろう。
「そういう所が好きだと改めて思っただけだ」
「…………!! 」
「はぁ……私共の殿下はどうしてこうも……名前さえまだ呼べないのに、そういう事は言えるのですね」
「痛い目に遭いたいのか、エラン」
「いえ……どうかお手柔らかに」
「ふふ……兄弟みたいですね」
些細な変化に気づいてくれる優しい人と、このまま穏やかに時を過ごしていけるよう……願うのはそれだけだった。




