44.妃という名の生贄
あれから、どれだけ経ったのだろう。
罰や拷問のような物も無く、ただ一人……外に看守が一人いるだけの静かな地下で、無限にも思える時を、過ごしている。
どれだけ考えてもわからない。
善意で座席を変わった事が、国王様の命に背いた事になってしまった……そしてアザミ様はわざと……。
「食事だ」
一日に三度、出されるパンとスープ。
でも手をつける気になどなれない。
私は、どう在るべきなのか──深い悩みの底をただ、彷徨っていた。
「ここで待て」
どれだけ経ったのか……人のいないはずの地下に、低い声が響いて規則正しい足音が、ゆっくりと近付いてくる。
薄暗い空間に灯火が……そして、それは私の牢の前で止まった。
「国王様……」
裁きを受ける罪人のように、ひれ伏して頭を下げる。
「何も口にしないそうだな。パンとスープでは気に入らぬか」
「いえ……そのような気になれないのです。申し訳ございません」
「そうか……」
王は沈黙した。
右手で払う仕草をすると、看守と衛兵が出ていき、完全に国王と二人に。
「あのパンとスープは、私が国を継いだ頃よく口にしていたものだ……貧しく、滅びかけの国では明日のパンさえ手に入れるのは難しく、よくあれを食べながら奮起したものだ。必ず、強大な国にしてみせると」
私を投獄した王……でもその口調から、怒りは感じられない。
「バッカスを王にしなければならん、必ずだ」
「バッカス様を……王に……」
「あぁ、そうだ。この国は大きくなった。だが今は、あの頃以上に脆く……非常に危うい」
後継争いの事を言っているのだろう。
兄弟で争えば国は分断され、戦争となり多くの生命が失われる。
“もう誰も、亡くしたくない”
バッカス様の言葉が……胸に返ってくる。
「それで、人質を妃にされたのですね」
生贄……今やっとそう呼ばれた意味が腑に落ちた。
「やはり、想定以上に聡明なようだ。国の存続と幾千の民の生命の為……長幼之序に背いても、バッカスとその子孫に継がせねばならん。その為にバッカスを国内に留め、政治をさせ……数多の攻撃を受け止める存在が必要だ……例えその者が、過酷な道すがら生命を落としたとしても」
(この間のように……私が攻撃されていればバッカス様は無傷で済む……)
「幸い……注目はそなたに移っている。狙いはバッカスではなく妃に」
「それで、私を捕らえたのですね」
「あぁ……これで奴等の溜飲も少しは下がっただろう。この件はアザミの謝罪をもって終わり、大事には発展せぬはずだ」
「アザミ様が謝罪を……? 」
「あぁ、侍女がよくやる些細な嫌がらせ……挨拶代わりのつもりだろう」
「挨拶代わり……」
話はもう終わるのだろう。
衛兵を呼ばず、国王は自ら松明に手を伸ばす。
「……よくわかりました」
妃という座が飾りでない事はわかっていたつもりだけれど。
「国王様の御心に従います。ですが、犠牲になるつもりはありません」
私の宣言に国王は何も言わず、またゆっくりとした足取りで去っていった。
しばらくして──。
「皇太子妃様、お迎えに上がりました」
投獄されてから三日が経ったと、月華殿から迎えが来た。
「大変だったのですよ」
私がいない間の様子を、顔なじみの侍女が話してくれる。
「あら……」
侍女の視線の先、遠くに……懐かしい姿。
胸が高鳴り、優しい風が頬をそっとくすぐって気付く。
「バッカス様……」
彼を王に……その為には私が。
大股で近づいてくる、姿が徐々に鮮明になる。
恋しさと……愛おしさがこみ上げる。
(御守りしますわ……必ず)
覚悟は胸に秘め、心に向け呟く。
今までにない、力が湧くのを感じた。




