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42.カメリアとアザミ


「あら、どんな(したた)かな人かと思ったら、随分可愛らしいこと」


 一瞬だけ──測るような視線を向け、すぐ流した。


 第二皇子様正妃カメリア様──連合国王族の姫様だった方とは聞いていたけれど、流れるような物腰と気品溢れる美しさは恐ろしささえ感じてしまう。


 私など眼中にもないのか、それきり私に目を向ける事はなく。


「よろしくお願い致します」


 としか、言えなかった。


「兄上は」


「居ないわ。いつもの事よ」


 バッカス様もそれだけで聞いて早々に宮殿を後にする。



「疲れさせたな」


「いえ……」


 お兄様達がご帰還されたと伺って、バッカス様と私は急いで挨拶に向かった。


 王宮殿を囲うように建てられた4つの宮殿。まず向かったのは王宮殿を挟んで対角線上に位置する華蝶殿(かちょうでん)、第二皇子様と正妃カメリア様の住まいだった。


「いつもの事だ。気にしなくていい」


「はい……」


 これも務めなのだと、逃げ出したい気持ちは胸にしまってその隣、華耀殿(かようでん)へ。


 紅と金の豪華絢爛な華蝶殿(かちょうでん)と違い、白と淡い紫の華耀殿(かようでん)は、花咲く庭園が美しい優しげな雰囲気の場所。


 暖かな陽の光が降り注いで明るく、風に乗って届く花の香が心地いい。


「美しいですね……」


「あぁ、隣と言っても距離があるからな、見るのは初めてか」


 バッカス様に、ここは安心していいと言われ不思議に思いながら近づくと、子供の声が。


「お子様が……いらっしゃるのですか? 」


「あぁ、二人か三人いる」


「ふふ…にぎやかで楽しそうですね」


 そんな事を言っているとコロコロと、足元に小さなボールが転がってきた。


「あ、お姉ちゃん、それ取って~」


「はい、どうぞ」


 薄紫のワンピースを着た小さな女の子が。


「ノアもやるの~」


 後からもっと小さな子が追いかけてくる。


「ほらほら、二人とも。ママを置いて行かないで」


 ゆったりしたドレス、大きなお腹を抱えた可愛らしい人が。


「あら、バッカス様」


「兄上とアザミ様にご挨拶を。妻を連れてまいりました」


 微笑む優しそうな人……それが、アザミ様との出会いだった。




「今、国王様に呼ばれて王宮殿に行っているの。もう少しすれば戻ってくると思うわ」


 アザミ様はそう言って微笑むと、お茶を出してもてなしてくれた。


「カメリア様のご実家で頂いてきましたの。花の香が(かぐわ)しいでしょう? 」


「ゴホッ…ゴホ……申し訳ない」


「あら、大丈夫ですか? 」


 苦手な味だったらしく、むせてしまったバッカス様にも嫌な顔一つせず、すぐコーヒーに取り替えてくれる。窓も開け放たれていて開放的で、カメリア様の宮殿とは違い、過ごしやすい。


「あの……リリー様でしたわね」


「あ、はい……」


「確か……ロレンス大公爵家の御令嬢だった御方とか……」


「……昔の話でございます。私はただのリリーとして、バッカス様に嫁ぎましたので」


「そうでしたの」


 なぜか、アザミ様は嬉しそうに微笑んだ。


「あ、私ったらごめんなさい」


「いえ……」


「私は……夫のおかげでこうしていられますが、元は侍女の出ですの。だから高貴な方々ばかりで不安に思っていましたのよ。リリー様はお優しく、謙虚な御方なのですね」


 その後も、第三皇子様がお戻りになられる様子はなかった為、また日を改めると伝えて御暇(おいとま)する事になった。


「お優しい方ですね、アザミ様」


「あぁ……」


「バッカス様? 」


「いや、挨拶回りなど……気を遣わせて済まなかったな」


「いえ、お留守の間に無礼をしてしまったのは確かですから」


「それは国王が考えるべきこと。気にする必要はない」


「はい」


「……帰ろう。今夜は揃って夕食会だと言うからな。少し気を休めたい」


「そうですね」


 バッカス様の、いつになく疲れている様子を感じた私はそれ以上話すのをやめた。


 本当は、お兄様がどんな方達なのかと聞きたかったけれど。


 一族史によると、四人の兄弟はそれぞれ母親が違う異母弟で、長男のハルク皇太子は17歳で病没。第二皇子ゲイク様がその翌年に正妃カメリア様をお迎えしたものの即位ならず、続く第三皇子ラド様は名将として名高く、またお世継ぎもいらっしゃる事から即位されるものだと思われていたと。


 その中で、第二皇子様と第三皇子様を差し置いて即位した第四皇子バッカス様と私が、歓迎されるはずがない。


「気が重いな……」


「バッカス様……」


 きっとこれから(つら)い立場に……そう思うと胸が痛い。


「望んでなどおらん。だが血を見る事もまた……もう誰も、亡くしたくない」


「はい……」


「しばし、共に耐えてくれ。必ず守る」


「えぇ……共に。お傍にいさせてください」


 顔が見えるよう、一歩近くに。


 その横顔はいつもより哀しく。ぬくもりが伝わるよう、そっと寄り添った。

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